第2話 司令室

 薄暗い第六クリスタルチェンバーで、初対面の者たちの自己紹介が行われた。


「はあ、はあ……僕はこの闇の塔の主、シオンだよ」


「我はハイドラの暗黒評議会によって認定されし暗黒戦士、アトーレと申す」


「おらはラチネッタだべ。猫人郷からソーラルに出稼ぎに出てたところをユウキさんと会っただ」


 無言のゾンゲイルの脇でユウキは思った。


 暗黒戦士は属する組織が、ラチネッタは先祖が、闇の塔に関係している。


 そのため相互理解は容易なはず。


 だが……。


 いきなり暗黒戦士がシオンに詰め寄った。


「塔主にひとつ伺いたい」


「な、なんだい?」


「我らとの約束はいつ果たされるのか? 『闇の伴侶』はいつ我らに授けられるのか?」


「その件は……ユウキ、少し来てくれないか」


 シオンはユウキを部屋の外に連れだすと聞いた。


「なんだい? 『闇の伴侶』って?」


「知らないのかよ!」


 ユウキは自分が知っている限りのことを手早く説明した。


 暗黒戦士は戦いの果てに怨念と化す。


 その怨念を救う存在が『闇の伴侶』である。


「興味深い話だね。でも僕に何の関係が?」


「エグゼドスが約束したらしいぞ。『いつか闇の塔の主が暗黒戦士に闇の伴侶を授ける』って」


「あ」


「あ、じゃないだろ」


「確かに……前任から塔を引き継ぐときに説明を受けた気がするよ……」


「おいおい。暗黒戦士たちは相当思い詰めてるぞ。『忘れてた』なんて言ったら殺されるかもしれないぞ」


「ふふっ……正直、エグゼドスの当時から、闇の塔とそれに関連するシステムにはいくつもの欠陥があるんだ。騙し騙しシステムを延命させてきたけれど、もう限界なのかもしれないね」


 シオンは悟ったような顔を見せた。


「いままで溜めてきた歪みが今、表に噴き出そうとしているんだ。だとしたら……この狂ったシステムが僕の代で何もかも崩壊するのもいいだろう。ははは」


「はははじゃないよ。しっかりしろよ」


「ぼ、僕はどうすれば……」


「問題は先送りにしろ」


「わかった。先送りだね」


 シオンとユウキは第六クリスタルチェンバーに戻った。


 だが二人は室内で恐るべきものを目の当たりにした。


 室内に十二体の怨念がぞろりと勢揃いしていたのである。


 暗黒鎧から抜けだした黒き影のごとき十二体の怨念、彼女たちが放つ瘴気と冷気が室内に濃く立ち込めている。


 その効果によりユウキの全身に鳥肌が立った。歯もガチガチと震えはじめた。


 ラチネッタは祭壇の下に頭を隠した。しかし尻と尻尾が外に出ている。


 ゾンゲイルは背中の鎌に手をやるとユウキの前に立った。


 暗黒戦士と十二体の怨念はシオンに詰め寄った。


「どうなっておられる? 『遠き日の約束』は? 『闇の伴侶』は?」


「ふ、ふふっ。その件はね……戦いが終わったときにでも落ち着いて話したいと思っているよ」


「だよな」


「約束していただけるか? 我らはもう一刻も待てぬ!」


 しかしシオンはうつむいた。


「…………」


 何してるんだ。


 とりあえず約束ぐらいしておけばいいだろう。


 ユウキは口を開いた。


「わかったわかった。とりあえず闇の伴侶の件についてはいろいろ対処すると約束する。戦いが終わったらな」


「ダメ! ユウキ、暗黒戦士と約束しないで!」


 ゾンゲイルが叫び、ユウキを守るように背後にかばった。


 しかしゾンゲイルをすり抜けて十二体の怨念がユウキを取り囲んだ。ぞっとする冷気が強まり、作業服が霜に覆われていく。


 ユウキの全身の筋肉が硬直し身動きがとれなくなった。


 怨念たちはユウキの胸に手を伸ばし、その内部で脈打つ心臓に触れた。そのあまりのおぞましい感覚にユウキの口から叫び声が漏れた。


 そのままぐったりと地に崩れ落ちそうになったところで、ユウキはゾンゲイルに抱き止められた。


 机の下ではラチネッタが頭を抱えてガタガタと震えていた。


 ゾンゲイルは暗黒戦士を強く睨み、叫んだ。


「ユウキに危害を加えるなんて! ぜったいに許さない!」


 ゾンゲイルはシオンにユウキを押し付けると、いきなり暗黒戦士にショルダータックルした。


 凄まじい轟音が狭い室内に響き、暗黒戦士は壁に叩きつけられた。


 パラパラと埃が降り注ぐ暗黒鎧に馬乗りになりながら、ゾンゲイルは背中の鎌をホルダーから抜き、その切っ先を鎧の隙間めがけて振り下した。


 瞬間、ミスリルの鎌は暗黒戦士が繰り出した暗黒の蛇によって絡め取られ、空中でピタリと静止した。


 そして……力が拮抗する激しい緊張の中、ふいに暗黒鎧の中から澄んだ声が聞こえた。


 アトーレの声だ。


「あやまります。許してください」


「許さない! 息の根、止める!」


「私の力では怨念たちを止めることができず……むしろ怨念たちの焦りに飲まれ、私まで暴走してしまいました」


 ここで意識を取り戻したユウキは、走って彼女たちに割り込んだ。シオンにも手伝ってもらい、なんとか二人を引き剥がすことに成功した。


 ふっふっと獣のような呼吸を繰り返すゾンゲイルを羽交い締めにし、部屋の端まで引きずっていく。


 一方、アトーレは暗黒の蛇を引っ込めて立ち上がると、十二体の怨念に厳しく命令した。


「戻りなさい、怨念たち! 今はまだ『遠き日の約束』が成就するときではありません。今は戦いに備え暗黒を貯めるべきとき! 鎧に戻り、耐え忍びなさい!」


 すると、再びユウキを取り囲みつつあった十二体の怨念たちは、しぶしぶと言った様子ではあったが暗黒鎧に戻っていった。


 怨念を鎧に取り込んだアトーレは、また低くひび割れた声を発した。


「……たいへん失礼した。ゾンゲイル殿、ユウキ殿、シオン殿。どうか許されよ」


 そして暗黒戦士はシオンの前にひざまずくと頭を垂れた。


「塔主にまみえるという途方も無き栄誉に、我と怨念は皆、浮き足立っておる」


「ふ、ふふっ。いいんだ。顔を上げてほしい」


 だが暗黒戦士は顔を上げなかった。


「馳せ参じた我らに命令をくだされよ」


「そ、そうだね……塔を守り、世界を崩壊から守るため……この全権代理人、ユウキの指示に従ってほしい」


「承知した。我がすべての暗黒を賭して任務にあたることを誓う」


 暗黒戦士は立ち上がると部屋の隅へと引いた。


 ユウキはゾンゲイルを羽交い締めにしながらシオンに耳打ちした。


「お、おい……お前が指示を出すんじゃないのかよ」


「ふふっ。僕は僕で前線で戦わなきゃいけないからね。ユウキ……君が指揮を執るんだ。この第六クリスタルチェンバー『司令室』の力を使ってね」


 シオンは口の中で呪文を唱えながら、部屋の中央にある祭壇に触れた。


 瞬間、第六クリスタルチェンバーの全壁面が輝き、そこに屋外の景色が映り込んだ。


 赤い夕日に目を細めながらユウキは叫んだ。


「うおっ、なんだこりゃ!」


 あたかも観光タワーの展望室のように、三百六十度がどこまでも見渡せる。


 羽交い締めにされているゾンゲイルも叫んだ。


「見てユウキ! ソーラル!」


 日が沈んでいく方向、鬱蒼と生い茂る迷いの森の彼方に、夕日に照らされたソーラルが見えた。


 白く美しいあの街……あんな遠いところにあったのか。


 他方で、北、東、南の三方に砂煙が上がっているのが見える。ユウキが目を凝らすと、その砂煙がズームされて壁面に表示された。


 砂煙の中、バキバキと迷いの森の樹木をへし折りながらこちらに向かって進撃してくる巨大な化け物の姿が、壁面に大映しに表示された。


「樹木の妖魔……もうあんなに近いところまで来てるのか」


「ふふっ。そうだよ。あと一時間も経たず塔は襲来されるよ」


「やばいな。ていうかこの壁、凄い機能だな」


「ふふっ。あの『叡智のクリスタル』から、外の景色が壁に投影されているんだ」


 シオンは天井付近に謎の力で浮いている、ミラーボールのごときクリスタルを指さした。


 ユウキは思わずスキル『褒める』を発動した。


「すごいな。この塔の機能で初めて感動したぞ」


「ふふふっ。それだけじゃないよ……この祭壇も見てほしい」


 シオンはいまだラチネッタが頭を隠している祭壇を指さした。


 その上部表面は、天井のクリスタルから投影される魔法の光によって輝いている。


 その魔法の光が今、ホログラフィックのように凝固し、祭壇上に三次元の像を結んだ。


「まじかよ。立体映像じゃないか」


「ふふふっ。周囲の状況と各種のデータが、この祭壇上に抽象化されて表示されているんだ。見て、ここが闇の塔だよ」


 祭壇の中央に、雑草に覆われた闇の塔が建っている。


 その小さな闇の塔めがけて三方から樹木の妖魔が進撃してくる。


 その様子が、コミカルにデフォルメされた映像表現によって、到着予想時間などのデータと共に映しだされている。


 恐る恐る祭壇の下からラチネッタが顔を出した。


「もう大丈夫だべか?」


「ああ、出てきて平気だぞ」


「なんだこれ、すごいべ! さすが伝説の闇の塔だべ!」


 祭壇を見たラチネッタは目を丸くし手を叩いた。だが急に卑屈に腰を丸めるとシオンに言った。


「と、塔主様。どうかおらの村を紅蓮の炎で燃やさないでけろ……」


「ふふっ。君も何か複雑な話があるみたいだね。でも悪いけど戦いのあとに聞かせてくれないかな」


「わ、わかっただ。おら、誠心誠意、働くだ。だからおらの村、どうか燃やさないでけろ……」


 シオンはうんうんと頷くと祭壇を見つめた。


 ラチネッタも釣られて祭壇に顔を近づけた。つんつんと三次元映像をつついているが指はすり抜けてしまう。


 ユウキの腕の中でゾンゲイルがみじろぎした。


「ユウキ、離して」


「あ、ごめん」


 ゾンゲイルを解放すると、彼女は祭壇に身を乗り出し、真剣な顔で三次元映像を眺めた。


 照り返されて青白く輝くゾンゲイルの横顔に、暗黒戦士が声をかける。


「許されよ、ゾンゲイル殿……」


「しらない」


「あとでいかなる償いもしよう。だが今は目先の戦いを片付けるべきとき」


「…………」


 ゾンゲイルは返事をしなかったが、少なくとも今は殺意を見せることはなかった。


 暗黒戦士はゾンゲイルの隣に立つと、腕を組んで祭壇を眺めた。


 それから皆がユウキを見た。


 シオン、ゾンゲイル、アトーレ、ラチネッタ、四人がユウキを見ていた。


 司会進行すべき雰囲気に押され、ユウキは口を開いた。


 まずは取り急ぎスキル『感謝』を発動する。


「まずは助っ人として駆けつけてくれたアトーレとラチネッタとに感謝する」


「いやあ、とんでもねえべ」


「暗黒戦士の義務ゆえ」


「とにかくありがとう。それじゃ、これから作戦会議を始めるぞ。と言っても時間はないから急いで進めよう。まずはシオン、ざっと状況を説明してくれ」


 シオンは祭壇の立体映像を指さしながら状況説明を始めた。


 さきほどの『感謝』でわずかにほっこりした部屋の空気が一瞬で冷え込んでいく。


 ユウキは思った。


 死ぬかも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る