第300話 家族

 正座した月島さんが、俺の方に向き直った。

 そして、さっきよりもさらにまっすぐ背筋を伸ばす。


 俺の前でかしこまった月島さん。

 いつも砕けた感じの月島さんのこんな姿は、初めて見た気がする。


 月島さんがかけてる眼鏡のレンズが、怪しく光っていた。



「ほう、小仙波にご用ですか。彼に対しても、単刀直入にお願いしますね」

 茶化すように花巻先輩が言う。


「そうだね。時間もないし、単刀直入に言うね。小仙波君、あなたに私と一緒に来てほしいの」

 月島さんが言った。


「私と一緒に来てほしい。そして、文香に一言、直接声をかけてあげてほしい。どうか、お願いします」

 月島さんはそう言って頭を下げた。

 正座をした姿勢から手をついて、畳におでこをすり付ける勢いで頭を下げる月島さん。


「あの、頭を上げてください」

 俺は慌てて月島さんの手を取った。

 だけど月島さんは頑として頭を上げようとはしない。


 俺がうんと言うまで、ずっと頭を畳にすり付けてるって意志を感じた。

 大人の女性にこんなに謝られたことないから、正直、どうしたらいいのか分からない。


「お願いします」

 月島さんが繰り返した。



「第一世代のAI戦車との決戦の前に、文香君が怖じ気付いてしまった、ということなのですね。人間らしく育った文香君が、人間になりすぎて、大事な決戦を前に兵器としての自分を忘れてしまった」

 横で見ている花巻先輩が、俺の代わりに言った。


「しかし、そちらの失敗のツケを、小仙波に背負わせるのは調子が良すぎやしませんか? あなたが小仙波を連れて行こうとしているのは戦場です。彼は文化祭実行委員なのです。それを束ねる私、この花巻そよぎとしては、彼を危険な場所に送り込むことには同意しかねます。ここはいくさからはもっとも遠い場所、365日毎日が祭なのです」

 先輩が俺と月島さんの間に入って、俺を隠すようにする。


「小仙波君が危険な目に遭うことは絶対にありません。それは私が約束します。私達が身を以て守ります。彼が戦闘地域に入ることすらありません。擦り傷一つ負うことなく、ここに戻ってこられることを保証します」

 ようやく顔を上げた月島さんが言った。


 月島さんと花巻先輩が面と向かう。

 瞬き一つしない二人の視線から、火花が散りそうだった。


「冬麻、行くことはないよ」

 そう言ったのは今日子だ。

 今日子も、月島さんから俺を隠すように花巻先輩の横に出た。


 俺は、小さい頃からいつも、こんなふうに今日子の背中に隠れていた気がする。


「そうです! 小仙波先輩は行くことありません」

 南牟礼さんが続いた。


「小仙波を連れてくなら俺を倒してからにしてください…………とか、そんな臭い台詞を言うつもりはないですけど、連れて行かせませんよ」

 そんなふうに言ったのは六角屋だ。


「小仙波君が危険にな目に遭うことはないって、実際、遭ってるじゃないですか。この前の停電、文化祭準備期間中の、あの我が校を狙ったテロ行為は、その第一世代のAI戦車とその一味の仕業なんですよね」

 伊織さんが月島さんを問いただした。


 みんなが俺のために色々言ってくれてるのが嬉しい。


 元々、今日子に誘われて無理矢理入らされたこの文化祭実行委員会だけど、それが今は、友情を通り越して、家族同然の関係になっていた。


 それをあらためて実感する。



「みんな、ありがとう。でも俺、ちょっと行ってくる」

 俺は言った。


「やっぱり文香は、俺が近くにいないと、人見知りで怖がりの文香に戻っちゃうみたいだし、近くにいてやりたいんだ」

 俺は続ける。


「それに、文香には来年の文化祭も一緒に楽しもうって約束したんだ。文化祭実行委員として、文香には無事に戻ってもらわないといけない」

 俺が言うと、「馬鹿! なにカッコつけてるのよ!」って、今日子が睨んだ。



「小仙波よ、君の意思は固いようだな」

 先輩が俺に訊いた。


「はい」

 俺は先輩の目を正面から見て答える。

 先輩の目を正面から見て答えたつもりだけど、先輩のその大きな胸にちょとだけ気を取られてたのは内緒だ(男子だったら誰でもそうなっちゃうと思う)。


「ふむ。ではみんな、小仙波を気持ち良く送りだそうではないか」

 先輩が言った。


「小仙波よ、文香君に役目を果たさせて、そして無事連れ帰って来てくれたまえ。頼んだぞ」

 先輩が俺の肩に手を置く。


「はい、連れ帰ってきます」

 俺は言った。

 そんな俺の言葉を待っていたかのように、空から轟音が響いてくる。


 たぶんそれは、篠岡花園さんが操縦するF-3戦闘機の音だと思う。

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