第236話 出番

 グラウンドで文香は子供達に囲まれていた。


 車体や砲塔の上に乗ったり、砲身にぶら下がったり、子供達の遊具と化している。

 文香は子供達の相手をして、砲塔を回したり、砲身を上下させたりしてあげていた。

 ここだけ、デパートとかショッピングモールのキッズルームって感じだ。


 月島さんが見たら顔をひきつらせそうな状況ではあるけれども。



「文香先輩、交代です」

 子供と戯れる文香に南牟礼さんが投げかけた。


「ここは私が代わりますから、小仙波先輩と見回りに出てください」

 南牟礼さんが文香を見上げて言う。


「うん、分かった」

 文香が砲塔を傾けて頷いた。


「みんなゴメンね。また後でね」

 文香が子供達に呼びかける。


「さあみんな、今度はお姉ちゃんと遊ぼう」

 南牟礼さんが手招きした。


「はーい」

 そこにいた子供達が、文香から降りて南牟礼さんの周りに集まる。


「文香先輩、小仙波先輩に思いっきり甘えちゃってくださいね」

 南牟礼さんはそんなふうに言った。


「うん」

 って答える文香。


 だから、これは見回りなんだってば…………



「どこか、見に行きたい展示とかある?」

 俺は文香に訊いた。


「うーん」

 そこで文香は少し考える。


 そして、

「冬麻君と回れるなら、どこでもいい」

 そんなふうに言った。


 冬麻君と回れるなら、どこでもいい…………


 冬麻君と回れるなら、どこでもいい…………


 冬麻君と回れるなら、どこでもいい…………


 これって、男子が意中の女子に言われたら心の中でガッツポーズしながら涙を流して喜ぶセリフ、ベスト5くらいに入るんじゃないだろうか。

 夜、ふとんの中で思い出してのたうち回るセリフベスト5にも堂々ランクインすると思う。


 そんなセリフを文香に言われてしまった。


 文香って、男心が分かるAIに進化してる気がする。



「それじゃあ、とりあえずグラウンドのメインストリートを歩こう」

 俺が言うと、

「うん」

 って、文香が弾んだ声を返した。



 文香と並んで校門から校舎まで続くメインの通りを歩く。

 屋台が連なるそのメインの通りは、文香が余裕で通れる広さがあった。

 今考えると、花巻先輩がその辺も考えてレイアウトしてくれたらしい。


 通りの両側には主に食べ物の屋台が並んでいて、射的とか、金魚すくいとか、お祭りの縁日にありそうな屋台もある。

 各クラスや部活、有志の仲間が集まって店を出していた。


 呼び込みの声が四方八方から聞こえてきて、校内でもここは特に活気がある。

 焼けたソースの匂い、焦げた醤油の匂い、甘い砂糖の匂い、バニラの匂い、チョコレートの匂い、酸っぱいフルーツの匂い。

 様々な食べ物の匂いが鼻を刺激した。


「冬麻君、なんか食べれば?」

 ゆっくりとモーターで走行しながら文香が言う。


「ああ、うん」


 文香と一軒一軒見て回った。

 その中からソフトボール部の焼きそばを選ぶ。

 別に、呼び込みの女子部員の、ユニフォームの眩しい太股ふとももに釣られたとか、そういうわけではない。


「はい、どうぞ」

 笑顔の部員から、透明なプラスチックの四角い容器に入った焼きそばと割り箸を手渡される。

 容器の蓋が閉まらないくらい、ぱんぱんに入れてもらった。


 肉と、キャベツやタマネギ、もやしなんかの野菜がたっぷりと入った、これぞ焼きそばって感じの焼きそば。

 上に青のりを振ってあって、紅ショウガも多めに載っている。


 一旦通りを少し逸れて、文香の車体に腰掛けて食べた。


「おいしい?」

 文香が訊く。


「うん、おいしい」

 なんの癖もないストレートな焼きそばって感じでおいしかった。

 ちょっと焦げてる部分も、それはそれで香ばしい。

 隠し味なんだろうか、微かに魚粉を振ってあるのが分かった。


「ふうん、よかった」

 文香が言う。


 あっ。

 味わうことができない文香のために、もっと味を具体的に表現して答えるべきだったって、言ってから思った。

 俺はもっと上手いこと伝えてあげるべきだったのだ。

 こういう感じだから、俺、女子の気持ちが分からない奴って、周りから言われちゃうのかもしれない。



 食べ終わって、ラムネを飲みながらもう一度メインの通りに戻って店を冷やかしてたら、文香が一軒の前で止まった。


 射的の屋台だ。


「冬麻君、ララちゃんの縫いぐるみがいるよ」

 文香が言った。


 文香が言う「ララちゃん」とは、文香がオンラインゲーム「クラリス・ワールドオンライン」の中で使ってるアバター「ララフィール」のことだ。

 そのララフィールが二頭身になった縫いぐるみが、射的の景品として棚に載っている。

 ただでさえ小さくて可愛いララフィールが、二頭身になるとあざといくらいに可愛い。

 つぶらな瞳が、「連れて帰って」って訴えかけていた。


 文香の砲身の先が、そのララフィールの縫いぐるみに向けられている。

 文香、子供みたいにその縫いぐるみに夢中になってる。


「あの、挑戦してもいいですか?」

 文香がその店をやってるハンドボール部員に話し掛けた。


「ああ、えっと、さすがに文香ちゃんは……」

 部員が苦笑いした。


「ですよね……」

 文香が言う。


 荒れた大地を全速力で走りながらでも目標に当てることができる文香にとって、僅か二、三メートルの距離の射的なんて朝飯前だ。

 120㎜滑腔砲は、威力がありすぎるし。


「じゃあ、俺がとってあげる」

 俺は言った。


 ここは俺が出て行くところだって、鈍感な俺にだって分かる。


 それに、お祭りの射的の屋台で彼女のために縫いぐるみをとってあげるって、彼女いない歴=年齢の俺が妄想する、彼女ができたらやってあげたいことベスト5に入るのだ。


「絶対とるから」


「ホント? ありがとう!」

 文香が声を弾ませた。


 なんとしても文香のために縫いぐるみをとらなければならない。


 っていうか、今俺達がしてるのは、あくまでも見回りなんだけれども。

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