第237話 狙い撃ち

「一回で五発撃てます。がんばってくださいね」

 ハンドボール部の女子がそう言って、俺に銃とコルクの弾を渡した。


 射的の屋台には俺の他に五人がついて、三メートル離れたまとに銃を向けている。

 順番待ちの行列ができて結構繁盛していた。


 的には、ぬいぐるみとかお菓子とか、MP3プレーヤーとかモバイルバッテリーとか色々ある。

 それが棚の上に並んでいた。

 目玉景品として、某林檎っぽいシムフリースマートフォンとか、任○堂ス○ッチなんていうのも置いてある。


 だけどもちろん、俺が狙うのは他でもない「ララフィール」の縫いぐるみだ。


 「ララフィール」は文香が「クラリス・ワールドオンライン」の中で使っているアバター。

 そのゲームは、俺と文香が出会った切っ掛けでもある。

 子供みたいにその縫いぐるみを欲しがる文香のためにも、なんとしても取ってあげたかった。


 こここそ俺の見せ場な気がした。


 まあ、俺達は今あくまでも文化祭の見回りをしてるのであって、別にデートとかしてるわけじゃないんだけど。



 俺は射的の銃を手に取った。

 鉄の銃身に木のストックで、手にずっしりとけっこう重たい。


 銃の先に、一発目のコルクの弾をねじ込んだ。


「冬麻君、頑張って!」

 後ろから文香が声援をくれる。


 狙う「ララフィール」の縫いぐるみは、三段ある棚の二段目、ほぼ真ん中にあった。

 俺はその頭に向けて手を目一杯伸ばす。


 慎重に狙いを定めて、一発目を放った。


 ぱんっ、っと、乾いた音を出してコルクの弾が飛び出す。


 だけど、弾は縫いぐるみにかすりももせずに下の棚に飛んでいった。

 下の棚にあったモバイルバッテリーの箱の上部に当たってそれを倒す。


 この銃、弾道がかなり落ちるらしい。


「当たり! おめでとうございます!」

 ハンドボール部員の女子が言って拍手してくれた。

 落ちたモバイルバッテリーの箱を持ってきてくれる。

 急速充電にも対応した結構いいやつだ。


 幸運にも景品はとれたけど、残念ながら、これは狙ったものじゃない。


 俺は二発目のコルクを銃口に詰めた。


 弾道が落ちることを考えて、今度は少し上を狙う。


 ぱんっ、と放った弾丸は、しかし今度は上がりすぎて三段目の棚へ向かった。

 そこにあった一枚のカードに当たってそれを落とす。


「すごい! また当たりです! おめでとうございます!」

 ハンドボール部員の女子が二度目の拍手をした。


 俺は詳しくないからよく分からないけど、落としたのは某遊○王カードだったらしい。

 売れば数万円になるカードみたいだ。


 見ていた周りの人達から歓声が上がる。

 でも、残念ながら俺が欲しい縫いぐるみではない。



 三発目。

 今度は慎重に、さっきよりも若干、下を狙った。

 ぐっと力を込めて引き金を引く。


 放った弾丸は、今度は確かにララフィールの縫いぐるみを捉えた。

 確実に当たった。


 だけど、二頭身の縫いぐるみは相当座りが良いみたいで、コルクの弾を跳ね返してびくともしない。


「冬麻君惜しい!」

 後ろで文香が言った。


 縫いぐるみに当たった弾丸はそこで角度を変えて、棚の天板に当たったと思ったら、そこでまた角度を変えて四つ隣りにあったMP3プレーヤーの箱に当たる。

 箱は、倒れようか倒れまいか少し迷ってたけど、やがて諦めたようにしたに落ちた。


「あ、当たり……です」

 ハンドボール部の女子部員もさすがにびっくりしていた。

 ここまで百発百中。

 すべての弾で景品を取っている。

 まあ、肝心なララフィールの縫いぐるみはとれてないんだけど。



 四発目。

 俺はさっきので学んだ。

 真ん中を捉えても倒れそうにないから、左右、どっちかを狙ってバランスを崩す作戦に切り替えたほうがいいかもしれない。

 俺はそう考えて銃口を縫いぐるみの左側に少しずらした。


 するとどうだろう。


 俺が放った弾丸は、ララフィールの縫いぐるみに当たって角度を変え、二つ隣りに飾ってあった某林檎っぽいシムフリースマートフォンの白い箱に当たった。

 その箱の角を確実に捉えた。

 バランスを崩したのは縫いぐるみじゃなくて、スマートフォンが入った箱だった。

 相当、当たり所がよかったらしく、箱はひねるように回転しながら下に落ちる。


「…………お、おめでとうございます…………」

 ハンドボール部員の女子が引きつった顔で言った。


 某林檎っぽいシムフリースマートフォンは本物の未使用で、この射的の目玉景品だった(一世代前のヤツではあるけど)。


 見守ってた周囲の人達から、「すげえ」とか、「マジか」とか声が飛ぶ。

 俺の横で銃を構えてる小学生くらいの子なんか、俺のこと尊敬の眼差しで見ていた。


 だけど、どんなに高価なものでも、それは俺が狙ったものじゃない。

 俺は文香に、ララフィールの縫いぐるみをプレゼントしたいのだ。

 ただ、それだけなのだ。


 五発目。

 最後の一発。


 俺の後ろには順番待ちの列ができてるし、この射的の屋台は繁盛してるし、続けて二回目に挑むことはできない。

 もう、この最後の一発にかけるしかない。


 俺は慎重に慎重を重ねて狙いを定めた。

 狙いはさっきの通りでいいはずだ。

 後は運を天に任せるだけだ。


 俺は息を止めて、慎重に弾を放つ。

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