第6話 VSエクシーラ
エクシーラはゾンゲイルの背後に降り立つと、そのまま地を蹴って加速して、闇の塔の正門に滑り込んだ。
「ユウキが危ない!」
ゾンゲイルは悲痛な叫びとともに家事用ボディを反転させたが、もはや追いつけそうにない。
運動能力が極端に低いシオン、重い暗黒鎧を着込んだアトーレは言わずもがなだ。
辛うじてラチネッタの最高速度であればエクシーラに匹敵しそうであるが、エクシーラはすでに塔の内部に侵入して脇目もふらず階段を駆け上がっているところだ。
エクシーラは何らかの手段で塔の中枢が六階にあることを認識しているのかもしれない。
数分後にも司令室でユウキはエクシーラと対面することになりそうである。
「な、なんなんだあの女は」
ユウキは軽いパニックに陥った。
なんで塔が、そしてオレがあの女に襲われなければならないというのか。
「あ……」
ひとつの仮説が浮かんだ。
すなわち……人間、時間差で怒りにかられることはよくある。
つまりエクシーラはオレにキスされた怒りで塔に攻めてきたのではないか。
なんせ千年も純潔を保って生きてきた女である。その純潔をわけのわからない男に奪われて怒っているのではないか。
などと考えている間も、エクシーラは長い階段をまったく減速することなく駆け上ってくる。
もうすぐ司令室のドアが開く。
「こうなったら堂々と対面してやる……」
司令室の椅子に座るユウキは深呼吸した。
そのときドアがわずかに開いたかと思うと、その隙間から小さな宝玉が室内に投げ込まれた。
宝玉は一呼吸置いて轟音とともに炸裂し、ユウキの視界を真っ白に染めた。
「うおっ!」
そう悲鳴を発した瞬間、後頭部に何か温かく柔らかいものが押し当てられた。
同時に両目を手のひらで強く覆われ、さらに顎の下に何か冷たい金属が差し込まれた。
「はあ、はあ……チェックメイトよ……」
真後ろ、理容師さんの位置から息を弾ませたエクシーラの声が聞こえる。ユウキはうめいた。
「ううう……スタングレネードだと……特殊部隊かよ」
「すたんぐれねーど? いいえ、『炸裂の宝玉』よ。こんな突入作戦には大いに役立つアーティファクトよ」
「そ、そうか……それより……す、すまん。反省してる」
目が塞がれているのでよくわからないが、エクシーラは椅子に座るユウキの背後に回り、胸と左手でユウキの頭をきつく挟んでいるようだ。
さらに右手のレイピアをユウキの顎の下に差し込み、いつでも喉笛を切り裂けるようにしている。
「許してくれ」
ユウキは刺激しないようゆっくりと両手を上げた。
だが……。
「あなたのしたことは許されることではないわ……命を持って償ってもらいましょう」
喉にレイピアの刃が強く押し当てられる。
「ま、まじでごめん。二度とあんなことしないから……」
「私を襲ったことは許してもいいでしょう」
「ほ、ほんとか? ありがと」
「ですがハイドラの国境警備所を襲ったことは絶対に許せることではないわ」
「はあ? オレはそんなことしてないぞ」
「しらを切るのはおやめなさい。二週間前、『オークの小隊が突如、国境を超えて整備所に攻め入ってきた』と言う知らせを聞いた時は耳を疑ったわ」
「へー、そんなことあったのか」
「でもそれは偽旗作戦よ。警備所を襲ったのは、オークの小隊などではないわ。それは変装したフレッシュゴーレムたちだったのよ!」
「なるほど……」
「ハイドラとオークたちの間にもう一度戦争を起こそうというのでしょう? でもそんな汚れた策略、私が止めてみせる!」
「おう、がんばれよ」
「それじゃ、さよなら……」
喉にレイピアの刃がより一層食い込んだ。
「おいおい、本当に殺す気かよ。ははは……」
「…………」
本当に殺す気のようだった。
ユウキは逆ギレした。
「いい加減にしろよな! なんでキスしたぐらいで殺されなきゃならないんだよ!」
「き、キスですって?」
「ああそうだ。五百年生きて、やっとキスされて良かったじゃないか。むしろオレにキスされたことをありがたく思えよ!」
「あ、あなたは……」
エクシーラはユウキの喉元にレイピアを突きつけたまま、正面に回ると絶句した。
「あなたはソーラルの……ど、どうしてここに……」
「どうしてって……ここがオレの住処だ。文句あるかよ」
「あなた……闇の塔のマスターだったの?」
「マスターは別にいる。オレは塔主代理だ」
「ま、まあいいでしょう。とにかくあくどい策略を巡らせるネクロマンサーはこの剣で始末しないと……」
「ネクロマンサーなんてここにはいないぞ」
「嘘。最近、闇の塔に『骸骨兵』や『生ける屍』が集っていることは多く目撃されているわ。死霊術で呼び寄せて軍勢を作っているんでしょう!」
「いや、勝手にあいつらが塔にやって来てるだけだぞ。オレたちも迷惑してるんだ」
「嘘。闇の塔のマスターが強力なゴーレムを操ることは昔から広く知られているわ。外で私にタックルしてきたあのゴーレム……まともに戦えば私でも勝てるかどうか……」
「あいつはゾンゲイル、人工精霊だ」
「も、もういいわ! 覚悟して!」
「はあ……悪かったよ……」
「一突きで命を奪い、そのあとは厚く弔ってあげる」
「さっきはキスの件でひどいこと言ってごめん。本当に悪かった。別に五百年、キスひとつせずに生き続けることに関して、オレは何も悪いようには思っちゃいない」
「そ、そ、そんなことどうでもいいっていってるでしょう!」
「い、いいのか?」
「いいわよ、別に。口付けなど、そんなことで私の存在に何か変化が生じるわけではないもの」
「はあ……よかった……」
ここ数日、実は無意識下で気に病んでいたことが解消され、どっと力が抜けた。ユウキは深々と椅子に持たれた。
その前に立つエクシーラは困惑した様子でユウキを見下ろしていたが……やがてレイピアをおろした。
「それに私、キス、したことあるわ」
「ほっぺたにだろ」
「そうよ。悪い?」
「…………」
*
その後の比較的冷静な話し合いにおいて、徐々に互いの誤解が解かれていった。
闇の塔にはネクロマンサーなどいないし、闇の塔のマスターは世に戦乱を巻き起こすための工作活動などやってないということを、なんとかエクシーラにわかってもらえた気がした。
「でも……だとすると……誰がハイドラの国境警備隊を襲い、私を襲ったというの?」
「知らないよ。どこか他所にいるんじゃないのか? ゴーレムを操るネクロマンサーが……」
そのときだった。
闇の塔の警報システムがビープ音を鳴らした。
「ん? おいおい……まじかよ!」
ユウキは祭壇の立体映像を確認して絶句した。
「こんなときに敵襲だと? しかも敵影は百体を超えてるぞ」
まあ……どうせいつもの骸骨どもだろ。タイミングは悪いがなんとかなる。
そう思いつつ壁面のディスプレイに敵影を拡大表示させたユウキは再度、絶句した。
夜の闇の中を塔に向かって進軍してくるのは、七十体の骸骨やゾンビと、三十体ものフレッシュゴーレムだった。
「ま、まじかよ。ソーラルにいたあいつが三十体も……しかもなんか武装してるぞ」
「ええ……オーク風の棍棒と防具を身に付けている……間違いないわ。あいつらがハイドラの国境警備所を襲ったのよ」
そのとき司令室にゾンゲイル他戦闘員が雪崩れ込んできた。
エクシーラはレイピアを構えると素早いステップで壁を背にした。
ゾンゲイル街訪問用ボディはエクシールに向かって鎌を振りかぶると叫んだ。
「ユウキ、下がって! 今、殺すから!」
「うわっ。危ないべ」鎌が頭上をかすめたラチネッタは首をすくめた。
アトーレは暗黒の蛇をまとわせた暗黒剣を構えながら、ジリジリと歩を進めてエクシールとユウキの間に入ると呟いた。
「む、かなりの強者である。我が全暗黒を持って倒せるかどうか……」
最後に司令室に入ってきたシオンが息を切らしながら精神集中を始めた。
「はあ、はあ……僕が『蜘蛛の巣』を投射して暗殺者の動きを止めるよ。その瞬間、皆で一斉に飛びかかってほしい。行くよ……」
「行くな! ちょっと待て!」
ユウキは叫び、シオンの精神集中を解除させ、各員の武器をおろして回った。
なんとか司令室での無益な殺し合いは止めることができた。
だがそうこうする間もゴーレムおよび骸骨ゾンビ軍団が土煙を上げながら塔へと殺到しつつあった。
「おいおい、どうすんだ、これ」
祭壇の上、敵を表す光点が凄まじい勢いで中央の塔へと集中しつつある。
敵の何体かは罠にかかって足止めされたようだが、焼け石に水である。
ラチネッタが叫んだ。
「こんな多くの敵がもうすぐそこまで来てるべ! 今から塔を降りて戦闘配置についても間に合わないべ!」
「も、門を封鎖するよ!」
外部の状況を理解したらしいシオンは、祭壇に駆け寄ると何か魔術的な操作を施した。
瞬間、塔の入り口が遠隔操作で封鎖されたことが壁面ディスプレイに表示された。
「確かに門は閉じたみたいだな……でも、がんがん攻撃されてるぞ」
塔に辿り着いたゴーレム集団が、巨大な棍棒で塔の壁や門を叩きはじめた。六階の司令室まで響いてくるその振動を感じながら、ユウキは壁面ディスプレイを見た。
塔はいまや武装した三十体のゴーレムと七十体の骸骨およびゾンビによってぐるりと取り囲まれ一斉攻撃を受けていた。
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