第3話 ブリーフィング
状況は絶望的だった。
「見ての通り樹木の妖魔が塔に近づいているよ。到着はだいたい一時間後だね」
「我が一体を引き受けよう。ゾンゲイル殿とシオン殿で残り一体ずつ。これで勝てるのではないか?」
シオンは首を振った。
「今、塔に向かっている三体は、先日、君が戦ったものよりも遥かに強いんだ」
「な、なんだと?」
「迷いの森でアトーレ君が戦った樹木の妖魔は、本格的に目覚める前の状態だったんだ。一方、今、塔に迫ってきているのは、目覚めたのちに時間をかけて周囲の樹木を取り込み、万全の状態に自己強化した個体なんだ」
「まじかよ……」
「ふふっ。その一体一体が、先日、アトーレ君があたったものより十倍は強いと考えて間違いないだろうね」
ラチネッタが素早く計算した。
「今、暗黒戦士様十人分の強さの樹木の妖魔が、三体、塔に迫ってるってことだべか? となると対向するには暗黒戦士様、三十人分の戦力が必要ってことだべか?」
「そうなるね」
「……んだどもここに暗黒戦士様は一人しかいねえだべ。となると残りの人員で暗黒戦士様二十九人分の働きをしなければいけないということになるべ」
「そうなるね」
「シオンは暗黒戦士換算で何体分くらいの強さなんだ?」
「五体分の強さはあると考えてくれ」
「かなり強いじゃないか。見なおしたぞ」
「ふふっ」
「私も戦える」ゾンゲイルが主張した。
「大丈夫なのかよ」
「私は強い。体を取り替えればもっと固くて強い」
「うん。ゾンゲイルは暗黒戦士と同等程度の働きはするだろうね」
ラチネッタが素早く計算した。
「となると、お三方の戦力を合計すると暗黒戦士七人分の強さということになるべ!」
「そうなるね」
「だが今、塔に迫ってる樹木の妖魔の戦力は暗黒戦士三十人分だ」
「そうだね」
「三十対七で負けてるぞ」
「うん」シオンがうなずいた。
第六クリスタルチェンバーに沈黙が訪れた。
*
こんなことなら三国志を読んでおくのだった。
三国志を読んで戦について学んでおけば、いまごろ勝利のための素晴らしいアイデアをひらめくことができていただろうに。
しかしユウキは三国志は苦手だった。
人名が多すぎて覚えられない。
(くっ。このまま何の戦略も思いつくことができず無駄死するだけだってのかよ!)
一応、スキル『戦略』は持っているものの、まったく稼働する気配がない。
論理的に考えて、全員死亡ルートしか見えない。
樹木の妖魔は北、東、南の三方から塔に進撃してきて、塔にほぼ同時刻に到着すると思われる。
その一体にでも塔に接触されたらおしまいだ。こんなボロ塔は用意に砕かれる。
となるとこちらの戦力を北、東、南に分散して配置するしかない。
しかし樹木の妖魔一体は暗黒戦士十人分の強さである。
一対一ではとても勝てない。
暗黒戦士、ゾンゲイル、シオン、三人まとめてやっと合計戦力は七だ。
戦力比が十対七であれば、工夫次第ではギリギリ勝てる可能性もありそうに思える。
だがその戦力比を実現させるためには、樹木の妖魔一体に戦闘員三人を当てている間、他の二体を何らかの方法で足止めする必要がある。
つまり、なんとかして樹木の妖魔が塔に到着する時刻をずらす必要があるのである。
しかしそのための手段がどうしても思いつかない。
「…………」
ユウキが必死にアイデアを生み出そうとして悩んでいると、シオン、暗黒戦士、ゾンゲイルが口々に自爆技を披露し始めた。
「ふ、ふふっ。僕の全魔力を一度に爆発させれば一体は道連れにできるはずだよ」
「全魔力を爆発させたらシオンはどうなるんだ?」
「ふふっ。もちろん僕も爆散するよ」
「…………」ユウキは顔をしかめた。
「我がすべての暗黒を一点に集中し局所的な地獄を生み出せば、あるいは……」
「局所的な地獄を生み出せばアトーレはどうなるんだ?」
「己が生み出した地獄の穴にこの一帯ごと飲まれ、未来永劫に苦しみ続けるであろう」
「…………」ユウキは顔をしかめた。
「私は頑張る。だから勝てる」
「…………」ユウキは顔をしかめた。
「みんなこういってるべ! だから勝てるべ!」
「はあ……」ついため息が口をついて出る。
「そんな自爆技で勝ってもしょうがないだろ」
「ふふっ。死ぬことは別に怖くないさ……」
といいつつ祭壇に置かれたシオンの手はガタガタ震えている。
「無理するなよ。だいたいシオンが死ねば塔は運営できないから結局、世界は崩壊する。だから却下だ」
「我は地獄に落ちることなど微塵も恐れてはおらぬ。暗黒戦士の生活とは生ける地獄。本物の地獄に落ちるのもまた一興である」
「そんなことしたら、この一帯ごと地獄の穴に落ちるんだろ。塔も無事ではすまないんじゃないのか?」
「あっ……」
「私は頑張る。だから勝てる」
「…………」
議論は煮詰まった。
「ちょっと休もう。みんな、一度頭を空っぽにしてくれ」
ユウキはスマホのタイマーを五分にセットすると、クリスタルチェンバーを出た。
どうしてもブログを書けない時と同様、頭の中にモヤモヤした靄が詰まっているよう感じられる。
こんなときはどれだけ頑張っても無駄だ。
むしろ頭を空っぽにした方がいい。
階段に座り込んだユウキは、気分を切り替えるためのきっかけを探し、作業服のポケットからスマホを取り出した。
とはいえ音楽制作アプリは……こんなときに起動する気にはなれない。
ここはやはりゲームだな。
ユウキはやりなれたタワーディフェンスゲームを起動した。
最難易度の面を選びゲームスタート。
四方から敵が雪崩のように進撃してきて、画面中央の塔へと迫ってくる。
しかし防衛に割けるリソースは少ない。塔を守るためには敵の進路をコントロールしなければならない。
ユウキは塔の回りに障害物のブロックを適切に配置し、敵の進行ルートを蛇行させた。
敵を指先で捌きつつユウキは思った。
(まったく。今の状況はこのゲームそのままだな。とても普通では守れない量の敵が塔に迫ってくる)
(現実でも、こんな風にワンクリックで塔の回りに障害物を設置できたらいいのだが……)
現実ではそんな都合のいいことはできない。
闇の塔の回りにあるものといえば、塔の魔力を吸い上げる邪魔な雑草ぐらいだ。
あの雑草は今、塔の魔力を吸い上げて天高く伸び、樹木の妖魔を超える背丈の、濃い密林の如き藪を塔の回りに作っている。
あの雑草も早く刈り取らないと、塔は魔力を吸い尽くされて崩壊する。
雑草を刈取るためにミスリルの鎌を頑張って整備してきたのだから、有効活用したいものである。
しかしそのためにはまず樹木の妖魔を倒さなければ……。
だがどうやって……。
ユウキはスマホをポケットにしまうと目を閉じて深呼吸した。
脳裏に、樹木の妖魔、魔力を吸い取る雑草の藪、ミスリルの鎌、そしてタワーディフェンスのゲーム画面が次々と浮かんでは消えていった。
そしてあるとき、忽然とユウキは忽然と叫んだ。
「わかったぞ!」
*
第六クリスタルチェンバーに駆け込むと内部では喧々諤々の議論が続いていた。
一聴して全員全滅ルートへの強い方向性が感じられる案が飛び交っている。
ユウキはさきほど閃いたアイデアを皆に説明した。
「魔力を吸い取る雑草を利用するんだ」
「ふふっ。雑草……そんなものを何に使うっていうんだい? この期に及んで馬鹿なことを言うのはやめてくれないか」
「いいから聞けよ。樹木の妖魔は何かしらの魔力で動いてるんだよな」
「そう……古代の闇の魔力が原動力だよ」
「ということは、魔力を吸い取られるのを嫌がるんじゃないのか?」
シオンは目を丸くした。
「そう……確かにそうだね。でも、雑草に触れるのを嫌がるのは一瞬のことだよ。結局はそのまま藪に直進して塔に進撃してくるだろうね」
「だったらこれでどうだ? 雑草の藪の一部を鎌で刈取って道を作る。その道は最初、塔に真っ直ぐ続いているように見えて、途中でゆるやかに蛇行しているんだ。雑草に触れて魔力を吸い取られるのを嫌がった樹木の妖魔は、この道にそって歩くはずだ」
ここに至りシオンの目に理解の光が灯った。
「な、なるほど! わかったよ、雑草の中に道を作って樹木の妖魔の進行ルートをコントロールし、塔への到着時間をずらそうってことだね!」
「その通りだ」
しかしゾンゲイルが言った。
「雑草はとても固い。もう時間もない。道は一本が限界」
「となると残り一体が塔に直進してくることになるね。やっぱり僕の自爆技を……」
「おらが一体をおびき寄せるだ!」ラチネッタが言った。
「おらは足が早いだ! 樹木の妖魔の前を走って、注意を惹きつけて塔への到着を遅らせるだ!」
「おいおい、危険だぞ……」
「いざとなればこの指輪があるだ」
ラチネッタは『大盗賊ミカリオンの指輪』をユウキに見せた。
「よし。そういうことなら……」
「まかせるだ!」
ラチネッタはどんと拳で胸を叩いた。
「しかし……」
ユウキは新たな懸念材料に気づいた。
「ゾンゲイルに草刈りしてもらうとなると、塔に直進してくる樹木の妖魔には、シオンとアトーレの二人だけであたることになるな……」
戦力差がより大きく開いてしまう。
大丈夫なのだろうか……。
顎に手を当てて悩むユウキにゾンゲイルが言った。
「私、ボディを二つ、同時操作してみる」
「へ?」
「私、このボディで草刈りする。同時に、家事用ボディで戦う」
「そんなことできるのか?」ユウキはシオンを見た。
「もともとゾンゲイルはコアから発せられる魔力でボディを稼働させているからね。コアから塔、そして家事用ボディへと魔力を伝送させれば、もしかしたら……」
「私、できる。さっきから練習してる」
そのとき第六クリスタルチェンバーのドアがいきなり開き、ゾンゲイルの家事用ボディが室内に踏み込んできた。
久しぶりに見るゾンビガーゴイル体……硬い石材と生体部品の融合が生み出す、高防御力と機動性を感じさせる威容である。
まだコントロールがおぼつかないのか、一歩足を前に踏み出す度に床が大きく揺れ埃が舞う。
だがその重量感は、大いなる戦闘力を期待させて余りあった。
ユウキはうなずいた。
戦闘準備が始まった。
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