第14話 黒死館の野望

 ネクロマンサーとエクシーラは沼のほとりでバトル寸前である。


「人間たちのくだらない争いなど巻き込まれてもつまらんのじゃ。早う行くぞ」


 少し離れた木立の中で、迷いの森の精霊、イアラはユウキの袖を引っ張った。


 確かに早く立ち去るべきだろう。ネクロマンサーもエクシーラも戦闘のプロである。


 オレというなんの役にも立たない素人が関わるべき局面ではない。


 だが……。


「おーい、エクシーラ。オレだよ、オレ!」


 しまった。


 スキル『無心』が暴発した。


 瞬間、ネクロマンサーは異様な反応の良さを示した。


「加勢だと? そこかよ!」


 ネクロマンサーは木立の中のユウキに骨片を投げつけた。


 骨片は空中で骨の槍へと変化し、ユウキの心臓を正確に貫くコースで飛来してきた。ユウキは死を覚悟した。


「ケロッ!」


 ケロールがユウキに体当たりして腐葉土に押し倒した。骨槍はその頭上をかすめ木の幹に深く突き立った。


「あっぶな。殺す気かよ」殺す気のようである。


 だがエクシーラが泥ゴーレムの脇をすり抜けネクロマンサーに一気に駆け寄利、彼の胸に飛び蹴りを放った。


 ネクロマンサーは肋骨のごとき意匠の皮鎧を身につけていたが、蹴りの衝撃を受け止めることはできなかった。


「ぐおっ!」


 大きく吹っ飛ばされ沼のほとりをゴロゴロ転がった。その首筋にエクシーラがレイピアの切っ先を突きつける。


「ここまでね。あの世に渡る心の準備をするといいわ」


「ふはははは。誰があの世になど渡るものかよ! 俺様は地獄に自ら落ちることを望むぜ!」


「わかったわ。地獄に送ってあげる」


 エクシーラはレイピアを振りかぶった。


 ユウキはグロ映像を見まいとして顔を背けた。


 だが血飛沫が映画の特殊効果のごとく沼のほとりに飛び散る瞬間はいつまでも訪れなかった。


「ふはははは。やはりこのエルフ、ぽんこつだぜ! 人を殺すことを恐れてやがる!」


「できるわ!」


「口だけじゃなくてやってみろよ! 俺様の首はここだぜ!」


 ネクロマンサーは沼のほとりにどっかりと足を組んで座ると、哺乳類の頭骨から作られた禍々しい兜を脱いだ。


 兜の中からボサボサの白髪に覆われた青白い顔が現れた。かなり苦労して生きてきたのか、深いシワが刻み込まれている。


「ふははは。『黒死舘』のプロジェクトリーダー、ゴルゴゲラ様の死に様、目に焼き付けておくんだな!」


 とそのとき、ケロールに助け起こされたユウキは木立の中から問いかけた。


「プロジェクトリーダーだと? なんのプロジェクトを担当してるんだ?」いまだ暴発中の『無心』に、スキル『質問』が重ねて発動された形である。


「いいだろう。お前……ぽんこつエルフの仲間の若造にも教えといてやろう。我ら『黒死館』の悲願、『全人類アンデッド化計画』の偉大なる全容についてな」


 ユウキは刃の下のゴルゲゴラに歩み寄りつつ相槌をうった。


「ふんふん」


「計画の要点は三つだ。ファーストステップ。全人類を殺す」


「な、な、なんですって?」エクシーラがわなわなと震えた。


「セカンドステップ。全人類をアンデッドとして蘇らせる」


「おいおい。まじかよ」


「ファイナルステップ。平和が来る。ふはははは。簡潔だろう?」


「まあ……確かにシンプルではある。でもいくつか疑問があるんだが」


「何がわからないというんだ?」


「どうして人類がアンデッドとして蘇ると平和になるんだ?」


「ふはははは。いい質問だな。人間の争いの根元はどこにあると思う?」


「うーん。互いを憎むことかな」


「そうだ。人は性別や人種や民族や社会的地位や経済的格差の違いで互いを憎しみ合う。だが全員がアンデッドと化せば互いの間に差異はなくなり、憎しみは消える」


「なるほど。あんたの組織、『黒死館』は、全人類をアンデッド化することで、人類の争いの種を根本から消滅させようというんだな」


「そうだぜ! それが俺ら黒死館なんだぜ! さあ、ぽんこつエルフ、さっさと仕事を済ませやがれ!」


 しかし……エクシーラのレイピアの切っ先はいまや目に見えてブルブルと震えている。


 もしかして本当に殺しができないのか。


 まあよくよく考えたらそれが普通の感性である。


「なあ、普通の司法制度に任せたらどうだ? ソーラルの牢屋にでも入れたらいい」


「何を言っているの。強い能力者を拘束できるものは高位の冒険者の他にないわ。だからこそこの私こそが責任を持ってこの男を処罰せねばならないのよ」


「まじかよ」


「さあ、覚悟して。ハイドラと大オーク帝国への離間工作の罪、その命で償ってもらうわ」


 エクシーラは再度、レイピアを高々と振り上げた。


 ここでユウキの無心の質問が再度、暴発した。


「なあ。レイピアってのは突き刺して使うものなんじゃないのか」


「黙っててよ! 切っても使えるのよ! はあ、はあ……行くわよ」


「ふははは。自らの死をもって俺様は死霊術の真髄を今、学ぶのだ!」


「死際にも学習を続けるとか、生涯学習の極みかよ」


 ユウキはグロ映像の予感から目を背けつつ呟いた。


 しかし……。


「はあ、はあ、はあ……」


 エクシーラのレイピアの切っ先が病的なレベルに震えている。またエクシーラ本人は明らかに過呼吸に陥っている。人を殺すことに肉体が強い拒絶反応を示しているようだ。


 ゴルゲゴラはいまだ死を覚悟して瞑目しているが、エクシーラの状態を知れば反撃してきそうだ。


 すぐそこに泥ゴーレムも待機しているしな。


 どうしたものか……。


「なあ、ちょっと聞きたいんだが」


 とりあえず間を持たせたい。


 ユウキはネクロマンサー・ゴルゲゴラに質問した。


「あんた、なんでそんなにアンデッドにこだわるんだ?」


 ネクロマンサーは泥の上からユウキを見た。


「ふははは。お前ら一般人には一生わからぬことだぜ」


「そこをなんとか教えてくれ」


「ふははは。それでは『美』というヒントをやろう」


「美?」


「わからんのか? 死体の美が」


「あまり見たことないからな。たとえば死体のどういうところが美しいんだ?」


 そう聞くとネクロマンサーは自らの内側を見るがごとき遠い目をした。


 それから死体の美について訥々と語り出した。


 AppleのCMを思わせる静かでありながら情熱的なその語り口に耳を傾けていると、なんとなく死体の美について理解できた気がした。


「なるほどな。今度どこかに死体でも落ちてたらゆっくり観察してみる」


「ふはは。そうだぜ、観察してこそ死体と心通わせることができるんだぜ」


 瞬間、エクシーラがレイピアを振り下ろした。


 ネクロマンサーの首が半ば両断された。


 だが皮一枚で胴体と繋がっており、地面には落下せず、ぶらぶらと揺れている。


 その断面から粘度の高い血液が噴き出したが、すぐに出血が止まった。かと思うと線虫のような蠢く繊維が断面から溢れ出し、切断された体組織を繋げ始めた。


 エクシーラはその線虫もろとも完全に首を両断しようとしてかレイピアを再度振りかぶった。だがレイピアはあらぬ方向にすっぽ抜けた。


 エクシーラはレイピアを拾おうとして沼地の泥を這いずった。


 そこに泥ゴーレムが覆いかぶさると同時に、それは人間としての形態を失って泥の山に戻った。


 エクシーラは泥に押しつぶされて気を失った。


 一方でネクロマンサーの首は蠢く線虫によって修復されつつある。


「どうすんだよこれ……おーい、ケロール」


「なんだケロ」木立の影からケロールが飛び出てきた。


「とりあえずこのエルフを泥の中から引っ張り出して、闇の塔に連れていってくれないか」


「わかったケロ。こっちの死にかけの男はどうするケロ?」


「……どうするかな……こんなもの観察してもグロいだけだな……」


「とどめを刺すケロ?」」


「うーん。あまり関わりになりたくないが、殺したくもないんだよな」


 イアラが木立の影からおそるおそる顔を出すと提案した。


「それなら放置するのがいいじゃろう。殺すことは、かえって多生に渡る強い絆をその者との間に生み出すことになるからの」


 というわけでネクロマンサーは沼のほとりに放置された。


 このまま死ぬか、謎の線虫によって首が繋がるか。どちらに転ぶかは男の運次第である。


 それが決まるまでイアラは安全なセカンドハウスに避難するとのことだった。ゴモニャのモコロンの箱を片手に、イアラは木立の合間に消えていった。


「それじゃ、エルフを運ぶケロ」


 ケロールはヌメヌメした素材の雨合羽を脱いで巨大カエル形態へと変化すると、エクシーラを口にくわえた。

 

 ユウキはケロールと共に闇の塔に戻った。

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