第229話 妹の友達

「お兄ちゃん」

 振り向くと、そこに妹の百萌がいた。


 我が最愛の妹。

 世界一カワイイ、妹の中の妹。


 百萌は、よそ行きの花柄のワンピースに身を包んでいた。

 美容院に行ったばかりなのか、いつも以上にぱっつんの前髪のラインが揃っている。

 そのラインからチラッと覗く困り眉がカワイイ。

 ここが学校じゃなくて大勢の視線がなかったら、迷わず抱きしめてたところだ。

 抱きしめて髪の毛わしゃわしゃしてたところだった。


 百萌の後ろには同年代の三人の女の子がいる。

 一人は前に家に連れてきて見たことがあるから、たぶん百萌の友達だ。


「みんなで遊びに来たよ」

 百萌が弾けるような笑顔で言った。

 その笑顔で、準備の疲れが吹っ飛ぶ。


「お兄ちゃんと今日子ちゃんが作り上げた文化祭がどんなものなのか、見に来てあげたのだ」

 えっへん、って胸を張って、わざと生意気っぽく言う百萌。


 ここが学校じゃなくて大勢の視線がなかったら、迷わずほっぺたすりすりして……


「お兄さん、おじゃましてまーす」

 後ろにいる百萌の友達も声を揃えた。


「うん、いらっしゃい」

 俺は、一段声を低くして言う。

 ちょっとだけ眉もキリッとさせてカッコつけた。


 いや別に、妹の友達にもてようとかそんなこと思ったわけじゃない。

 あくまでも百萌に恥をかかせないようにって考えてのことだ。

 百萌のために、友達の前で素敵なお兄ちゃんでいようってしたのだ。


 そう、誓って。



「それで、今年の文化祭はどう?」

 俺は百萌に訊いた。

 外部の素直な感想を訊きたかった。

 苦労して開催までこぎ着けた文化祭だし、自分達ではどうしても贔屓目ひいきめに見てしまう。

 百萌は、そういうところを変に気を使ったりしないし、本当の感想が訊けると思った。


「うん、まだちょっとしか見てないけど、すごいと思うよ。百萌、ここには毎年来てる分かるもん。お客さんが多いし、展示も豪華だし、どこもすっごく盛り上がってる。今までと熱気が違うもん。どこも楽しそうで、二日間じゃ見て回れないかも」

 百萌は、俺が欲しかった言葉をまとめたみたいな感想を言ってくれた。

 百萌の友達も、うんうんと頷く。

 四人とも顔を少し上気させて楽しそうだし、お世辞でもなさそうだ。


 俺は横にいる南牟礼さんと顔を合わせてにんまりとした。

 南牟礼さんも俺に向けて、グッ、って感じで親指を立てる。


「先輩、お兄ちゃんがいつもお世話になってます」

 百萌が南牟礼さんに向けて言った。


「先輩?」


「だって、私、来年この学校に入るもん。そして、絶対に文化祭実行委員になるから。だから、南牟礼さんは先輩なの」

 百萌が言う。

 なるほど、そういうことか。


「この四人ともこの学校志望で、文化祭実行委員になろうって言ってるんだよ」

 百萌が言って三人が頷いた。


 ほう……


 そうなると、世界一カワイイ妹である百萌の他に、三人の女子委員が増えるのか。

 来年の部室は、今まで以上に女子で溢れることになるらしい。

 当然、俺は先輩として、四人に手取り足取り、教えてあげなきゃいけないわけで……


 俺がそんなこと考えてたら、百萌にちょっとだけにらまれた。

 もしかしたら考えてることが顔に出てたかもしれない。

 俺は咳払いして誤魔化した。



「それじゃあみんな、このあとも楽しんでって」


「はい、ありがとうございます」

 百萌の友達が声を揃える。


「じゃあ、お兄ちゃん、頑張ってね」

 百萌はそう言って可愛く手を振った。


 言外に、文化祭準備のあいだお兄ちゃんがずっと学校に詰めてて寂しいから、終わったらすぐに帰って来てね、家で百萌のこと可愛がってね、って言っていた。

 たぶん。

 多分そう言っていた。


 百萌と友達は、キャッキャ言いながら廊下を歩いて行く。


 良かった。

 最後までカッコいいお兄さんでいられたと思う。

 あと30秒長かったら、耐えられなかったかもしれないけど。



「妹さん、可愛いですね」

 南牟礼さんが百萌の後ろ姿を見送りながら言った。


「妹さん、いいなぁ」

 南牟礼さんがぽつりと言う。


「私も、先輩のこと『お兄ちゃん』って呼んじゃおうかなぁ」

 そう言って悪戯っぽい顔で俺を見る南牟礼さん。


「いや、それは……」

 後輩に自分のこと「お兄ちゃん」とか呼ばせてるって知られたら、学校中から白い目で見られるに違いない。

 特に、今日子には確実にぶっ飛ばされる。


「羨ましいけど、でも、一つだけ、私の方が妹さんより有利なところがありますよね」

 南牟礼さんが俺から視線を外した。


「えっ? 有利って?」

 俺は訊き返す。


「だって妹さんは、妹だから先輩と付き合えないし」

 南牟礼さんが言った。


「えっ?」


「さあ、見回り続けましょう。仕事、仕事!」

 南牟礼さんはそう言って廊下をどんどん歩いて行く。

 南牟礼さんの法被はっぴの背中で、「祭」の文字が揺れた。


 なんか南牟礼さん、文化祭が始まってからちょくちょく大胆なことを言う。

 これも、文化祭の興奮がそうさせてるんだろうか?

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