第6話 戦闘開始
火の玉は、樹木の妖魔Aの胴体に直撃し、爆発した。
爆炎が凄まじい熱を発する。シオンはローブの裾で顔を覆った。
だが一瞬ののちに爆炎が晴れ、その奥からほぼ無傷な樹木の妖魔Aが姿を現わした。
「まさか……僕の魔法が効かない?」
ユウキは司令室から冷静に指示を出した。
「いや、燃えてるからOKだ。そのまま西の方に後退してくれ」
「どうしてだい? このまま皆で攻撃すれば倒せるかもしれない」
「接近戦はできるだけ避けたい」
「でも僕らが逃げれば塔が!」
「ラチネッタが追われてるのを見る限り、樹木の妖魔は動くものを追いかける単純な性質を持っている。全力でこの方角に逃げてくれ」
ユウキの指示通りゾンゲイル家事用ボディは、樹齢千年の古木のごとき樹木の妖魔Aの足から離れ、回れ右して駆け出した。
暗黒戦士とシオンも樹木の妖魔Aに背を向けて走り出した。
その背後を燃え盛る樹木の妖魔Aが追いかける。
まったく距離が離れないが、燃え続ける炎によるスリップダメージが入っているはずだ。逃げれば逃げるだけ有利になるに違いない。
ユウキはシオンたちをラチネッタと合流するルートに向けて走らせた。
このまま各員が走り続ければ、ラチネッタと戦闘員三人は塔の西部で、塔の北方から来た樹木の妖魔Aと、南方から来たCに前後から挟まれる形になる。
だがユウキはひとつのアイデアを思いついていた。
「ラチネッタ、ここで指輪の力を使って身を隠してくれ」
「わかっただ!」
ラチネッタが姿を消すと、彼女を追っていた樹木の妖魔Cはターゲットを見失い、一瞬、足を止めた。
それから、本来の目標を思い出したかのように、樹木の妖魔Cは塔に向き合った。
さらにユウキは指示を出した。
「アトーレ、家事用ボディ、もう一度、樹木の妖魔Aを足止めしてくれ!」
アトーレは足を止めて振り返ると、背後から迫りつつあった樹木の妖魔Aの左足に暗黒の蛇を飛ばした。
同時にゾンゲイル家事用ボディは砂煙を上げて急制動すると、反対方向に向かってダッシュし、炎に包まれた樹木の妖魔Aの右足にタックルした。
「この隙にシオン、短距離転移だ!」
ユウキは座標をシオンに伝えた。シオンは息を切らせながら短距離転移の呪文を詠唱した。
「はあ、はあ……時空の間隙よ、束の間、ここに顕現されよ。そして僕を望みの場所に運んでくれ!」
そう唱えるとシオンの眼の前に時空の裂け目が現れた。
時空の裂け目に飛び込んだシオンは、ユウキが指示した座標に短距離転移した。
そこはさきほどまでラチネッタを追っていた樹木の妖魔Cの背後だった。
樹木の妖魔Cは塔に向かって進撃を始めるところであり、背後に突如現れたシオンに気づいていない。
「火の玉を!」
「はあ、はあ……わかってるよ! 太陽より熱き炎の玉よ、ここに顕現されよ、そしてあいつを燃やせっ!」
ショートバージョンの呪文詠唱により発動された炎の玉が、今まさに闇の塔を目指して加速しようとしていた樹木の妖魔Cの背中めがけて発射された。
空中を飛翔するその玉は、不可視化したラチネッタが息を呑んで見守る中、見事、樹木の妖魔Cの背中に直撃し、爆発した。
「ひえええええ! あちちだべ!」
飛散する火の粉に襲われラチネッタは悲鳴をあげた。
そのとき塔の東南部でゾンゲイルが叫んだ。鎌を風車のように振り回し、雑草を刈りながら。
「ユウキ、もうすぐ追いつかれる! ここで戦う!」
彼女は東方から侵攻してきた樹木の妖魔Bを、雑草の道によって塔の南方へと誘導していたのだが、巨体が立てる地響きがすぐ背後に迫っていた。
「だめだ。もう少しだけ草刈りを続けてくれ……」
「わかった、頑張る」
ゾンゲイルは風車のように回転し、道を作る作業を全力で続けた。しかしその背後に樹木の妖魔Bがどんどん迫っていく。
「今だ! そのまま雑草の中に飛び込んでくれ」
「わかった!」
ゾンゲイルは草刈りの手を止めると、そのまま目の前の雑草の藪に飛び込んだ。
まもなくゾンゲイルが作っていた道の終点に達した樹木の妖魔Bは、そこで進むべき方向を見失い、立ち止まった。
塔の南方のその地点は、シオンの短距離転移の範囲内にぎりぎり入っていた。
「シオン、もう一度、短距離転移して炎の玉だ!」
「はあ、はあ……わかったよ! 時空の間隙よ、束の間、ここに顕現されよ。そして僕を望みの場所に運んでくれ!」
シオンは呪文を唱えると、時空の間隙に飛び込んだ。
直後、樹木の妖魔Bの背後にシオンは現れた。
樹木の妖魔Bはゾンゲイルが作った道の終点で立ち止まり、闇の塔に向けて地響きを立てながら方向転換していた。
その背中に、シオンには再度、炎の玉を投げかけた。直撃した。
これにより樹木の妖魔が三体とも炎によって燃え上がった。
あまりに巨体すぎて炎の玉の爆発ダメージは樹木の妖魔にほとんど通じていないようだった。
だが炎は消えることなくじわじわと樹木の妖魔の全身に燃え広がっている。
と、塔の北西部でゾンゲイル家事用ボディにタックルされている樹木の妖魔Aが拳を振り上げた。
足元の家事用ボディを攻撃しようとしているのだ。
ユウキはとっさに指示を出した。
「アトーレ、暗黒の蛇で攻撃を止めてくれ」
その口頭での指令とともに祭壇のアイコンを操作し、攻撃目標を暗黒戦士に伝えた。
「承知!」
アトーレは暗黒の蛇を一旦戻すと、それを樹木の妖魔の拳に向かって再投射した。
暗黒の蛇に絡みつかれた樹木の妖魔Aの拳は、一瞬であったが空中で静止した。
その隙にユウキは家事用ボディに退避を指示した。
家事用ボディはぎりぎりであったが樹木の妖魔Aの攻撃範囲から出ることができた。その背後を樹木の妖魔の拳がかすめた。
「よし、あとは時間稼ぎだ」
ユウキは再度、暗黒戦士と家事用ボディに逃走経路を指示した。
また、ラチネッタに姿を表し、樹木の妖魔Cを再度、引きつけるよう指示した。
さらにゾンゲイルには、シオンを塔に回収するよう指示した。
魔力、体力を使い果たしたシオンは息も絶え絶えで今にも倒れそうだ。
ゾンゲイルは鎌をホルダーにしまうと、気を失いかけているシオンを肩に担ぎ、闇の塔に向かって走った。
「よし、いいぞ……」
司令室のユウキは祭壇と壁面ディスプレイの放つ光に照らされながらうなずいた。
流れるような指揮により、樹木の妖魔三体を燃やすことができた。
燃え上がりながらも樹木の妖魔Aは、アトーレと家事用ボディを追っている。
二人は樹木の妖魔より逃走スピードが遅く、しばし追いつかれた。
だが、耐火性の家事用ボディのタックルと、敵の攻撃を一瞬だがキャンセルできる暗黒の蛇のコンビネーションにより、二人は無傷で逃走を繰り返すことができた。
樹木の妖魔Cも燃え上がりながら、ラチネッタを追っていた。
ラチネッタは追いつかれそうになるたびに指輪で身を隠し、適切な距離を取ってから再度、姿を表した。
こういった戦術により安全に樹木の妖魔AとCを誘導することができている。
しかし……。
「あれ……もしかして、やばいのか?」
今、樹木の妖魔Bがフリーである。
フリーになった樹木の妖魔Bは当然、まっすぐに塔へと進撃してくる。
塔に到着するまでに燃えて動かなくなるという流れをユウキとしては期待していた。
しかしその期待は叶えられないかもしれない。
そう気づいた。
なぜなら最初に炎の玉によって燃やされた樹木の妖魔Aが、いまだに健在であり、なんの差し障りもなく行動しているからである。
「なんであんなに燃えてるのに、いつまでも元気なんだ、こいつらは?」
ユウキは壁面ディスプレイを拡大し、燃える樹木の妖魔を観察した。
すると、恐るべき事実に気づいた。
樹木の妖魔、その表皮や枝々が刻一刻と炭化しながらも、同時に謎の力によって燃えた部分がビデオの逆再生のように復活しているのである。
「まじかよ……魔法か何かの力によって回復してるんだ、こいつらは」
ユウキの全身を恐怖が包んだ。どっと冷や汗が吹き出る。
あの回復作用を止めない限り、どれだけ時間稼ぎをしても勝ち目はない。
少しずつ疲労によって、アトーレ、ゾンゲイル家事用ボディ、ラチネッタの逃走スピードが遅くなっている。このままではいずれ逃げられなくなる。
いや、その前に、直近の問題は樹木の妖魔Bだ。
現在フリー状態の樹木の妖魔Bが今、まっすぐ塔に向かって走り出している。
その燃え上がる巨体はやがて塔の眼前にたどりつき、その恐るべき直接攻撃力を塔に向けてふるい始めるであろう。
そうなったら一撃で塔の壁面に穴が空き、二撃目で塔は完全崩壊するであろう。
「やばいぞ。どうすんだ、これ」
(論理的に考えてこれはもうダメだ。オレのミスだ。塔は破壊される。次回のプレイに期待しよう)
司令室の中で呆然となりながらユウキは一瞬そう考えた。
だが当然のことながら次回のプレイなどというものはないのだ。なぜならこれは現実であり、ゲームではないのだから。
だから今、持てるリソースの全てを使って塔を守らなければならない。
しかし樹木の妖魔Bの足止めに充てられるリソースはもうない。
「私が戦う!」
シオンを背負って塔に走るゾンゲイルからそのような勇ましい通信が入った。
だがゾンゲイルは家事用ボディの遠隔操縦を続けているため、本体の運動性能が大きく低下している。
また雑草の草刈りによってエネルギーを消耗しているため、見るからに動きがヘロヘロしている。
その状態で樹木の妖魔Bの足止めに当たらせても三十秒も持たないことは目に見えていた。
「……ダメだ。まっすぐ塔に戻ってきてくれ」
するとゾンゲイルに担がれているシオンが自爆的提案をした。
「ぼ、僕が最終奥義を発動するよ」
「お前が死んだら塔が崩壊するだろうが。いい加減にしろ」
しかしこの絶望的状況を察したアトーレからも、自爆的な技の発動の提案があがってきた。
ユウキはノータイムでその技の発動を却下していった。
状況にいまだになんの光明も見いだせなかったが……自爆技を迷わず却下できる自分自身に、ユウキはわずかな希望を感じとった。
それは戦闘前に死亡フラグを解除し、生存フラグへと書き換えたことの効果かもしれない。
論理的に考えてもうどうしようもない状況ではあったが、いまだユウキにはわずかな心のゆとりがあった。
その心のゆとりが、ヒロイックな死を選ぼうとする皆の提案を却下した。
「…………」
そうそう……緊急時において人はついヒロイックな行動を選びがちである。
ヒロイックな行動、自分の健康や命を犠牲にするような行動、それは美しい自己犠牲の発露に思えて、その実、この人生から逃げだしたいという逃避願望の産物なのではないだろうか。
「…………」
シオンとかアトーレとか、かなりストレス溜まってそうだしな。
この先の人生で待ち受けているストレスに長々と耐え忍ぶよりはむしろ、パッと咲いて散る花火のような自爆を選びたいのかもしれない。
しかしそんなことよりオレは何か楽しいことを体験したかった。
今この危機的状況の中で、オレにできる楽しいことはなんだろうか。
「…………」
「……おい」
ユウキは司令室のテレパシー機能を使って声をかけた。
「…………」
「いや、急に声かけられたびっくりするよな。ごめん」
「…………」
「オレは今、あんたが向かってる塔の中にいる。やることが無くなって暇になったから声をかけてみたんだが……」
「…………」
「最近、何か面白いことでもあったか?」
「…………」
ユウキに声をかけられた樹木の妖魔Bは、その燃えさかる瞳を前方の塔に向けた。
司令室の壁面に投射された映像を通じて、ユウキは樹木の妖魔と目を合わせた。
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