第228話 憧れ
初日の朝から、校内はどこも大賑わいだった。
グラウンドも廊下も、たくさんの人達が行き交っている。
その内訳は、俺達と同年代の高校生二割、他の世代八割って感じで、普通の学校の文化祭とはかなり違った。
やっぱりこれは、この街をあげたお祭なのだ。
出店や各展示には長い行列ができている。
特に、お化け屋敷とかメイドカフェみたいな人気の教室の前は、校舎の端から端まで届くような長い行列になっていた。
俺は、南牟礼さんと一緒にそんな校内を歩いて回る。
大勢の人出で問題が起こってる箇所がないか、見て回った。
「私、こうやって文化祭実行委員の
校舎の廊下を歩きながら南牟礼さんが言う。
「小さい頃から何度もこの文化祭に来てて、その度に実行委員の法被を着たお姉さんとかお兄さんがすごく格好良く見えたんです。いつか私も、こんな素敵なお祭りをする人になりたいって、子供の頃考えてました。私もこうやって文化祭の運営に加われて、文化祭に関する夢が一つ叶ったって感じです」
南牟礼さんはにっこにこの笑顔をしていた。
法被の袖をヒラヒラさせて、いつもよりテンションが高い南牟礼さん。
確かに、こうやって法被を着てると、俺もこのお祭りを企画した一員だって誇らしい気がする。
こうやって楽しそうにしてる人達を目の前で見るとなおさらだった。
返す返すも、去年の文化祭をスルーしたことを後悔する。
「夢が一つ叶ったって、他にもなにか文化祭に関して夢があるの?」
俺は聞いた。
「はい。それは、彼氏と一緒にこの文化祭を楽しめたらなあって。彼氏と一緒にこの学校の文化祭を見て回りたいってことが、それです」
南牟礼さんはそう言ってちょっとだけほっぺたを赤らめる。
彼氏彼女で文化祭を見て回るとか、それ、伝説じゃないのか。
俺が文化祭を避けてたのは、そういう羨ましいカップルとか見たくないからってのも一因にあったわけで。
「先輩が私の彼氏だったら、それも叶っちゃうんですけどね」
南牟礼さんが、突然、そんなことを言い出す。
「でも、競争率高いし…………誰かさん、超がつくほどの鈍感だし…………」
南牟礼さん、いきなり何を言い出すんだろう。
そうだ、きっと、このお祭りの熱に当てられて、南牟礼さん舞い上がってるに違いない。
こういうので盛り上がって、思ってもみないことを言っちゃうとか、よくあるし。
俺がなんて返したらいいか迷って、ちょっとのあいだ、二人で会話なく歩いてたら、廊下の向こうから小さな子供の泣き声が聞こえた。
「南牟礼さん」
「はい!」
南牟礼さんとそっちの方に急ぐと、柱の陰に隠れるようにして、泣いてる男の子がいる。
四、五歳くらいの半ズボンの男の子で、目から大粒の涙を流して、しゃくり上げていた。
「ぼく、どうしたの?」
南牟礼さんが膝を折って男の子に視線を合わせてあげる。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
男の子が泣きながら言った。
しゃくり上げていて、なんて言ってるのか分からない。
「迷子になっちゃったのかな? お父さんかお母さんと一緒に来たの?」
南牟礼さんが優しく訊いた。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
男の子が繰り返す。
「そっか、でも、大丈夫。お母さんすぐ来るよ。それまで、お姉ちゃんが一緒にいてあげるからね」
南牟礼さんはそう言って、男の子の手を握った。
不意に手を握られて、男の子の泣き声が一瞬止まる。
っていうか、南牟礼さん、男の子がなんて言ったか分かったのか。
「先輩」
膝を折った姿勢から南牟礼さんが俺を見上げる。
「ああ、うん」
俺はすぐにスマホを取り出した。
運営本部(部室)にいる先輩のスマホに電話をかけようとしたところで、
「たかし君、たかし君!」
廊下の向こうから二十台の女の人が走って来た。
その人は胸に赤ちゃんを抱いている。
その声を聞いた男の子は、南牟礼さんの手を振りほどいて女の人の元へ走って行った。
そしてその胸に飛び込む。
男の子は、飛び込んだその胸の中で泣いた。
女の人に抱かれていた赤ちゃんがびっくりして泣き出す。
しばらく、女の人の胸で二人の子供が泣き声の合唱をした。
この反応を見る限り、「たかし君」と女の人の母子関係は疑いがないだろう。
「すみません。この子に気をとられてるあいだに、はぐれてしまって……」
女の人は赤ちゃんを指して、すまなそうに俺と南牟礼さんに頭を下げた。
そのあいだも「たかし君」はその人の胸で泣いている。
「いえ、お母さん達に休んでもらえるように託児所の施設も用意してあるので、ぜひ利用してくださいね」
南牟礼さんはそう言うと、案内図が入ったチラシを渡した。
「ありがとうございます。本当に、ご迷惑をおかけしました」
女の人は、もう一度丁寧に頭を下げて「たかし君」の手を引く。
少し恥ずかしそうにしながら、そこから去っていった。
「たかし君」は女の人に手を引かれながら、一度こっちを振り向いて、バイバイって手を振る。
その目からは涙が引っ込んでいた。
バイバイって、俺と南牟礼さんで手を振り返す。
「こんなに素敵なお姉さんに助けてもらって、『たかし君』もこの法被に憧れたんじゃないかな? 将来、第二の南牟礼さんになって、実行委員になってくれるかも」
俺は言った。
「そうだといいですね」
南牟礼さんがそう言って笑う。
「待って、もしかしたら、その時もまだ、花巻先輩は文化祭実行委員長をつづけてるんだろうか? その時もまだ、女子高生のままなんだろうか?」
俺が言ったら、南牟礼さんが吹き出した。
だけど、「たかし君」がこの学校に入る年齢になっても、先輩はまだ女子高生を続けてるような気がする。
相変わらず、他の委員を鼓舞してる気がした。
俺と南牟礼さんがそれを想像して笑ってたら、
「お兄ちゃん!」
後ろからよく知った声が聞こえる。
振り向くとそこに、妹の百萌がいた。
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