第257話 鍋

「ご来場、ありがとうございました。明日もまた、よろしくお願いします」

 校門の前で、文化祭実行委員が一列に並んで頭を下げた。

 最後まで校内に残っていたお客さんを送り出して、門扉を閉める。

 校門の辺りにいた人達が、俺達に盛大な拍手をくれた。


 こうして文化祭一日目が終わる。


 長かったようでもあり、あっという間だった気もした。


 とにかく、事故もなく、みんなに楽しんでもらえたみたいで、ホッとしている。

 もちろん、明日に向けてまだ気は抜けないけれど、一日分は肩の荷が下りた。



 辺りは暮れかけていて、屋台や校舎の窓からの明かりが目立つようになっている。

 二日目の準備のために、今夜も徹夜で作業するクラスや団体が多いみたいだ。

 徹夜続きでもうみんなハイになってるのか、笑い声ばかりが校舎に響いた。


「さあ、それでは夕飯としよう。たっぷり食べて、明日もたっぷり働くぞ!」

 花巻先輩が俺達に発破をかける。


「はい!」

 ってみんなで返事をした。

 先輩の料理を食べれば、幾らでも頑張れる気がする。


「叶さん、あなたも食べていってください」

 先輩は塩むすびの屋台を手伝ってくれていた叶さんにも声をかけた。


「いいんですか? それでは、お言葉に甘えて」

 叶さんが例の完璧な笑顔を見せる。


 やっぱり、王道少年マンガみたいに、叶さん、すっかり俺達の味方になっていた。



 叶さんに、コンピューター研の坂村さんと、パイロットの篠岡さんが食卓に加わる。

 ちゃぶ台だけでは足りなくなって、奥から座卓を出してきて据えた。


 この部室、どんどん女子が増えていく。

 それも、すごく魅力的な女子ばかりが増えていく。


 それは大歓迎だ。



 今日の夕飯は、塩ちゃんこ鍋だった。

「この夏の暑い時期に、汗をかきながら鍋をつついてスタミナをつけるのがいきというものだ」

 先輩が言う。


 文化祭実行委員にゲストの美女を加えて突く鍋が格別だった。

 コリコリの軟骨が入った鶏つくねに、鶏もも肉、豚肉バラ肉と、肉が惜しみなく入れられていて、ニラやニンニクもたっぷりと入っている。

 いかにもスタミナがつきそうなちゃんこ鍋だった。


 それを大勢で突くのが、また楽しい。

 お高く止まってる感じの叶さんが、気配りがあってみんなに鍋を取り分けたり、先輩や月島さん達にお酌したりしてるのが意外だった。


 俺達が鍋を突くのを見ながら、庭では文香も給油をしている。



「明日はいよいよ、佐橋杏奈ちゃんのライブですね」

 この文化祭における一大イベントだ。

 お客さんも今日以上に来るだろうし、この街の住人だけじゃなくて、全国から集まって来る。

 テレビの取材とかも入るらしい。


「事故だけは起こさないように、細心の注意を払おう」

 先輩が言って、みんなが頷く。


「っていうか、あんた。あんた杏奈ちゃんのライブどころじゃないでしょ? 忘れてないでしょうね」

 今日子が言った。


「えっ?」


「うちのクラスの演劇があるでしょうが。あんた主役でしょ?」

 今日子がジト目で俺を見る。


 嗚呼。

 そうだった。


 いや、忘れてたわけじゃないけど、考えるのが怖くて心の隅に追いやっていた。

 確かに、俺は明日、舞台に立たなければならない。

 ただでさえ大舞台なのに、佐橋杏奈ちゃんのおかげで全国から人が集まる前で演技をしないといけないのだ。


「楽しみだな」

 花巻先輩がそう言ってニヤニヤした。

 先輩、完全に面白がっている。


「それなら、私も見て行こうかな」

 篠岡さんが言った(篠岡さん、昼間から飲んでいて顔が真っ赤っかだ)。


「みんなで最前列の席に陣取って砂かぶりで見ちゃおう」

 月島さんが余計なことを言う。


 まったく、みんな人事だと思って……


「それに小仙波、もう一つ忘れてないよな」

 六角屋が言った。


「なにを?」


「後夜祭の司会を、文香ちゃんとやるんだろうが」


 ああ、そうだった。

 演劇の後、更なる大役が待っている。


「私、頑張るよ!」

 中庭から文香の弾んだ声が聞こえた。


 一日目も色々あったけど、二日目のウエイトがハンパない。



「さて、それではみんな順番に風呂に入ってくれ、明日に備えて早めに床につくとしよう。手の空いた者は片づけを手伝ってくれ。それから、風呂の順番を待つあいだ、校内の見回りも頼む」

 先輩が言う。


「ここって、お風呂もあるんですね」

 叶さんが言った。


「うむ、私がここで暮らしているからな」

 花巻先輩がガハハと笑う。


「それじゃあ、私も泊まっていこうかな。もう遅いし、みんなとまだ一緒にいたいし。お話したいし」

 叶さんが言うと、

「是非、そうしてください!」

 六角屋が叶さんにがぶり寄った。


 まったく、分かりやすい奴だ。


「私達、ここで男女関係なく雑魚寝してますけど、いいですか?」

 南牟礼さんが訊いた。


「はい。なんか、修学旅行みたいで、楽しそうですね」

 叶さん、やっぱりお高く止まってなくて、案外砕けた人らしい。


「だったら私もここに泊まろう」

 坂村さんが言った。


「わらしも!」

 酔っていて呂律ろれつが回ってない篠岡さんも言う。


 三人増えたってことは、その分、雑魚寝るスペースが減ってるわけで、必然的に、密着度が高くなってしまうわけで…………


 とにかく、雑魚寝サイコー!



 って、まあ、当然、このあと俺は縁側に追い出されて、そこで寝ることになるんですけど。

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