第63話 光の柱
「ムコア、ミズロフ! ユウキさんを補佐してあげて!」
VIP席のアトーレが後輩に檄を飛ばした。
「はっ! マスター・アトーレ!」
半裸の双子は祭壇の床をベッドのシーツで清めた。
ユウキがかつてスグクルのバイトで学んだ通り、5S、すなわち整理、整頓、清掃、清潔、躾による環境の浄化は、人の意識性を高く保つ効果があるのだった。
まだ下着が濡れていて気持ち悪いが、双子の甲斐甲斐しい介護によってユウキは人心地を取り戻していった。
VIP席のエクシーラが隣席のネクロマンサーに叫んだ。
「見なさい、これがゴゾムズ神の力よ! あなたの穢れた野望は神の威光の前に虚しく潰える運命にあるのよ!」
一瞬ネクロマンサー・ゴルゲゴラは気圧されていたが、やがて冷静に反論した。
「クハハハハ……確かに見かけ上、性欲の抑え込みに成功したように見えるぜ。だが姫騎士の興奮値を見てみろ」
「なっ……なんてこと! まだ興奮値は一億ポイント……常人の限界の一万倍も高まったままだというの?」
「クハハハハ……あいつは神の力で一瞬だけ我慢できてるだけだぜ。いずれダムは決壊するぜ」
「そっ、そんな……」エクシーラは祭壇で深呼吸するユウキを見た。
「すー……はー……」
スキルによって昂る神経をなんとか静めるユウキであったが、確かにゴルゲゴラの言葉は正しいことを認めていた。
冷静に自らの状態を評価する限り、危機は何も去っていない。
ゴルゲゴラが使った『ダム』という喩えで考えるのであれば、その貯水量はとうの昔に限界を遥かに超えている。本来であればそこに溜まった水は今すぐ下流に向かって怒涛の流れを見せているところである。
その自然な性欲の放出は、今、ゴゾムズ神の奇跡によって、一時的に堰き止められているが……。
奇跡の効果がわずかでも揺らげばそのエネルギーは一瞬でダムの壁を破壊し何もかもを押し流しながら大瀑布となって放たれてしまうだろう。
それを防ぐためには、ユウキのダムに貯められているもの……すなわち性欲……そのエネルギーそのものをなんらかの形で消費しなくてはならない。
だが性欲のエネルギーを性的行動で消費すれば、それはすなわち姫騎士の敗北となる。
その敗北が今は魅力的だ。
はっきり言ってオーク百人に代わる代わる犯されるのは魅力的であると言わざるを得なかった。
これがオレ一人のことだったら、オレは躊躇なくオークに犯される選択をしていただろう。
だがこれは大勢の人の命を守るための戦いである。
オレが性欲に溺れオークに犯されまくった瞬間、ゴズムズ教の権威が失墜し、オークは戦争に向かって蜂起し、数百万人が死ぬのである。
皆の命を守るために……何とかしてオレの性欲を、性的行動以外の何かに消費しなければならない。
だが性欲を性的活動以外の何に消費できるというのだろう。
「……そ、そうか!」
ここでユウキの脳裏にはるか昔保健体育の教科書で読んだ情報がまた蘇った。
そうだ……性欲は昇華できるのだ。
特にクリエイティブな自己表現活動のエネルギー源として性欲は活用できるはずなのだ。
古来、天才たちは性欲を創作活動のエネルギー源として使い、それによって大きな仕事を成し遂げ人類に貢献してきたという。
オレも早く何かしらの創造的な表現活動をして、今にも外に漏れそうな性のエネルギーを昇華しなければならない。
だがいったいどんな表現活動をすればいいというのか?
そ、そうだ……!
あれだ!
オレがここしばらく全力で取り組んできた作曲活動……あの続きを今ここですればいいのだ!
というわけでユウキはベッド上で急いでiPhoneを起動して作曲活動を続けようとした。
しかしよくよく考えてみれば作曲活動はすでに終わっているのだった。
これ以上、どこも改善しようもない。
結果としてユウキの性エネルギーは微塵も消費されることはなかった。
そうこうしている間にオークの催淫剤の効果がさらに強まり、ユウキの興奮値は前人未到の二億ポイントにまで近づいていった。
また、スキル『深呼吸』と『集中』の乱れによって、ゴゾムズの奇跡が弱まる瞬間がたびたび生じた。
奇跡が弱まるごとにユウキの目は裏返り、全身の筋肉が弛緩と緊張を繰り返し、また床を汚しながら自分を取り囲むオークにあらゆるプライドを捨てたお願いをしそうになる。
「ユウキ殿! しっかりされよ!」
双子がユウキの背をビターンと思いっきり叩いた。
「うぐっ……ゴ、ゴゾムズよ……もう少しだけ奇跡をキープしてくれ!」
その祈りによって何とか奇跡は再発動され、裏返っていたユウキの瞳には光が戻ったが、こんな自転車操業めいたことはいつまでも続かない。
こんなにポンポン神の奇跡を連発できるものではない。
神の奇跡の使い手と言えば、オレの元の世界で有名なのはイエス・キリストだ。
彼はツボの中から食べ物を無限に生成するというチートを使えたらしい。
本物の姫騎士ココネルも、そのぐらいやれそうな気がする。
また、ココネルから祝福を授かったオレも今なら、食べ物の一食や二食ぐらい無から生み出せそうな気がする。
だがしょせんオレはアマチュアだ。そう何度も奇跡を連発できるものではない。
今はパチンコの大当たりのような確率変動状態に入っているが、そんなものはいずれ終わる。
(うわー、どうすればいいんだー!)
パニックに陥りつつも『深呼吸』と『集中』を発動して何とかゴズムズの奇跡をキープするユウキだったが、無情にもゴルゲゴラが命じた。
「おい、オークども。姫騎士を誘惑しろ」
瞬間、エクシーラがレイピアを抜きつつ叫んだ。
「卑怯よ! オークたちは姫騎士に手を触れないのがルールでしょうに!」
「もちろんだぜ。オークたちは姫騎士に指先一つ触れはしないぜ。ただあの逞しい肉体を誇示するだけだぜ」
「ふひひひひひひ……ちょっと恥ずかしいけど、姫騎士ちゃんにおじさんたちの体を見せてあげるね」
オークたちは儀仗衛兵隊の制服を脱いだ。
「ほら、見てごらん、おじさんたちの立派な体を……」
ボディビルダーのごとき逞しい肉体が露わになった。
ユウキは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
成熟した男の体が発する魅力がユウキの胸をときめかせ、腰の奥を疼かせる。
ベッドのユウキは無意識的にモゾモゾと太ももを擦り合わせた。
さらにオークたちはユウキの発情を煽るようにズボンを脱ぎ始めた。ユウキは顔を手で覆いながらも指の隙間からオークの下半身を見た。
心臓の鼓動が跳ね上がる。
……だ、ダメだ。
もう我慢できない。
ユウキの興奮値がついにゴゾムズの奇跡によって抑えられる許容量を超えた。
「お、男……男が欲しい……」
まっすぐな想いがついに口をついて出る。
「が、我慢されよ! ユウキ殿!」
双子がユウキの背中をビターンと音を立てて叩いた。赤く手形がついたが効果は無かった。
「男……逞しい男の体が欲しい……欲しいよ……」
目を潤ませつつそう呟く。
その願いに呼応して百人のオークが一歩、輪を狭めてユウキに近づいてくると、逞しい雄の肉体を誇示した。
「ふひひひひひ……いい子だね、姫騎士ちゃん……さあ、もう少しだけ素直になっておじさんたちにお願いしてごらん……そうしたらおじさんたち、みんなで誠心誠意、代わる代わる姫騎士ちゃんのお願いを聞いてあげるからね……」
「お、おじさんたち……オークの皆さんに……思いっきり……お、お、お、お……」
犯されたい……!
大陸中の全種族と客席のソーラル市民とVIP席の関係者が固唾を飲んで見守る中、ついにユウキはその願望を口に出しかけた。
だがそのときだった。
ふとユウキは気づいた。
男……激しく男が欲しい。
今オレの体が男を求めて熱く激しく疼いている。
だがよくよく考えてみよう。
もはやはるか前世の記憶のように感じられるが……そもそもオレは男だったのではないだろうか?
だとしたらあえて外部に男を求める必要などないのではないだろうか?
なぜならオレが求めているもの……すなわち男はオレの中に内在しているがゆえに。
オークほど逞しくないにせよ……男としてのオレ……オレの大切な男性性は、今も変わらずオレと共にある。
だから……男を外に求める必要はない。
男が欲しければ内を探ればいいのだ。
そこにオレが求めている男はいる。
このオレという男が。
*
VIP席のシオンが叫んだ。
「なんだいあれは? ユウキ君の体から光が……ゴゾムズ放射とはまた別の……生命力に満ち溢れた力強い光が溢れているよ!」
いつの間にか客席から最前列のVIP席に移動していた赤ローブの魔術師……ラゾナが叫んだ。
「し、信じられない……でも間違いないわ……あれは『性魔術の奥義』に書かれていた『内なる結婚』状態よ! まさかここに来てユウキがあれを独力で成し遂げたというの?」
「『内なる結婚』……何だいそれは?」
「自分の男性性が放つエネルギーを自分の女性性によって完全に受け止めてそれに錬金術的な変容をもたらし精妙なエネルギーへと変換する秘技よ!」
「そっ、そんなことが可能だとしたら……ユウキ君は無限の魔力を手にしたようなものじゃないか……!」
「その通りよ……あなたも魔術師ならわかるわよね? ユウキの中に一秒ごとに高まっていくエネルギーのたぎりが……!」
VIP席の魔術師二人は専門的な用語で驚きを表現しあった。魔術師的には大いに活目すべきことがユウキの身の上に起きているようだった。
しかし当の本人のユウキとしてはパニック寸前だった。
自分の男性性が発するエネルギーを自分の女性性で受け止める……そうすることで自分の中に流れている二種類のエネルギー……いわばプラスとマイナスのエネルギーが統合され、より調和の取れたエネルギーへと勢いよく変換されていく。
それは自らの内で未知の核発電施設がいきなりフル稼働したようなものであり、ちょっとでもその機構のバランスが崩れると一瞬でメルトダウンを引き起こしそうな予感がある。
だいたい性エネルギーをより一段高いエネルギーへと変換することができているとしても、今、自分の中にこんこんと生み出されているその新たなエネルギーをどこに流せばいいのかわからない。
このままでは過充電されたバッテリーのようになってオレは爆発してしまうのではないか。その後に結局バカになってオレはオークに犯される選択をしてしまうのではないか。
(うわー、どうすればいいんだー?)
ユウキはパニックに陥りながら自らの中に高まるエネルギーのやり場を探した。
そのときシオンが叫んだ。
「ユウキ君! 君の中に高まるその力はほとんど魔力と言ってもいいものだよ!」
「それがどうした!」
「魔力ならソーラル通信網とポータルを介して効率よく闇の塔に送信できるよ! 早く送るんだ!」
自分の中に生成されるエネルギーによって爆発寸前になっていたユウキはスキル『半眼』『想像』を発動し、闇の塔のイメージを心の内に思い描いた。
瞬間、内なるエネルギーはユウキの意図に従ってソーラル通信網から大穴地下二階のポータルへと流れ込み、闇の塔六階から溢れ出ると二階の生命のクリスタルに流れ込み、魔力備蓄の蔦へと吸収され塔全体を新鮮な魔力によって潤していった。
だがユウキから溢れ出すエネルギーは二億ポイントを超えた非人間的なレベルの性的興奮値から産出されているものであり、それは塔の魔力キャパシティをも遥かに超えていた。
今、魔力の貯蔵量の限界を超えた闇の塔は地響きを発して震え始めた。
激しい地響きによってパラパラと外壁が剥がれ落ちる中、塔は余剰魔力を光として天に放出し始めた。
その地響きと光はソーラルにまで届いた。
今、ソーラル市民を地響きが襲った。
地震の無い地方であるため、市民は初めての地響きにパニックに落ちいった。
観客席から悲鳴が上がる。
そんな中、市民の一人が東の夜空を指さした。
「おい、見ろ! 何だあれは?」
「光……光の柱?」
その市民が指差す東の夜空に、光の柱が屹立していた。
光の柱が大地に屹立し、夜空を突き破るように天へと光を噴き上げていた。
神話的事件を今、目の当たりにしている。
そのことに気づいた市民たちの背筋をチリチリという興奮の疼きが駆け上っていった。
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