第56話 乱戦

 ソーラル迎賓館の裏口にたどり着いたユウキは、屋外のスキャンをシオンに頼んだ。


 ユウキの脳裏に表示された地図に、オークを表す緑の光点が表示された。


「まじかよ。すぐそこにオークが四体いるぞ」


「我らに任せよ。斬り殺してくれる」双子の暗黒戦士は暗黒剣を抜いた。


「いいや、戦わず足止めだけにしてくれ」


「なぜであるか?」


「雰囲気を悪くしたくないからな」


 ここでオークを殺戮するとオレの異世界ナンパが一気に、異世界バトル戦記に流れていく感がある。そういった事態は避けたい。


「戦っているうちに増援に囲まれそうな気もするしな。暗黒の蛇で足を絡めるんだ。できるか?」


「うむ……今の我らの暗黒量であれば可能であろう」


 ムコア、ミズロフは互いに見つめあった。ユウキはドアノブに手をかけた。


「いいか? 開けるぞ」


 双子はうなずいた。


 ユウキはドアを開けるとすぐ後ろに引っ込んだ。入れ替わりにムコア、ミズロフが戸口から暗黒の蛇を放射した。それはソーラル迎賓館の裏口前にいた四体のオークの足に絡まり、彼らを地に打ち倒した。


「よし、行くぞ!」


 ユウキは迎賓館の裏に飛び出した。その背を双子の暗黒戦士が追った。


 脳裏に表示されるナビゲートに従って雑木林の奥を目指す。


 背後からオークたちが追いかけてきている気配が感じられたが、捕まる前にネクロマンサーを無力化すればいい。


「あっちだ!」


 日が暮れつつある雑木林の中をユウキは駆け抜けた。間も無く林の奥に小さな石造りの建物が見えてきた。


 脳裏の地図には『ソーラル霊廟』と表示されている。


「なんだ、ソーラル霊廟って?」


 スマホに問いかけると闇の塔のシオンが答えた。


「墓所だよ。ソーラルに貢献した名士や、エグゼドス以外の歴代市長の亡骸が祀られている」


「まずいな。ネクロマンサーに墓……地の利はあちらにあるってことか」


 しかも背後からは地響きとともにオークの一団が追ってきている。


 こうなったら速攻でネクロマンサーを倒すしかない。


 ユウキは隣を走る双子に言った。


「はあ、はあ……あの霊廟に入り次第、有無を言わせずネクロマンサーを暗黒剣で切ってくれ」


「切っていいのであるか?」


「ああ。ネクロマンサーは切っても死なない。とりあえず手足と首あたりを切り落として無力化してくれ」


「はあ、はあ……承知した」


 木立が開けるとともに目の前に蔦の絡まる石造りの霊廟が見えてきた。


 都会的に洗練され小型化されたアンコール遺跡を思わせる建造物が、雑木林の奥の広場で夕陽に照らされている。

 

 双子の暗黒戦士は走る速度を上げて先行すると、少し開いている入り口のドアの隙間に飛び込んでいった。


 かと思うと間髪入れず、霊廟の中から斬撃の音が響いてきた。


 ざくっ、ざくっ。


 ユウキも霊廟の中に駆け込む。


 すると薄暗い円形の霊廟の真ん中で、黒衣の男が結跏趺坐を組んでいるのが見えた。


 さらによく見ると、その黒衣の男の手足と首は胴体から切り離され、霊廟の床に転がっていた。


「よし、これでオークたちも正気に返るはずだ。よくやったな」


 肩で息をする暗黒戦士にねぎらいの声をかける。


 だが……外から響いてくる地鳴りのごときオークの足音は止まらず、霊廟へと迫り続けていた。


 ユウキの脳裏に表示されている地図にも、いまだこの霊廟内に強い魔力放射源があることを示す光点が輝いていた。


「ま、まさか……」


 ユウキは床に転がる首を拾い上げた。


「こ、こいつ……ネクロマンサー・ゴルゲゴラじゃないぞ。ただの乾燥した死体だ!」


 そう叫んだ瞬間、円形の霊廟の壁にあまた埋め込まれていた棺が開き、中から乾燥した死体たちがこぼれ落ちてきた。


「ふんっ!」


 ムコアが暗黒剣を振るうと数体の動く死体の首が飛んだ。


「やっ!」


 ミズロフが拳、足、剣の柄を振るうと、数体の死体に穴が空いた。


 だが乾燥した死体たちは体のパーツを失い、破片を撒き散らしながらもユウキたちに迫ってくる。


 外のオークたちもすぐそこまで迫ってきている。


「まじかよ、やばすぎるぞ」


 ユウキは動く死体の間をすり抜けて霊廟の入り口に駆け寄ると、石造りのドアを閉め、棺の蓋でバリケードを作りつつ叫んだ。


「死体のどれかにネクロマンサーが変装して混ざっているはずだ! 見つけて切ってくれ!」


「ふんっ!」


「やっ!」


 ざくっ、ざくっ!


 数十体はいるかと思われる動く死体の首と手足が霊廟を舞う。


 荘厳な雰囲気の霊廟はたちまち死体まみれになり、もうもうと埃が上がった。


「げほっ、げほっ、頑張れ!」


 ユウキは霊廟の入り口にバリケードを積み上げつつ、双子を応援した。双子は風車のように暗黒剣を振り回した。


「とりゃあ!」


「せいっ!」


 ざくっ、ざくっ!


「うぎゃあああああああ!」


「ん? 今、なんか悲鳴が聞こえなかったか?」


 ユウキはバリケード作りの手を止めて、もうもうと舞い上がる埃の奥を見つめた。


 そこに手首を切断されて脂汗を流すネクロマンサーの姿があった。


 死体と服を取り替えており、そのために死体に紛れて見つけることができなかったのだ。


 しかし今、彼は切断された手首の断面から黒い液体と蠢く繊維を垂らしながら苦悶に呻いている。その顔にも確かに見覚えがある。


「間違いなくゴルゲゴラだ! そいつをバラバラにしてくれ!」


「ふんっ!」


「やっ!」


 双子は息のあった多角的な攻撃を放った。しかし周囲の死体たちが盾となって暗黒剣を受け止めた。


「クハハハハハ! 機転を利かせて俺様を見つけたのは褒めてやろう! さすが姫騎士、それがゴゾムズの加護って奴かよ! だがどこまで持つかな」


 瞬間、霊廟全体が爆音に揺れたかと思うと、ユウキが積み上げてきたバリケードごと入り口の扉が吹っ飛んだ。


「うげっ!」


 ユウキは扉に跳ね飛ばされ、死体のパーツが散らばる霊廟の床に転がった。


「大丈夫であるか!」


「うっ……なんとか……」ユウキは扉の下から抜け出しながら状況を把握し指示を出した。


「そっ、それよりムコアは入り口を守ってくれ! ミズロフはそのままネクロマンサーを攻撃してくれ!」


 ムコアは指示通り入り口に駆け寄るとそこで暗黒の蛇を放射し、霊廟内に侵入しようとするオークの足首を絡めとって転ばせた。


 だが転んだオークを踏み越えて、新たなオークが霊廟内に踏み込んでくる。


 二体、三体、と暗黒の蛇を投射して、オークの足を絡めとったところでムコアは叫んだ。


「我が暗黒が空となった! かくなる上は暗黒剣にて切るのみ!」


 ムコアは暗黒剣を担ぐと霊廟入り口のオークに振り下ろした。


 オークは腕甲で斬撃を受け止めると、逆の腕でムコアに殴りかかった。


 一方、霊廟の奥ではミズロフがネクロマンサーの首に切りかかっていた。だが暗黒剣はネクロマンサーの操る死体によって阻まれた。


 霊廟入り口でオークの拳を暗黒剣の峰で受け流しながらムコアが叫んだ。


「もう持たぬ! 早くネクロマンサーを!」


 しかしミズロフは叫んだ。


「我が刃が届かぬ!」死体は首を失ってもネクロマンサーの盾になりミズロフの暗黒剣を阻んでいる。


 このままではムコアがオークに押し切られ、戦力バランスが崩壊して全滅する。その前に早くネクロマンサーを無力化せねば。


 そういう危機的状況ではあるのだが、特にオレとしては何もすることがない。


「はあ……」


 壁際に佇むユウキはふと子供時代を思い出した。


 体育の授業でもいつもオレは戦力外だったなあ……。


 バスケットボールでは邪魔にならぬようコートの端をただ右往左往していた。


 サッカーでも球をパスされないよう人の意識の虚となる場所をうろうろしていた。


 でも仕方ないんだ。


 オレが無駄に参戦しない方が全体の利益になるんだ。


 餅は餅屋、戦闘は戦士に任せるべきなんだ!


「…………」


 だが……職業の流動性が高まったこの現代、そのような硬直した考えはいかにも昭和的に思えた。


 昨今ではプロとアマチュアの垣根は取り払われており、芸能人がユーチューバーになり、ユーチューバーが芸能人になる時代である。


 いつでも誰でも、やりたいことを準備なしにやっていいのだ。


 プロとアマチュアの境目、そんなものはバーチャルなものなんだ。


 そう……ひきこもりもナンパする時代である。


 だったらオレだって戦士に混ざって戦ってもいいはずだ!


「……よし!」


 ユウキは内なる衝動に従って霊廟の床に転がる棺の蓋を持ち上げると、それをネクロマンサーを守る死体に向かって投げつけた。


 それにより数体の死体がバランスを崩した。そこにミズロフが飛びこんで暗黒剣を振るい、死体の奥でその刃が暗い煌めきを放った。


 だがそのとき、霊廟入り口のオークの拳がムコアを捕らえ、彼女は霊廟の奥の壁に叩きつけられた。


 守るものがいなくなった入り口から二体のオークが霊廟内へと入ってくる。


 これにより完全に戦力バランスが崩れたかに思われたが……そこでオークは電池が切れたロボットのように動きを止めた。


「はあ、はあ……ネクロマンサー、討ち取ったり!」


 死体の群れの奥からミズロフの勝鬨の声が上がり、ユウキの足元にネクロマンサーの首が転がってきた。

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