第255話 勝者

 全ての審査が終わって、講堂では観客によるミスコンテスト投票の開票作業が行われていた。

 運営の生徒数人が、ステージに置いた長机の上に投票箱の中身をぶちまけて仕分けをしている。


 花巻先輩と叶さん、どちらがミスにふさわしいか、観客は一人一票投票することが出来て、一票でも多い方が観客の総意の候補ってことになる。

 それと十人の審査員が各々選んだ候補の計十一票でグランプリが決まる。

 十一票だから同点でどっちもグランプリっていう中途半端な結果にはならない。

 どちらかが絶対に勝って、どちらかが絶対に負けるのだ。



 審査を待つあいだ、花巻先輩の様子はいつもと変わらなかった。

 飄々ひょうひょうとしていて緊張なんか微塵みじんも感じられない。

 さっきステージで「塩むすび」の屋台をやるって約束したから、さっそくその準備でお米やさんに連絡をしたり、炊飯器の確保に動いたりしている(大量の米を炊くために、自衛隊の牽引式野外調理器材、野外炊具1号を貸してもらえることになったみたいだ)。


 結果がどうなったか知りたくてそわそわしてるのは、俺達周りの方なのかもしれない。



 やがて開票作業が終わって、すぐにステージが整えられた。

 ステージ中央にグランプリが被る王冠が用意される。


「みなさま、大変お待たせ致しました。只今より、今年度ミスコンテスト、グランプリの発表です」

 司会の先輩が、今日一の声を張り上げた。


 花巻先輩と叶さんがステージに並ぶ。

 照明が落とされて二人にスポットライトが当てられた。


 ロイヤルブールの肩出しドレスの叶さんと、セーラー服姿の花巻先輩。

 スポットライトの中で、叶さんは相変わらず見本のようなスマイルをたたえていた。

 一方の花巻先輩は胸を張って堂々としている。


「会場投票の結果と審査員の皆様の投票の結果、今回は六対五の一票差という、大接戦で決着しました」

 司会の先輩が言って、観客席から「おおおお」と、驚きと期待が入り交じった歓声が上がった。


 勝敗は紙一重だったってことか。



「さあ、それでは発表しましょう。今年度のミスグランプリは…………」

 ここでドラムロールが始まる。

 吹奏楽部のパーカッション担当の生徒が生ドラムで奏でた。


「今年度のミスグランプリは、叶美帆さんです!」

 司会の先輩が声を張り上げる。


 その言葉が終わらないうちに、叶さんが「きゃっ!」って悲鳴みたいな声を出した。

 そして、ホントに? って感じでキョロキョロ周囲を見回す。

 目の端から、ジワッと涙が滲む叶さん。


 観客席はそんな叶さんに盛大な拍手を送る。


「ありがとう、本当にありがとうございます!」

 叶さんはその拍手に答えて満面の笑顔を見せた。

 ここもやっぱり、見本みたいな完璧な笑顔だ。


 叶さんには、ふわふわのファーで縁取られたキラッキラの王冠が載せられた。

 それはロイヤルブールのドレスに合っていて、あらかじめしつらえたみたいだった。


 花巻先輩には、それより一回り小さい王冠が送られる。

 先輩は先輩で、堂々とした態度と王冠が妙にマッチしていた。


 こうしてミスコンテストは、大盛況のまま終わる。




「先輩、お疲れ様です」

 舞台袖に帰って来た花巻先輩に、文化祭実行委員みんなで頭を下げた。


「うむ、天下を取る夢は叶わなかった」

 先輩がそう言って苦笑いする。

 このコンテスト、いつから天下取りになったんだろう。


「飛び込みでこれだけの接戦だったんですから、実質勝ったようなものです」

 南牟礼さんが言った。


「そうですよ。ちゃんと準備期間があったら先輩勝ってました」

 今日子が言う。


「先輩の魅力が分からない奴がいることに驚きです」

 六角屋が言った。


「ぜんばぎ、ごべびばぐぼがげじで、ぼぶじばげばびばべん」

 伊織さんが言う(たぶん伊織さんは、「先輩、ご迷惑お掛けしてもうしわけありません」って言ったんだと思う)。


「どこからどう見ても、同分析しても、先輩の方が勝ってるのに」

 ララフィールの縫いぐるみから文香の声が聞こえた。



「うむ。みんなありがとう。この結果は、私にもっと女を磨けというエールだと受け取っておこう。そして、私はもっといい女になるのだ」

 花巻先輩が言う。


 先輩が意識してもっといい女になっちゃったら、一体どうなるんだ。


 そこですぐ隣りにいる今日子に肩を押された。

 今日子は暗に「あんたもなんか言いなさいよ」って言っている。


 先輩になんて声をかけたらいいのか、頭をフル回転させた俺は、


「あの、俺は断然、花巻先輩です。叶さんより先輩の方が、100倍も千倍も、500兆倍も素敵です。誰よりも輝いてます」

 思い付いた言葉をそのまま連ねた。


「小仙波よ、ストレート過ぎて、柄にもなく照れてしまうではないか」

 先輩がそう言って、実際、頬をポッと赤らめる。

 いつもふんぞり返ってるような花巻先輩が、顎を引いて上目遣いにしてるの見たら、カワイイとか思ってしまった。


「す、すみません!」

 そんな先輩を見てたらこっちも照れて、視線を外してしまう。

 今日子が、「あんた馬鹿?」みたいにもう一度俺の肩を押した。


 やっぱり俺は、こういうとき女子にかける言葉のセンスが絶望的に欠落している。



「さて、それでは準ミスグランプリ獲得を祝って、酒盛りと参りましょう。さあ、山崎先生、篠岡さん、参りましょうぞ!」

 先輩はそう言って、月島さんと篠岡さんと肩を組んで「部室」に戻って行った。


 一応、ここは高校の文化祭会場なんだけど。


 でもまあ、今日はちょっとくらい三人で深酒しても許してあげようと思う。

 お酌もしてあげようと思う。


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