第7話 迷いの森の精霊
『叡智のクリスタル』の機能により、闇の塔の周囲にいる知的生命体には、司令室からテレパシー的な遠隔通信を送ることができる。
となれば樹木の妖魔にも声をかけることできるわけだ。
迫りくる敵に話しかけるなんて正気とは思えない。
だが危機的状況の中で視野が狭まっているときこそ、自分がこの世で一番やりたいことを思い出すべきではないか。
また可能でなら、それをその場でやってしまうべきではないか。
だいたいもう戦況は八方塞がりで、他に何もやることがないしな。
というわけでユウキは司令室から樹木の妖魔にコンタクトを試みていた。
「おーい。聞こえるかー」
「…………」
「オレはこの塔の中にいる善良な人間だ。聞こえてたら返事してくれ」
最初、何の返事も返ってこなかった。
「…………」
もしかしたら樹木の妖魔は話の通じる知性など持っていないのかもしれない。
いや、仮に知性があったとしてすでに戦端は開かれている。樹木の妖魔はオレたちの手によってぼうぼうに燃やされているのだ。
そんな状態で誰が敵の声などに誰が耳を傾けるというのか。
話せばわかるというような簡単な話じゃないんだよ。戦争というものは! たぶんな!
だがオレは別にこの世界で戦争をしたいわけではないし、何がしたいかといえばナンパだ。
積極的に本来の目的を果たしていきたい。
それに……いまだなんの返事も返ってこない状況だが、なんとなくその沈黙の奥に知的な意識が眠っているように感じられる。
叡智のクリスタルの力と、スキル『共感』によって、なんとなく樹木の妖魔の精神構造が感じられた。
その精神の表面にあり、その巨体を動かしているのは、一種の人工的プログラムのようなものである。
それは『自分の身を守る』『近くで動くものを攻撃する』『動くものがいなければ闇の塔を攻撃する』などといったシンプルな行動ルールの組み合わせから成り立っていて、そこに知性や生命と呼べるものは感じられない。
だがその人工的、機械的なプログラムの奥に、ごくわずかであったが何者かの意識を感じた。
その意識は戦闘中でありながら、半ばまどろんでいるようだった。
ユウキは再度、声をかけた。
「寝てんのか、起きろよ!」
「…………」
しかし返事はない。
ユウキは各種スキルを駆使して何度も呼びかけを繰り返した。
そのうちついに、眠たげな声が樹木の妖魔の奥深くから返ってきた。
「うーん……誰じゃ? わらわを起こすのは」
「オレオレ、オレだよ、オレ」
「ヒトか。わらわにヒトの知り合いなどおらぬぞ」
「そりゃそうだろうな。初対面だから」
「ふざけておるのか、おぬしは」
「お前こそふざけてるのか」
「わらわは何もふざけてなどおらぬ」
「だったらなんで塔を壊そうとするんだ」
「なに? わらわが塔を壊そうとしておると? ヒトの建物を?」
「そうだぞ。この状況をよく見てみろ」
瞬間、シンプルな人工的プログラムによって作動していた樹木の妖魔に、人並みの、いや、人以上に複雑な意識が宿ったように感じられた。
その意識は樹木の妖魔の感覚器官を通じて、今のこの状況を認識したようである。
「なんと……確かに……わらわの子らがヒトの作りし塔を襲っておるようじゃの」
「やめてくれ。まじで迷惑してるんだ」
「くっくっく。なるほどのう。ついに『あのお方』がわらわに約束せし時が訪れたということじゃの」
「約束? 誰かとなんか約束したのか?」
「そう……『あのお方』はわらわに、この地にはびこる人類が苦しんで絶滅する様を見せてくれることを約束したのじゃ」
「まじかよ……」
「その約束への対価としてわらわは今、この子らに生命エネルギーを分配しているのじゃ。魂は持たぬこの子らがこうも生き生きと動いているのは、ひとえにわらわの生命エネルギーあればこそよ」
「なるほど……凄いじゃないか」
スキル『褒める』が自然に自動発動された。
「そうじゃ。凄いのじゃ」
対話相手は喜んでいるようだった。
「それにしても、なんで人類が苦しんで死ぬところなんて見たいんだ?」
「当然のことじゃ。悪は滅びなければならなぬゆえ」
「あ、悪だと」
「そうじゃ。あのお方がわらわに言ったのじゃ。人類は悪であり、闇の塔は悪である、と」
「そもそも誰だ、あのお方って」
「決まっておろう。いと気高き闇の女神よ」
「お前、その闇の女神に騙されてるんじゃないか?」
「な、なにを言いおる。わらわは騙されてなぞおらぬ」
「なんでだ? 人類には別になんの悪いこともしてないぞ」
「そんなことはない。わらわは知っておるぞ。人類は自然を壊そうとしているのじゃ」
「ああ……自然破壊、ね。確かにそれは問題かもしれないな。だが自然破壊がお前となんか関係あるのか?」
「わらわは迷いの森の精霊じゃ。自然破壊は怖いものじゃ」
「まじかよ。わかった。確かに自然破壊はお前とダイレクトに関係あるな。自然破壊の件は謝る」
「おぬし、なかなか素直じゃな。人間はもっと強情な存在かと思っておったわ」
「すまん……自然を破壊するという人類のサガのせいで、あんたの居場所が……」
「まあ、そんなに深刻にならぬともよいぞ。わらわが住む迷いの森が破壊されたら別のところに移り住むからのう」
「なんだよ、移動できるのかよ!」
「もちろんじゃ。じゃが住んでいる場所を破壊されるのは気に食わぬぞ」
「確かに……でも、この世界はオレの世界と違って、たいていのことは魔力で解決する方向性らしいから、あまり自然破壊とかは進まないんじゃないか?」
「それは本当か?」
「たぶん……だから塔を破壊するのをやめてくれ」
「それは嫌じゃ」
「なんでだ!」
「人類が苦しんで死ぬのを見るのは一大スペクタクルじゃからのう」
「お前……性格悪くないか?」
「わらわの視点から見れば人類の栄枯盛衰なぞ一夜の娯楽に過ぎぬからのう。その楽しみを奪われるのは嫌じゃ」
こいつ、しょせん人外か。
こんな邪悪な奴とはどれだけ会話しても前向きな結論など出ない。
なんとなく女性的な雰囲気を感じ、話しててなかなか楽しいが、こんな邪悪な奴をナンパしてる場合じゃない。
こうなったら、どちらかが生き残るまで、つまりどちらかが息絶えるまで戦うしかない。
全面戦争だ。
こいつ、ずいぶん余裕綽々のようだがこっちにもまだ手札は残ってるんだ。
こうなったらシオンに爆発してもらうか。
ついでに暗黒戦士に全暗黒を開放してもらって、この地に局所的な地獄を生み出してもらうか。
当然こちらも全滅するわけだが、こんな悪逆非道な悪鬼のごとき生命体をのさばらせておくよりはいい。
「……くっ」
ユウキは思わずシオンに自爆命令を発しかけた。
だが、ふとそのとき自分が緊張のためか汗だくになっていることに気づいた。
風呂に入りたい。
そう言えばシオンと一緒に入る約束してたよな。
「…………」
もう少しだけ粘ってみよう。
ユウキはスキル『深呼吸』『粘り』『共感』を同時発動すると、迷いの森の精霊との対話を再開した。
「わかったわかった。楽しみな見世物が無くなるのは嫌だもんな。それはわかる」
ユウキは高校時代、楽しみにしていたゲームが発売延期になったときの気分を思い出した。
ずっとワクワクしていたことが中止になるのはがっかりするものである。
「でも……そんなときこそ、何か新しい楽しみが目の前に現れつつあるときなのかもしれないぞ」
「新しい楽しみじゃと? 具体的にはどういうことじゃ」
「例えばオレとのこの会話とか……」
そう言った瞬間、戦闘中ではあるがユウキはとてつもない恥ずかしさに襲われた。
この世でオレとの会話ほど無価値なものはあるまいと思われたからである。
オレと会話して誰か楽しい思いをするだろうか。
いや、誰も楽しんだりはしない。
オレとのコミュニケーションなどコンテンツとして人様におすすめできるものではない。
「…………」
ユウキは『司令室』で頭を抱えため息をついた。
そのため息が遠隔通信で戦闘員に伝わってしまった。
「どうしたのだ、ユウキ殿!」
「ユウキ、しっかりして! あきらめないで!」
アトーレとゾンゲイルから即座に励ましが返ってきた。
ぎりぎりユウキは気持ちを立て直し、スキル『粘り』を再発動し、迷いの森の精霊とのコミュニケーションを再開した。
「そうそう……オレとのコミュニケーション自体は特に楽しくないかもしれない。だが人類にはさまざまな人材がいる。いたずらにそれを殺すより、そいつらと遊んだ方が楽しくないか?」
「わらわは長い話はよくわからぬ」
「……そうだな。オレもだよ」
「だから契約などはいつもほいほいとしてしまうのじゃ」
「契約? 新聞でも取らされたのか?」
「新聞じゃと? わらわにはわからぬ……契約といえば魔術師との契約じゃ。あれはつまらぬものじゃった」
「へー。魔術師との契約ね。それは確かにつまらなそうだな」
「人間はいつも契約の話しかせぬ」
「オレはむしろわからないからできないぞ、契約の話なんて。営業でも魔術師でもないからな」
「なんと! そなた、普通の人間じゃというのか?」
「まあな」
すると、テレパシーの向こうで、迷いの森の精霊がゴクリと生唾を飲む気配が感じられた。
「なんだよ、どうかしたのか?」
「わらわがこんなことを言うのはおかしいことかも知れぬが、聞いてくれるか?」
「ああ、何でも言ってみろ」
「わらわは普通の人間とのコミュニケーションに興味があるのじゃ」
「へー」
「ば、馬鹿にするか! わらわの長年の願いを」
「いや。自分と違い存在に興味を持つのは当たり前のことだろ」
「お、おぬし……わかっておるのう。わらわはもう木や草や動物の声を聞くのに飽いておるのじゃ。自分とまったく違うものと深く接してみたいのじゃ」
「だったらオレと接しようぜ」
「…………」
「な。接しようぜ、オレと。契約なんてつまらないことはしないから」
「し、信じられぬ。どうせおぬしも小難しい理屈でわらわを説き伏せ、わらわの力を利用するつもりじゃろう。そもそも闇の塔におるそなたが魔術師でないわけがないじゃろう」
「戦いが終わって命があったら、迷いの森まで丸腰でオレひとりで遊びに行くよ。そうすればオレがただの人間であることがわかるはずだ」
「ほ、本当か?」
「ああ、約束する」
「必ずじゃぞ」
「塔が壊されずオレがそれまで生き延びられたらな。そのために……協力……してくれるか?」
「いいじゃろう。……そなたらが『樹木の妖魔』と呼ぶ子らへのエネルギーを遮断しようぞ」
「ありがたい。でももう樹木の妖魔は塔の目の前だ。や、やばいぞ。頼む、早く止めてくれ!」状況に気づいたユウキは叫んだ。
だが……。
「それは無理じゃ。わらわからのエネルギーを遮断しても、その子らは体内にエネルギーを蓄えておる。しばらくは動き続けるじゃろう」
そのときついに攻撃可能範囲にまで接近した樹木の妖魔が拳を振りかぶり、塔に殴りかかってきた。
壁面ディスプレイを通して巨大な拳が迫り来るのが見える。
拳はまさに司令室に向かって近づいてくる。
終わった。
直撃だ。
つい戦闘中にナンパするなどという頭のおかしいことをオレがやってしまったせいで……。
すまんみんな……。
だが目に見えないガラスのごとき壁に阻まれ、樹木の妖魔の燃えさかる拳は塔の壁面から一メートル手前の距離で弾かれた。
同時に、シオンの声が遠隔通信により第六クリスタルチェンバーに響いた。
「第三クリスタルチェンバー『防衛室』に着いたよ! 『力のクリスタル』を使ってバリアを張ってる。少しだけなら持ちこたえられるはずだよ!」
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