第281話 祝砲
グラウンドに銃声が
銃弾にのけぞった俺は、床の上に仰向けで崩れ落ちる。
胸から鮮血が吹き出して衣装が真っ赤に染まった。
「きゃああああああああ!」
文香の悲鳴が高い空に響く。
この演劇のクライマックスシーンだ。
野獣の城に
その両親が街の有力者に相談すると、有力者はハンターを雇う。
ハンターに野獣の駆除を命じた。
異変を感じたベルが駆け付けるけれども、時すでに遅く、俺はハンターに撃たれた後だった。
文香が倒れた俺に駆け寄る。
ハンター役のクラスメートが持っているライフルの模型より、明らかに強そうな120㎜滑腔砲を備えた文香。
その文香が俺の鼻先寸前で停まった。
心配そうに俺の顔を覗き込む文香。
息も絶え絶えな俺。
「あなたのことを愛しています」
今にも事切れそうな俺に、文香がそう言って口づけをする。
車体前部のサスペンションを縮めて、後部を思いっきり上げ、正面装甲を俺の顔に近付けてきた。
俺の唇に文香の装甲が触れる。
夏の直射日光を浴びて熱々の装甲で、唇が火傷しそうになった。
だけど、体重40トンの文香がのしかかってきても、俺は全然恐くなかった。
文香が俺を潰したりしないのは分かっている。
俺を踏み潰しそうになったら、文香は空を飛んででもそれを避けようとするだろう。
文香に対する絶対的な信頼があった。
っていうか、演技とはいえ、文香とキスをしてしまった。
ベルに愛の告白をされた野獣は、魔法が解ける。
それは、人嫌いで城に籠もっては領民も
文香のキスを合図に、ステージ上にスモークが
一面真っ白になってなにも見えなくなる。
俺は
顔についていた毛むくじゃらのマスクを外して、クレンジングクリームで目の周りのメイクをぬぐい、タオルで拭く。
そして、血糊で濡れたシャツを着替えた。
それを、早変わりのように素早く済ませた。
スモークが晴れると、そこには素顔の俺がいる。
野獣が元の美しい王子の姿になったっていう描写だった。
野獣のメイクをとったのに中も野獣だったとか、全然王子っぽくないじゃんとか言われないかって不安になりながら、俺は顔を上げる。
観客の反応が恐かった。
でも顔を上げたそこには、
文香と俺の演技に少なからず感動してくれたお客さんが、拍手や歓声で最大の賛辞を示してくれた。
ステージから見ると、観客席が大きく波打っている。
そんなお客さんの波がどこまでも続いてるように見えた。
よかった。
どうにか俺の素顔でこの劇を壊さずに済んだ。
どうにか一番難しい場面を演じ終えた。
俺はもう、緊張とかそんなの忘れて堂々と観客の前に立っている。
少しだけど、人前で演技するの気持ちいいとか思ってしまった(ホントに少しだけ)。
その後王子は良き王となって、ベルを妃に迎え、二人で城と領地を再興して豊かに暮らす。
最後に、俺と文香が立派になった薔薇園の中で寄り添うシーンですべてが終わった。
すべてのシーンが終わって、出演者が全員ステージに出てきて大団円。
みんなで観客に向かってお辞儀をした。
俺達に向けられた拍手はいつまでも止まない。
委員長や裏方のクラスメートもステージに出て来て、みんなで演劇の成功を喜び合った。
どこから流れてくるのか、空には紙吹雪も舞っている。
もしかしたら、花巻先輩が手配してくれたのかもしれない。
そんな中、突然、グラウンドに轟音が響いた。
耳をつんざくような轟音で目の前が真っ白になる。
文香が120㎜滑腔砲から空砲を一発放っていた。
興奮した文香が、自分で祝砲を放ったらしい。
突然の轟音に一瞬驚いたお客さん達も、祝砲のサプライズを喜んでくれた。
声援がさらに大きくなる。
月島さんは
こんなふうになんとか舞台を終えた。
文香は立派に雨宮さんの代理を務めたし、俺も黒歴史を作らずに済んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます