妻が急に優しくなった(3)
リビングへ行くと、明かりが灯っていた。
妻がリビングで何やらしている。
「まだ起きていたのか」
私は冷蔵庫を開けて水を取り出す。
冷蔵庫には先程の夕飯、二人分の料理が残っていた。
「夕飯の時はごめん」
私は妻の前に座って言った。
「いいよ、全然、気にしていないよ」
妻は返す。
妻は手元で毛糸を編んでいた。
「編み物なんてしたことあったっけ」
私は妻に言う。
「ないよ、でも、本買ってきたから、たぶん作れる」
まだ折れ目がついていない新品の本を両膝で挟んでいる。
「もう夜遅いから、早く寝なよ」
私は妻に言うと自室へ戻った。
ふと自室にタオルケットが畳んである。
妻が洗ってくれたのだろう。
私はタオルケットを持って、リビングに行き、妻に羽織らせる。
「ありがとう」
妻は微笑んで、頬でタオルケットの温もりを感じている。
「おやすみ」
私が言うと、妻も返した。
朝目覚めると、妻はリビングで毛糸を持ちながら寝ていた。
妻の寝顔に朝日の白い光が当たっている。
その瞳には一滴の小さな涙がきらりと光っている。
「あ、おはよう」
私に気がついた妻は目を擦り、背を伸ばした。
「ここで寝たら風邪ひくぞ」
「うん、ありがとう、心配してくれて」
妻はちょこんと頭を下げる。
「やはり、昨日から何だか変だぞ?」
「ありがとうと思ったからありがとうなんだよ?」
妻はゆっくりと立ち上がると、私に近づいて抱擁してきた。
私は両腕を妻の腰に回して抱き合う。
妻は浮気しているのだろうか。
それを聞く間もなく、出勤時間が迫る。
準備をして自室から出ると、リビングに朝食が並んでいた。
朝食を作ってくれるのも今までなかった。
私は、昨晩からの妻の行動の変化が続き、不思議と驚かなくなっていた。
元々、妻は朝が苦手なので、私が出勤する寸前で目を覚ますのが日常だった。
普段は、起きてきた寝ぼけ眼の妻に玄関で「おはよう」と言うだけだった。
「ありがとう」
私は疑念を上手く隠せぬまま朝食をいただき、「行ってきます」と声をかけて玄関を出た。
ふぁ!?
車庫に私の車しかない。
慌てて私は家に入る。
「私の車しかないぞ!」
私は動揺している。
妻は静かな足音で玄関まで来る。
「うん、知っているよ、昨日、売ってきちゃった」
ふぁ!?
開いた口が塞がらないとはこういうことなのだろう。
沈黙が続く。
「これにはね、理由があるの、あなたが帰ってきたら話すね」
妻が視線を下げて言う。
「あ、ああ…。わかった、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
私は通勤中の車内で何度も車を売却した理由を考えてみたが、検討もつかなかった。
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