第260話 種明かし

「お久しぶりです!」

 黒塗りのワゴン車から降りてきた杏奈ちゃんが、俺に笑顔をくれた。

 それだけで周囲が明るくなった感じ。

 早朝なのに、もう、かんかん照りの真っ昼間みたいになった。

 笑って真っ白に輝く歯が見えたら、もう、直視できないくらいだ。


 白いブラウスに、紺のフレアスカートの杏奈ちゃん。

 そんなさり気ない格好なのに、キラキラ輝いて見える。


 お久しぶりですって言いながら、杏奈ちゃんは握手のための手を差し出してきた。

 このまま握手していいんだろうか。

 俺なんかが杏奈ちゃんに触れていいのか。

 そんなふうに気圧されてると、杏奈ちゃんの方から俺の手を取って強引に握手した。


 ちょっとだけ冷たい杏奈ちゃんの手。


 だけど、スターである杏奈ちゃんの手は、ちゃんと人間の手だった。

 今日子とか、伊織さんとか、花巻先輩とか南牟礼さんの手を握ったときと変わらない。

 天使みたいな杏奈ちゃんも、人間と同じ手をしていた。


 まあ、当たり前の話なんだけど。


「文香ちゃんも、久しぶり」

 杏奈ちゃんが文香の装甲をさする。


「お久しぶりです!」

 文香の声がちょっと上ずっていた。

 AIもちゃんと緊張するらしい。


「それで、文香ちゃんは小仙波君のこと、もう落としたの?」

 杏奈ちゃん変なことを訊く。


「お、お、お、落とすとか、冬麻君とは、そんなんじゃないし!」

 文香が慌てた。


 その様子を見た杏奈ちゃんが笑っている。

 天使な上に、小悪魔な杏奈ちゃん。

 こういう所が、彼女を全国的なスターにしてる一因なのかもしれない。


 っていうか文香、どうでもいいけど道路上で超信地旋回するのはやめよう。

 このままだとアスファルトが剥げるし。



「ところで、自分で言うのもなんだけれど、こんなふうに静かに迎えられるのが不思議な感じ」

 杏奈ちゃんが周囲を見渡しながら言った。

 さっきまで渋滞してた道路はホントにがらんとしていて、時々、忘れたように配達の軽トラックが通るくらいだった。

 ここは、普通の休日の朝に戻っている。


「よっぽど運営の皆さんが頑張って、規制してくれたのかな?」

 杏奈ちゃんが言った。

 普段なら、ファンの混雑の中を掻き分けるようにして移動してるんだろうから、そんなふうに疑問を持つのも当たり前かもしれない。


「いえ、そういうわけでもないんですけど、俺にもさっぱり……」

 渋滞のことを花巻先輩に報告したら、向こうで先輩が動いてくれて、あっという間に人や車が引いていった。

 ホントに魔法みたいに人が消えたけど、先輩がどんな手を使ったのかは俺にも分からないのだ。


「とりあえず、学校の方に移動しましょう。俺達先導するんで」


「うん、お願いします。文香ちゃん、よろしくね」


「は、はい! 全力で守ります! ミサイルやロケット弾の攻撃も、五発までなら同時に打ち落とせますから、安心してください!」

 文香が言う。

 文香が緊張してわけの分からないことを言うから、杏奈ちゃんが不思議そうな顔をした。

 でも、文香は冗談みたいに言ってるわけじゃなくて、ちゃんと120㎜砲に砲弾を装填していた。

 衛星とリンクして周囲を監視してるし、マジで杏奈ちゃんを全力で守っている。



 学校の近くまで来る頃には、もう、道々お客さん達が列をなしていた。

 みんな、二日目の文化祭に来るために学校を目指している。


 そのまま先導して学校の近くまで辿り着くと、そこで杏奈ちゃんをワゴン車から文香に乗せ替えた。

 杏奈ちゃんを文香に乗せたまま、何食わぬ顔で校門を通り過ぎて、無事、部室まで杏奈ちゃんを連れてくることができた。



「先輩、どういう魔法を使ったんですか?」

 俺は第一声で花巻先輩に訊いた。


 すると先輩は、「ふはははは」と笑い飛ばす。


「簡単な話だ。今日子君に佐橋さんのふりをさせて、校内を歩かせたのだ」


「なるほど!」

 思わず大声を出してしまった。


 杏奈ちゃんにそっくりな今日子が、杏奈ちゃんのふりして校内を歩いてれば、もう、杏奈ちゃんはとっくに学校に着いているって思われたんだろう。

 あのとき道路を埋め尽くしてたファンの人達にも、あっというまにその情報が伝わって、慌てて学校に向かったってことらしい。

 それで、人っ子一人いなくなったのだ。


 さすがは花巻先輩。

 咄嗟とっさにそんなことを思い付くとは…………


「今日子君は、フリッフリのアイドル衣装を着せられて、ぶつぶつと文句を言っていたがな!」

 先輩がそう言って豪快に笑う。

 派手な衣装を着せられて眉を寄せてる今日子の顔が目に浮かぶようだった。

 「こんなの無理!」とか怒鳴ってたに違いない。

 後で、俺にそのとばっちりがこないといいんだけど。


「さあ、それでは、とびきりのライブ、お願いしますよ」

 先輩が言う。


「はい! 全力で盛り上げます!」

 杏奈ちゃんが、とびきりの笑顔を見せた。

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