第57話 マスター・エアレーズ
「……ムコア! 生きてるか?」
ユウキは暗黒戦士に駆け寄った。彼女は霊廟の壁に叩きつけられて咳き込んでいる。
「げほっ、げほっ……たいしたことはない。骨がいくつか折れた程度である……だが回復に暗黒が足りぬ」
「みっ、ミズロフはどうだ?」
呼びかけると死体の山の中からミズロフが姿を現した。鎧の隙間から血が流れている。ユウキの顔からも血の気が失われた。
「おいおい、まじかよ……!」
「軽い裂傷を負っただけである。だが暗黒鎧の回復機能が働かぬ。暗黒をチャージせねば……」
「そ、そうだ、VIPルームに戻って暗黒チャージするか」
「わ、我らはここでもかまわぬ……」
「ここで……だと……?」
ユウキは左右を見回し、人目を確認した。
室内に人目はめちゃくちゃあった。
だがネクロマンサーの頭部は切断され床に転がっており、オークは電池が切れたロボットのように立ちすくんでいる。
「こ……これならやれるか……? いや、やるしかない。早く怪我を治さないと……」
ユウキは意識を戦闘モードから成年モードに切り替えるため深呼吸をすると、生唾を飲み込みながら双子に近づいていった。
だがそのときだった。
霊廟内に立ち尽くす三体のオークが咆哮を放った。
「うがああああああああああああああ!」
ビリビリと霊廟全体が振動する中、床に転がるネクロマンサーの生首がかすれた笑い声を発した。
「クハ……クハハハハハ……お前たちはおしまいだぜ」
「な、なんだと、オレたちの何がおしまいだっていうんだ?」
ユウキは生首を拾い上げた。
「攘夷派の噂に誘導されたオーク儀仗衛兵隊は俺様の罠にかかり、黒死館奥義『悪霊憑依』を受けて俺様の支配下に入っていたのさ」
「あ、悪霊憑依だと?」
「クハハハハ……五百年前……ゴズムズの威光に怯み、初代姫騎士を犯せぬまま失意のうちに死んでいった百人のオーク……『姫騎士を犯す』という妄執を抱えたそいつらの霊を俺様が集め、儀仗衛兵体に取り憑かせたんだぜ」
「そ、そうか……それで衛兵隊がおかしくなってしまったのか。だがお前が無力化されたことで、儀仗衛兵体は正気に戻るはずでは?」
「クハハハハ……『悪霊憑依』がそんなことで解けるかよ! 悪霊は今、俺様のコントロールから外れ『暴走モード』に入った! 今、奴らは生者の憎しみに駆られ、目に映る生物すべてを殺そうとしているぜ!」
「うがああああああああああああ!」
霊廟の三体のオークは再度、絶叫するとユウキに拳を振り下ろした。
「ユウキ殿!」
暗黒戦士が駆け寄ってユウキにタックルした。オークの拳はユウキの頭部ギリギリを掠めた。
「あっぶな……!」
「逃げるぞ! ユウキ殿!」ムコア、ミズロフはよろめきながらもユウキを引き起こした。
「お、おう!」
足を引きずる双子と共にユウキは霊廟を飛び出した。
*
「はあ、はあ……」
三人は雑木林を逆走し、なんとかソーラル迎賓館の裏口まで戻ってきた。
だがそこでオーク数十人に包囲された。
「うがああああああああ! 殺す、殺す……!」
オークたちの目は血走っており、完全に殺す気のようである。
双子はユウキを守るように暗黒剣を構えたが、勝ち目はないことは明らかである。
ユウキは手元の生首を見下ろした。
ついついゴルゲゴラの首を持って逃げてきてしまったのだ。
「た、頼む、助けてくれ」
「クハハハハ、馬鹿め。俺様の制御から解き放たれたあの悪霊どもは殺戮しか頭にない虐殺マシーンと化している! もう俺様にもどうしようもないぜ」
「そこをなんとか! 姫騎士が……つまり俺が……いや、私が死んだらあんたの計画……なんだかよくわからないが悪い計画なんだろ……それが頓挫するんじゃないのか?」
「クハハハハ、確かに俺様の計画の失敗の可能性は高いぜ! あいつが間に合わなければ失敗だ……せっかくの姫騎士があと一分もせず肉塊と化すぜ」
「うう……」
「でも安心しな。お前の死体は暗黒戦士共々、俺様の手駒のアンデッドとして末長く活用してやるぜ」
「いやだああああ!」
しかし泣けども叫べども血走った目の前のオークたち数十匹が包囲の輪を縮めてくる。
「ちょ、ま、まじでやばいぞ。そうだシオン、ゾンゲイルたちはまだか?」ユウキはiPhoneに叫んだ。
「今、霊廟に向かってる! だけど到着に十五分はかかるよ!」
「そ、そんな……」
そのとき目の前のオークが拳を振り上げた。
「うがああああああああああ! 殺す、殺す、殺す!」
その丸太のごとき拳に軽く小突かれただけでもユウキの頭蓋は夏の海のスイカのごとく割れると思われた。
ここに至りユウキの脳裏に死という字が点滅しはじめた。
「も、もうダメかも……」
だが……まだなんとなく余裕がある気がした。
そうそう、そういえば今朝、本物の姫騎士にゴズムズの祝福を与えてもらった。
あの祝福で俺の幸運はかなりアップしてるはず。
今回もきっと何かいい感じの出来事が生じて助かるはず!
しかしついにオークの拳が唸りを上げて振り下ろされた。
「やあっ!」
「せいっ!」
ムコアとミズロフが暗黒剣で拳を防いだが、その衝撃で暗黒剣は吹き飛び、双子は地に転がって痙攣した。
同時に、何かいいことが起こりそうというユウキの希望的観測も吹っ飛んだ。
「か、完全にもうダメだ……」
恐怖のあまり地べたにヘナヘナとへたり込みつつ、ユウキはギュッと目を瞑って自分の頭蓋骨が仮面ごと破裂するのを待った。
だが……いつまで経っても拳はユウキを直撃しなかった。
「……ん?」
恐る恐る目を開けてみると、オークの拳は空中で静止していた。
その拳にどす黒い暗黒の蛇が絡みついている。
「あんたたち、まだ暗黒を使えたのか?」
ユウキは地面にボロ雑巾のように転がるムコア、モロゾフを見た。
「ごほっ、ごほっ……我らではない。我らの暗黒は依然として空である!」
双子は吐血しつつそう言った。
「じゃ、じゃあ一体誰があの暗黒の蛇を出したというんだ……そ、そうか、アトーレが助けに来てくれたのか……!」
「いいや……違う……」双子はオーク包囲網の奥……ソーラル迎賓館の正面から続く道を見つめた。
「あれは……マスター・エアレーズ!」
「エアレーズ?」
ユウキも双子の視線の先を見た。
何かどす黒い瘴気の塊のようなものがオークの背後からこちらに向かって歩いてくる。
その瘴気の塊は人型をしていた。
オークたちが振り向くより早く、その人型から無数の暗黒の蛇が放射され、血走った目のオークたち全員の四肢を一瞬で絡めとった。
ユウキは絶句した。数十体のオークがこの一瞬で完全に無力化されてしまった。
「なっ……なんていう暗黒の蛇の量だ……アトーレの十倍……いや、百倍はあるぞ」
その暗黒の蛇の放射源……もうもうと立ち込める黒い炎のような人影はオークを踏み越えると、ゆらゆらとこちらに近づいてきた。
双子が歓声をあげた。
「間違いない! マスター・エアレーズだ! マスター・エアレーズが駆けつけてくださったのだ……!」
双子は互いに支え合って立ち上がると暗黒剣を掲げると、陽が落ちる直前の頼りない夕日を浴び、ゆらゆらと近づいてくる瘴気の塊に敬礼した。
そして双子は安堵の笑みと共にユウキを地面から引き起こした。
「マスター・エアレーズ! 邪神の討伐を守備よく終えられたのですね! こちらは……」
そこでユウキは双子を制した。
「お、俺は……いや、私はハイドラの姫騎士だ。危ないところ、助かった。礼をいう」
すぐそこにゴルゲゴラの生首も落ちている。もう少しだけ姫騎士の演技を続けたい。
「ほう……」
目の前に迫る瘴気の塊の奥から声が上がった。意外にもその声は柔らかく澄んでいる。燃える暗闇の奥で彼女は言った。
「あなたの中から強力なゴズムズの祝福を感じる……」
「わかるのか?」
瘴気の塊はコクリと頷くと、暗黒の蛇を数本、ユウキへと投射した。
「宇宙神と一体なるあなた……今あなたに、全てから分離し孤立した闇の呪いを与えたい」
ユウキの手足に暗黒の蛇が絡みついてきた。
双子が焦りの声を発した。
「マスター・エアレーズ……一体何を?」
人型の瘴気の奥から柔和で澄んだ声が発せられた。
「愚かで永遠に救われない暗黒の子供たちには、解放を与えたい」
そしていく筋もの暗黒の蛇が瘴気の塊から発せられた。それは双子の暗黒鎧と暗黒剣に絡みつき、それを粉々に破壊した。
双子の武具は蒸発するように形を失い、黒い瘴気となってマスター・エアレーズに吸収されていった。
そして双子は気を失い地に伏した。
そのかたわら、暗黒の蛇に手足を絡め取られて立ちすくむユウキに、今、エアレーズよりどくどくと音を立てて高濃度の暗黒が流し込まれてきた。
(なんだかヤバイぞ!)
ユウキはとっさにスキル『順応』と『受け取る』を発動し、流し込まれてくるヤバそうなエネルギーをマイルドな形で受け取ろうとした。
だがそれは本物の姫騎士ココネルから受け取ったゴズムズの祝福と自動的に混じり合い、高濃度の闇と光が渦を巻くなんだかよくわからない混交体を形成した。その内なる混交体の高エネルギーに呑まれユウキは意識を失った。
そして今、太陽は完全に落ちてソーラルは暗くなった。
秋の虫が鳴き声を立てるソーラル迎賓館の裏庭で……どこからか生首が笑い声を立てた。
「クハハハハハ! 間に合ったな、マスター・エアレーズ! ゴズムズの威光を称え、アーケロンに平和をもたらす即位の儀の乗っ取りはこれで成ったぜ!」
「あとは任せる、ゴルゲゴラ」
「任せとけ! この世のパワーバランスを見出し、戦乱を巻き起こす邪神への供儀の始まりだぜ! いや……その前に俺様の胴体を取ってきてくれ。霊廟の中だ」
瘴気の塊はゴルゲゴラの胴体を霊廟から取ってきた。
首と胴を繋いで復活したゴルゲゴラはオークのコントロールを取り戻し、それを適宜調整し、この後の儀式に向けてセッティングした。
そして再起動したオークたちは気を失ったユウキと双子を担ぎ上げると、百人の隊列を組んで、暗闇の中、ソーラル中央広場の巨大祭壇へと移動を始めた。
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