第12話 戦勝祝賀会

 ゴーレムの数が七体まで減ったところで『クモの糸』の効果は切れた。


 だが戦力のバランスは完全にこちら側に傾きつつあった。


 半死半生という体であったが、シオンからの魔法のサポートも続いた。


 空中に忽然と現れた氷の槍が、何体かのゴーレムのかかとを貫き、凍らせて地に縫い付ける。それによって分断されたゴーレムを、戦闘員が一体ずつ撃破してく。


 やがてすべてのゴーレムが撃破された。


 あとに大量のアンデッド軍団が残されていたが、それはいつも通りの戦法でなんとかなった。


 日が暮れる前に戦闘は終わった。


 塔の回りには敵の残骸と、金目のものや各種素材が散乱していた。


 だが全戦闘員は疲れきっているし、一日二日、外に放置されたからといって万能肉は腐ることはない。


「回収は明日だな……」


「ぼ、僕、やり遂げたよ。うっ……」


「シオンさまが倒れたべ!」


 *


 翌日にはシオンは元気になった。倒れた原因はただの魔法の使いすぎらしい。


 朝食の席でシオンは言った。


「昨日の戦闘で僕の課題が見えたよ」


「なんだ?」


「ふふっ。体力がなさすぎるってことさ。そのせいで魔力の消耗も多くなってる。少し体を鍛えた方がいいかもしれないね」


 シオンは自分の二の腕の肉をつまんだ。ぷよぷよしている。


「いいと思うぞ。だがなんにせよ昨日は凄い活躍だったな」


 ユウキはスキルを使ってシオンをねぎらった。


「いやあ、そんなこと」


「すごいぞ。本当によくやった」


「ふふっ。たいしたことはないよ」


 そう言いつつも嬉しそうである。


 実際、シオンの活躍が無ければいまだに塔は敵に包囲され、ガンガンと攻撃を受け続けているところだ。


 長引く攻撃の音は人の心を弱らせる。そんなものの中に何日も留まっていたら、戦争神経症になっていたかもしれない。


 しかし今、メンバーの精神状態は良好のようである。


 包囲から解放されたメンバーは晴れやかな笑顔を浮かべている。


「シオン様のおかげだべ」


「ふふっ。ラチネッタ君の励ましがあればこそだよ」


「ゾンゲイルとアトーレの戦いもすごかったな。息がピッタリあってたぞ」


「ゾンゲイル殿とは何度も背を預け合って戦った仲ゆえ」


「別に。知らない」


 ゾンゲイルはそう言って食器の上げ下げを始めたが、街訪問用ボディの耳たぶまで赤くなっている。


 その微笑ましい屈託が食堂に和やかな雰囲気をもたらした。


 メンバー各員は互いの健闘を讃えながら朝食をとった。


 やがてメンバーの賛辞はユウキへと向かいはじめた。


「ユウキ殿が調達してきたアイテムと、それを活かす類まれなるアイデアがあればこそ我らは勝利できたのだ」


「その通りだべ! ユウキさんは今日は王様のごとく威張っていいべ。おらが肩を揉んであげるべ!」


「ユウキは昔からすごい。どんどんすごくなってく」


「ユウキ君のおかげで僕は一皮向けたよ」


 しかし人には賛辞を吸収できるキャパシティに限界がある。ユウキのそれは一瞬で限界に達した。褒められる嬉しさよりも居心地の悪さを感じる。


 いやいや、俺なんてぜんぜんだよと、謙遜してこの居心地の悪さを解消したい。


 だがそれはオレを讃えてくれる皆の気持ちを無駄にすることではないのか。


「…………」


 ユウキはかつてバス車内で若者に席を譲られたものの頑なにそれを断る老人のことを思い出した。


 あんな風に受け取ることを恐れてはいけない。


 なぜならせっかくの善意がもったいないからだ。


 もらえるものはなんでももらっておくべきだ!


「…………」


 ユウキは深呼吸すると皆の言葉をまっすぐ受け取ろうとした。


 賞賛の気持ちや、尊敬の気持ちを呼吸とともに胸に受けとろうと試みた。


 そのとき脳裏にナビ音声が響いた。


「スキル『受け取る』を獲得しました」


(どんなスキルなんだ?)


「手を開き、心を開き、自分にとって良いものを受け取るスキルです」


(なかなか良さげなスキルだな。だが逆に考えると……このスキルを得るまで、オレは人から与えられる良いものを『受け取る』ことができていなかったのだろう)


 ユウキは胸に手を当てて、受けとり失敗の実例を思い出した。


 たとえば……これまでに何度か、ブログの文章を褒めてくれるメールを貰ったことがある。


 だがそのたびにユウキは、『ハウツー本の真似をして書いただけですよ』とか『偶然、なんとなくうまく書けただけです』などと、自分の能力や頑張りを否定する返事を書いてきた。


 それはまさに『受け取る』スキルの欠如のよるものだった。


 心を開いて受け取れば、何かが弱くなってしまう気がして、温かいものを拒絶していたのだ。


 だが今のユウキには受け取るためのスキルがあった。


 いまだ冷めやらぬ塔の仲間からの賛辞をユウキは心を開いて受け取り続けた。


 戦勝祝賀会めいた朝食の席には互いを讃え合う言葉が行き交い、それはメンバーの気持ちを盛り上げていった。


 そのテンションに煽られてか、シオンがカップの水を勢いよく飲み干したかと思うと宣言した。


「僕、体を鍛えるよ!」


「いいぞ。それでこそ闇の塔のマスターだ」


 他のメンバーも自分が伸ばしたい課題を見つけたようだ。


「おらはマッサージを習ってみたいだ」


「我は遠距離攻撃を研究してみよう」


「私は料理のバリエーションを増やしたい」


「オレは……オレも体でも鍛えてみるか」


 塔は上下運動が多い。


 今回の戦いでは三階から六階への移動でかなりの体力を消費してしまった。


 いつかそれが投げやりな指揮につながり、それが全滅に繋がらないとも限らない。


「だが……学校を卒業してからこのかた、運動らしい運動なんて一度もしたことないんだよな」


「僕と一緒に頑張ろうよ」


「あ、ああ、そうだな」


 やけに気合が入っているシオンに気圧されつつユウキはうなずいた。


 *


 朝食のあとは昨日の戦闘の後片付けが行われた。


 メンバー全員で塔の外に出る。


 まずは素材集めだ。


 万能肉をバケツに回収し、塔一階の冷凍庫に入れる。


 それから現金化できそうなアイテムを拾い集め、ソーラルに持っていくための大八車に積んでおく。


 その後、塔の回りに散らばった骨などのゴミを塔の裏のゴミ捨て場に捨て、さらに落とし穴などの罠を整備する。


「ふう、こんなところだね。それじゃあ、先週の振り返りをしようか」


 あらかたの作業が終わったところで、泥まみれのシオンが塔の一階に皆を集めた。


「手元の石板のデータを見てほしい。まずは先週倒した敵の数だね」


・倒した敵

アンデッド類×328体

フレッシュゴーレム×30体


「ずいぶん倒したな。アンデッド類の数が先々週の二倍以上に増えてないか」


「そうだね……いままでは自然発生したアンデッドが塔を襲っていると思ったけど、もしかしたらフレッシュゴーレムを塔に差し向けてきた組織が関与しているのかもしれないね」


「この襲撃はいつまで続くんだべか?」


「それは……」


 シオンは恐怖に引きつった表情を浮かべた。


 塔が崩壊するその日まで襲撃は続くということか。


「…………」


 暗くなっていく皆の表情を見たシオンは、嘘臭い笑顔を作ると上ずった声を発した。


「つ、次は獲得したアイテムを発表するね」


 手元の石版に各種のデータが表示された。


・敵から得たリソース

 黒闇石(小)×16

 黒闇石(中)×2

 万能肉 60キロ

 ミスリルの腕輪 ×1

 換金用アイテムと貴金属 およそ20万ゴールド分


「20万ゴールドってまじかよ! これは相当な収入だな!」


 ユウキは場の雰囲気を盛り上げるため大げさに喜んでみた。


 ユウキ自身、この先の展開に強い不安を感じているため声が上ずっている。だがそれでもわずかに場の雰囲気は上向きになったように感じた。


「ふふっ。このミスリルの腕輪はラチネッタ君が持っていてほしい」


「こ、こったら貴重なもの、とても受け取れねえだよ!」


「ううん。ミスリルの短剣と一緒に装備することでシナジー効果があるはずだからね。魔法の指輪の効果時間も伸びるはずだよ」


 シオンはラチネッタに腕輪を通した。ラチネッタは感動で口が利けなくなっていた。


「よかったな、ラチネッタ。ところで……万能肉、もう冷蔵庫に百キロは溜まったが、どうする?」


「ふふっ。これまでに得た黒闇石と組み合わせて、僕達も作ってみようか。ゴーレムを」


 シオンは魔術師らしい不敵な笑みを浮かべると、懐から『死霊術の秘訣』を取り出してパラパラとめくった。


「それはいいな。一体でもゴーレムがいれば戦術に幅が出せそうだ」


 だが……。


「ダメ」ゾンゲイルが強く反対した。


「え、どうしてだい?」


「作るなら、私の体を作って」


「私の体というと……その家事用ボディみたいなものを、もう一体作れってことかい?」


「そう。私、どんどん体の操縦がうまくなってる。もう一体、動かせる!」

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