第301話 離陸

 折り紙みたいにカクカクした面で構成された戦闘機が、轟音と共にうちの学校のグラウンドに舞い降りた。

 副座型のそれが二機並ぶ。


 垂直離着陸機のエンジンの風圧で、校庭の紅葉しかけたイチョウの葉が舞い散った。

 すっかり暮れたグラウンドで、戦闘機の周囲にだけ投光器の光が当てられる。


 いつのまにか、学校は自衛隊の車両で囲まれていた。

 自衛隊員によって周辺の道路が封鎖されている。


 うちの学校のグラウンドって、ドクターヘリ並の頻度ひんどで戦闘機が降りてくるんじゃないかって思う。



「はーい、みんな久しぶり」

 戦闘機のキャノピーを開けて姿を現したのは、篠岡花園さんだった。

 深緑の航空服にヘルメット姿の篠岡さん。

 言わずと知れた、自衛隊の女性パイロットだ。


 コックピットから降りてきた篠岡さんを俺達が囲んだ。


「当然、この戦闘機で行くんですよね?」

 俺は月島さんに訊いた。


「ええ。これが一番、速いからね」

 月島さんが答える。


「このまま、すぐにですか?」


「うん。ご両親には許可をとってあります」

 さすが月島さん、手際がいい。


 この戦闘機には前にも乗ったことがあるし、文香の一大事に急ぐのも分かるけど、できることなら、立つ前に妹の百萌にも会っておきたかった(会って五分くらい濃厚にほっぺたすりすりしておきたかったところだ)。


「それじゃあ、これに着替えてね」

 篠岡さんから俺用の航空服とヘルメットが渡される。

 月島さんも同じものを受け取ってるから、もう一機の方には月島さんが乗るんだと思う。


 俺達は部室で着替えた。

 長旅になるだろうから、トイレにも行っておく。



 着替え終わって部室を出ようとすると、

「あんた、絶対に無事に帰ってきなさいよ。これは命令だから」

 玄関のところで今日子が言った。


 今日子、腕組みして偉そうに言ってるのに、目の端に涙を溜めている。

 今にも涙がポロリとこぼれ落ちそうだった。


 まったく、今生こんじょうの別れになるわけじゃないんだから。



「小仙波…………」

 六角屋がそう言っていきなり俺にハグしてきた。

 普段ならむさ苦しい男からのハグなんて振り払うところだけど、今は悪い感じはしない。

 俺は、言葉の代わりにぽんぽんって六角屋の背中を叩いた。



「先輩、早く帰って来るのですよ。文香ちゃんを連れ戻して無事に帰ってきたら、私、先輩の言うことなんでも聞いてあげますから」

 南牟礼さんが言った。


 ん?

 今なんでもって…………


 今の一言で、俄然、テンションが上がった。

 この「なんでも聞いてあげる」を使いこなすとか、南牟礼さんも小悪魔的魅力を獲得し始めている(たぶん、周囲の悪い女子の先輩の影響を受けてるんだと思う)。


 っていうか、俺、ここの女子達に幾つか「なんでも聞いてあげる」の権利をもらったまま、それを行使してない気がする。



「小仙波君。もし、行くのをやめたら、私、小仙波君の彼女になるって言ったら、行くのやめてくれる? 行くのをやめて、私を彼女にしてくれる?」

 伊織さんが言った。


 伊織さんどうしたんだろう。

 伊織さんともあろう人が、こんな冗談を言うなんて。


 俺が答えられないでいたら、

「う、嘘嘘、冗談。変なこと言って、ゴメンね」

 伊織さんがそう言って舌を出した。


 まあ、そうだよな。

 伊織さんが彼女にしてくれ、とか、言うわけないし。

 そんなこと、ありえるわけないし。



「小仙波よ、これを持って行くがよい」

 最後に、花巻先輩が俺に一抱えある風呂敷包みを差し出した。


「急なことで大したものは用意できなかったが、おむすびとちょっとしたおかずだ。腹が減ったら食べるがよい」

 花巻先輩は、僅かな時間でお弁当を用意してくれていた。


 先輩から受け取った包みは、ずっしり重くてほんのりと温かい。


「私はいつでもここで温かい食事を用意して待っている。無事に帰ってきたまえ」

 先輩が言った。



「それじゃあ、行ってきます」

 俺は先輩からもらった風呂敷包みを抱えて、F-3戦闘機の後席に乗り込む。

 すぐにキャノピーが閉まって、ジェットエンジンがうなりを上げた。


 みんながグラウンドの端まで待避する。


 月島さんが乗る機体が先に浮かんで、少し遅れてこっちの機体もふわりと空に上がった。


 グラウンドの端で手を振るみんなが、徐々に小さくなっていく。

 みんなは、豆粒くらいの大きさになってもまだ手を振ってくれていた。


 F-3戦闘機が、後ろの排気ノズルを横に向けて水平飛行に入る。

 篠岡さんは、最後に我が校の上を一周回ってくれた。


 校舎と、投光器で明るくなっているグラウンドが、微かに見える。


「さあ、それじゃあ、ちょっと飛ばすよ」

 篠岡さんが言って、俺の首がガクンと後ろに持って行かれた。


 俺達の学校は、あっというまに闇に溶けて見えなくなる。



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