第21話 百人組手への道

 木曜の夕方、ユウキはゾンゲイルと共に平等院ソーラル支部にでかけた。


 百人組手にゾンゲイルを出場させて勝ってもらい、それによってゾンゲイルを平等院の幹部とする。


 そしてその発言力によって平等院の闇の塔への遠征を止める……。


 この作戦がうまくいかない場合はより血生臭い方法によって、平等院を止めることになる。


 それは例えばラチネッタによる幹部の暗殺や、暗黒戦士による平等院本部への殴り込みなどである。


 それらの手法によっても平等院を止めることが叶わない場合は、闇の塔で千人の格闘家を迎え撃つことになる。


 その場合は最低でも数百人の格闘家が死に、骸の山を塔の周りに並べることになると思われる。


 あるいは逆に闇の塔が占拠されることも考えられたが、その場合は全人類が死滅するはずである。


 そのような惨事を回避するため、なんとかしてゾンゲイルの百人組手を成功させたいところであったが、懸念は多い。


「…………」


 まず現在まったくの部外者であるゾンゲイルが、百人組手という行事への参加を認められるのかどうか。


 認められたとして百人の格闘家相手に最後まで立っていられるのか。


 だが未来のことを不安がるのは後に回して今できることをしよう。


 まずはミルミルにゾンゲイルを紹介する。


 ミルミルはアーケロン風に解釈された道着のようなものを身につけ、道場の床で柔軟体操していた。


 そこにゾンゲイルを連れていく。


「あの、彼女は平等院への入院希望で」


「さすがね! もう新人を連れてきてくれたのね! その調子でどんどん支部拡大に協力してね!」


「お、おう……」


「入院希望の君は、まずは今日の稽古を見学してね。そこのベンチで」


「わかった」


 ゾンゲイルは大人しく道場の隅のベンチに腰を下ろした。


 やがて続々と胴着を着た部員たちが道場に集まってきた。


 仕事終わりの社会人が多いようだ。その一角に混じってユウキも高校の柔道以来の格闘訓練を受けた。


「まずは互いに礼! 人の上に人はなく、人の下に人はなし!」そのミルミルの声に部員たちが唱和しつつ左右に頭を下げた。


「さあ次はストレッチよ。いちにー、いちにー」


 ユウキは隣の人と組んで背中を押し合ったりした。


「次は基礎の動作よ。しゅっしゅっしゅっしゅっ」


 支部代表のミルミルが基本動作をした。それに合わせて部員たちもパンチキックを繰り出した。


 それはシンプルな動きであり真似するのは特に難しくないのだが、体力的にかなりきつい。


 すぐにユウキは息切れを起こした。


 ゾンゲイルが見ている前でかっこ悪いところは見せたくないとの一心で足を上げ、手を前に出すが、刻一刻と体力が削れていく。


 永劫に続くかと思われた基本動作が終わったころには半死半生の体になっていた。


「はあ、はあ……なんで異世界まで来てこんなことしなきゃいけないんだ……」


 朦朧とした状態で、対面練習に移る。


 ユウキは新人ということで支部長であるミルミルが直々に教えてくれた。


「こう来たら、こう返す。はい、やってみて」


「こう来たら……はあ、はあ、はあ……こう返す」


「そうそう上手じゃない。筋がいいわよ」


 おだてられて乗せられているうちに対面練習の時間が終わり、実戦訓練の時間が来た。


 部員たちは手足に綿の詰まった防具を付けはじめた。


 ユウキも入会特典でもらった防具を急いでつけた。


「それでは……初め!」


 ミルミルの掛け声によって実戦訓練が始まった。


 どうやらいつ誰にどう攻撃を仕掛けてもいいマススパーリングのようなものらしい。


 ドスッ、ドスッという胴を叩き合う音が左右から聞こえてくる。


 ガシッ、ガシッという手足を叩きつけ合う音が道場に響く。


 ユウキに対しては初心者ということで皆、手心を加えてくれており、叩くというよりやんわりと押すような攻撃のみが与えられている。


 だが疲労と恐怖によってユウキは一杯一杯になっており今にも吐きそうである。


 その目の前にミルミルが現れ、コンビネーションによる攻撃を繰り出してきた。


「しゅっしゅっ」


「こう来たらこう返す、はあはあ……」


「そうそう上手いじゃない。しっかり覚えてるね」


 攻撃の起点をわざと強調するミルミルの動作により、ユウキのような初心者でも的確にそれを捌くことが可能になっているのだ。


 さすが支部長、教え方がうまい。でもオレはもうすぐ死ぬかも……。


 などと疲労の限界に達した意識の片隅で考えているとついに実戦練習の時間が終わった。


 その後、軽い休憩を挟んで自重を使った筋肉トレーニングが行われた。


 通常の腕立て腹筋、スクワットである。


「はあ、はあ……なんで異世界に来てこんな地味なことを……」


 だがついに終わりの時間が来た。


「それでは、最後に、互いに礼! 人の上に人はなく、人の下にも人はなし!」

 

「ありがとうございましたー」


「ましたー。はあ、はあ……お、終わった……」


 床に仰向けになって息を整えていると、視界の片隅にゾンゲイルとミルミルが話しているのが映った。


 ミルミルが入会申請書をゾンゲイルに渡して各種説明をしている。


 本来の目的を思い出したユウキはなんとか立ち上がり、二人に近づいた。


「今なら入会金無料で、三ヶ月間月謝もタダよ!」


「わかった。入会する」


「嬉しいわ! 一緒に平等院ソーラル支部を盛り上げていきましょう」


「わかった」


「あの……ちょっとミルミルに聞きたいんだが……はあ、はあ……」


「何?」


「もう少しで『百人組手』ってイベントがあるそうじゃないか」


「ええ。一年に一回の伝統行事よ」


「それって……どうやったら出れるんだ? 資格とか、あるのか?」


「あるわよ。平等こそが平等院の理念だから、最低限の安全を確保するための簡単なものだけどね」


「教えてくれ」


「道場練習に付いてこれる技術と体力が持っていること。それが百人組手に参加する資格よ。ユウキならあとニ、三回、練習に出ればOKね」


「まじかよ、はあ、はあ……」


 意外に簡単に出場資格は得られそうである。


「でも問題はチームを組めるかどうかってことね」


「チーム?」


「実は今年から百人組手は、五人一チームを基本として戦う形式に変わったのよ。これまでは『一人一人が平等で対等』という理念に従って、一人一人バラバラに戦っていたんだけど、あまりにカオスということでね」


 どうやら平等院の百人組手は、ユウキの世界の百人組手とはスタイルも基本概念もかなり違うもののようである。


「よく分からないが……とにかく五人の仲間でチームを組目ば出場できるってことか?」


「そうよ」


「私、ユウキと組む」ゾンゲイルはユウキの腕に自らの腕を絡めた。


「仲がいいわね。でもあと三人、足りないわよ」


「…………」


 *


 翌朝、ユウキはアトーレ、ラチネッタ、そしてシオンの分の入会申込書を持って平等院ソーラル支部を訪れた。


「この三人は今日の夜から練習に出る。見学なしで、いきなり入部ということで」


「すごいじゃない! こんなにも熱心に人を集めてくれるなんて、本当に頼もしいわ!」


「ま、まあな。ところで仮にの話なんだが……百人組手で最後まで生き残れば幹部になれるんだよな」


「もちろん! 私もそうやって実力を認められて幹部になり、ソーラル支部長になったのよ。私のころはチーム戦じゃなかったけどね」


「幹部になれば平等院の活動方針に口を出せるんだよな」


「ええ。チームリーダーが幹部になれるわ。平等院は平等をもって尊しとする組織だから、新参幹部であっても古参と同等の発言権が与えられるわ」


「よし……」


 血で血を洗う殺し合いを回避する道が見えた。


 しかしその道を完走するには多くの障害があるようだった。


 夜、嫌がるシオンと共に、闇の塔のメンバー五人で平等院の練習に出た。


 基本動作の訓練の半ばでシオンは酸欠状態を呈し気を失った。


 そのとき闇の塔の『叡智のクリスタル』にセッティングしてきたアラームが石板を通して鳴り響き、ユウキたちに遠隔的に敵襲を知らせた。


「すまん、急用ができた。今日はこれで帰る」


 ぐったりしたシオンをゾンゲイルに担いでもらい、入会特典の道着を着たまま急ぎ道場を出て、ポータルをくぐって塔に帰り戦闘配置につく。


 なんとか敵は撃退したもののシオンは翌朝まで唇を青ざめさせてぐったりしたままだった。

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