第5話 怨霊とタピオカ

(うわああああああああ!)


 絶叫したはずなのに声が出ない。


 ベッドで金縛り状態のユウキに、暗黒鎧が倒れこんでくる。


 アトーレの重みを予想して身を固くしたユウキだったが、意外にも暗黒鎧は軽かった。


 それもそのはず、暗黒鎧の中身は空だったのだ。


 ユウキの胸に倒れこんできた暗黒鎧は、その衝撃ではじけ飛び、バラバラのパーツに分かれてベッドの周囲に散らばった。


(うわああああああ!)


 中身の無い鎧が深夜、自室にやってきたのである。ユウキは心の中でさらに絶叫した。


 そこに畳み掛けるようにさらなる恐怖がユウキを襲った。


 ベッドの周囲に、うっすらと怨霊の姿が浮かび上がったのだ。


 しかも十二体も。


 ベッドの四方を半透明の影のような怨霊が取り巻いている。


(うわあああああ! ああああ……ああ。暗黒鎧に宿っている怨霊か)


 どうやら幽霊に襲われたわけではないらしい。暗黒鎧をここまで運んできたのも怨霊たちの力だろう。


 どうやら霊的現象に襲われたわけではないらしい。その理解によって、状態異常『恐慌』が解除された。


 いまだに金縛りは解けないが、これも霊的現象ではなく、あくまで暗黒のスキルによるものだろう。


 その推理通り、十二体の怨霊からうっすらと暗黒の蛇が立ち上っている。


 その幾筋ものエネルギーの管が、ユウキの全身に差し込まれている。


「………」


 その半透明の暗黒の蛇がユウキの脳神経に絡みつき、ユウキをベッド上から動けなくしているのだ。


(……どうすんだよこれ。声も出せないから会話できないぞ)


「その必要はない。すでにユウキ殿の精神世界は我らの支配下にある。心の内にて我らに釈明するがいい」


 瞬間、内側から神経を操作され、強制的にユウキの瞼が閉じられた。


 しばし暗闇に包まれる。


 そのあとで、ユウキの内側、心の中に、薄ぼんやりとした空間が感知された。


 その空間に十二人の怨霊がいた。


 いつしかユウキは彼女たちに取り囲まれていた。


 *


「なんだここは?」


 薄ぼんやりとした空間で左右を見回したユウキは、目の前の怨霊に聞いた。


「ユウキ殿と我らが共同で、心の内に作り上げた精神空間である」


「夢みたいなものってことか?」


「そのようなものである。しかし安心せぬことだ。『闇の伴侶』についてユウキ殿から意義ある答えを引き出すまで、未来永劫、この空間から出ることは叶わぬと心得よ」


「未来永劫、この空間から出られないとどうなるんだ?」


「ユウキ殿は干からびて死んでいくであろう」


「ま、まじかよ」


「我らは限界なのだ。『闇の伴侶』なしに苦を抱えて存在を続けることは、もう一秒たりとも我慢できぬのだ!」


「できぬのだ!」ユウキを取り囲む十二体の怨霊全員が唱和した。


 相変わらず揺らめく影のような奴らであるが、外で見るよりも輪郭が若干はっきりしている。


 全員、十代の少女のようだ。


 背格好や服装は一人ひとり違うが、全員、いたるところに包帯が巻かれており、何人かは眼帯を付けている。


 さらによくよく見てみると……四肢のいずれかが欠損している者が多い。


 戦いの中で失ったのか?


「まあ……そんなことはどうでもいい。出せよ! オレを外に!」


 心と心をつなげたダイレクトな交流であるためか、思ったことがまっすぐ言葉に出た。ユウキは率直に欲求を伝えた。


 だが……。


「出さぬ。納得のいく答えを我らに与えぬ限り」


 十二体がユウキを取り囲んでそう言う。


 圧迫感が凄い。


「う……わかった。とりあえずちゃんと向き合うことにする。『闇の伴侶』の件に」


「ただちにそうせよ」


「だが……なんなんだ? そもそも『闇の伴侶』って」


「知らぬのか? 知らずに我らを戦いに利用していたのか!」


 十二体の怨霊から殺気が膨れ上がる。一瞬、殺気に押されて萎縮したユウキだが、なんとか押し返した。


「うっさいな。オレは塔主代理だから知らないこともいろいろあんだよ。いいから詳しく教えろよ、お前らが欲しがってるものの詳細をな。でなければ与えられないだろう。お前らの望みのものを」


「……それは確かにそうかもしれぬ。『遠き日の約束』以来、『闇の伴侶』の概念に関しては我らの間でも多くの進化があった。それを塔主に共有できていなかったかもしれぬ」


「いいからとにかく、現時点での、お前らが思ってる『闇の伴侶』について、洗いざらいオレに詳しく教えてみろ」


「承知した」


 十二体の怨霊たちはユウキを取り囲みながら口々に『闇の伴侶』について述べ始めた。


 精神空間でのコミュニケーションであるためか、物理空間での口頭でのやり取りよりも、なんだかスムーズに意思疎通できてる気がする。


 結果、ユウキはなんとなく『闇の伴侶』がなんなのかを理解した。 


『闇の伴侶』、それは怨霊たちの人生を百パーセント良くしてくれる、一種の宗教的な救い主である。


 同時に、白馬の王子様のようなものでもある。それは怨霊たちを身も心も愛し抜いてくれる、理想の恋人のごとき存在である。


「なるほどな。だいたいわかったぞ」


「理解したと申すか! 我らの悲願を!」


「まあな」


「ならば……それをわれらに授けよ! 今すぐに!」


「今すぐには無理だが……そうだ! いつか『闇の伴侶』と会うときのために、練習してみないか? オレと」


「れ、練習だと?」


「ああ……」


 いつか人は理想の恋人に出会うことができるかもしれない。


 だがその出会いに対する準備は必要だ。


 心の準備がなければ、理想の恋人に出会っても拒絶してしまうかもしれない。


 そのようなことをユウキは説明した。


「つまり……大きすぎる喜び、強すぎる快楽……そういったものを人は本能的に恐れるんだ。だから『闇の伴侶』を得ようとするなら、お前たちにも相応の前準備が必要なんだ」


「だとしても……我らは何をすればいいのだ? 準備、練習などと言われても、我らは何もわからぬぞ、異性と親しく交流した経験など我らにはないのだから」


「とりあえずだ、オレを仮想的な『闇の伴侶』だと思って、いつか本物と会うときのための練習をしてみろ。デートだ」


 ユウキは怨霊たちをデートへと誘いだした。


 *


 自分を取り囲むぼんやりとした空間を、スキル『想像』によって作り替えていく。


 この心の中の空間は、夢と同様の性質を持っているようだ。そのためユウキの想像に従って、周囲の空間は自在に形を変えていった。


 まずは一番想像しやすいイメージを思い浮かべる。これまで何度も想像してきた『心の中の公園』だ。


 心安らぐ公園を想像し、そのイメージの中に、十二人の怨霊を連れていく。


 日曜の昼間なので、公園は人で賑わっている。


 中央に大木がそびえ立っており、その周りに広がる芝生では犬が跳ねまわっており、子どもたちがボール遊びをしている。


 賑やかかつ平和な雰囲気だ。


「な、なんだここは? 天国か?」


 怨霊たちはユウキの周りに集まって警戒態勢を取った。


「いや、オレの実家の近くに実在する公園だ。敵はいないから安心していいぞ」


 ユウキは十二人の怨霊を引き連れて公園を散歩した。


 中心に聳える大木の周りを巡り、噴水から流れる水路を飛び越え、ひとしきり公園をうろうろしてから、場所を変える。


「次は駅前に行くか」


 公園前のバス停からバスに乗る。


 そしてバスから降り、駅前のタピオカ屋に向かい、人数分のタピオカを注文する。


「な、なんだこの飲み物は?」


「飲んでみろ」


「う、うまいではないか! なんなんだこの食感は!」


 その後、近くのゲームセンターでUFOキャッチャーをし、全員分のぬいぐるみを取って各自に渡していく。


「な、なんだこの動物は? ユウキ殿の世界にはこんな生き物がが存在するのか?」


「いいや、それは架空のかわいい動物だ。さあ次はカラオケに行くぞ」


 夢の中ということでカラオケボックスの細部のイメージはあやふやであり、カラオケのカタログに載っている曲も、シンプルな童謡しかない。


 だが歌っているうちに楽しくなってきた。そして必要なのは楽しさである。


 現実問題、今すぐ『闇の伴侶』なる者を用意するのはどうしても無理だ。


 ならばオレとのデートによって、一時的にでも楽しくなってもらい、ほどほどに満足してもらいたい。


 異世界には存在しないタピオカやカラオケを、ぜひ怨霊たちに楽しんでもらいたい。


 だが……十二人の怨霊と共にカラオケを歌っているうちに、ユウキはひとつの驚くべき事実に気づいた。


「あ……」


「どうしたのだユウキ殿」


「…………」


「もしや、我らとの接続が精神汚染を引き起こしたのか? ユウキ殿の目から涙が……」


 怨霊の言葉通り、いつの間にか、ユウキの目に涙が滲んでいた。


 十二人の怨霊たちはユウキを心配げに覗きこんだ。


 しかし……ユウキの目からあふれる涙、それは嬉し涙だった。


 全身に深手を負い、ところどころ取り返しの付かない大怪我をしている彼女たちに取り囲まれ、今、ユウキはかつてない喜びを感じていた。


 初めての、異性とのカラオケ。


 初めての、異性とのデート。


 長年、心の底で望んできたその願い……それが今、ふと気がつけば、叶っていた。


 オレは今、デートしている……!


 その実感によって、さらに大量の涙がじわりと滲み、あふれだした。


「しっかりせよ、ユウキ殿! 今、精神接続を解除する!」


 瞬間、カラオケボックスが消失した。


 *


「ん……あれ?」


 朝、ユウキはいつも通りベッドで目覚めた。


 体を起こして部屋を見回す。


 このゲストルームにいるのはユウキだけであり、暗黒鎧はどこにもない。


「…………」 


 なんだか変な夢を見ていた気がする。


 怨霊たちとカラオケに行った。


 そんな夢だ。


「そうか、夢か……夢だよな……」


 ユウキは頭を振ってベッドから起きると食堂に向かった。


 しかし……。


 朝食後、暗黒鎧を身に付けたアトーレが、食堂でユウキに耳打ちした。


「怨霊たちがユウキさんに何か言ってます」


「ん?」


「『夜にまたゆく』って。なんのことでしょうか?」


「まじかよ……」


 どうやら夢ではなかったらしい。


 その日の夜も暗黒鎧がユウキの部屋にやってきた。


「…………」


 ユウキは怨霊たちを心の中のデートに誘った。

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