第222話 祝砲禁止
「乾杯!」
花巻先輩が音頭をとって、みんなが手に持ったグラスを高々と掲げた。
先輩と月島さんはビール、他の文化祭実行委員はジュースで、文香には軽油を用意してある。
「乾杯!」
掲げたグラスをお互いに当てて、そのあと一気に飲み干した。
暑くて喉が渇いてたから、冷たいジュースが食道を通っていくのがよく分かる。
「うむ、格別の一杯である」
グラスを空にして花巻先輩が
「ホント、このために生きてるよね」
月島さんも負けじとグラスを空にする。
「ほら男子、先生と先輩のグラスが空だよ」
今日子がふざけて言った。
「あっ、はい!」
俺が花巻先輩に、六角屋が月島さんのグラスにビールを注ぐ。
「うん、教え子に注いでもらうビールくらいおいしいものはないね」
月島さんが言った。
「可愛い後輩に注がれるビールも中々であります」
花巻先輩が言う。
二人はグラスを合わせて、また、一気に飲み干した。
「先輩も先生も、あんまり飲み過ぎて明日二日酔いなんてことにならないでくださいよ」
南牟礼さんが笑いながら注意する。
「それを
先輩が胸を張った。
先輩、それあんまり声高に言うことでもないと思うんですが……
「そうそう、私だって、今まで屈強な男達に囲まれて飲んできて、その男達を全員酔い潰してきたんだから」
月島さんが言った。
あの、月島さん、屈強な男達って、自分の周りに自衛隊員がいるってこと、白状してるようなものなんですが……
「よし、明日に向けて、飲んで食べて、大いに英気を養おうではないか!」
先輩が声高に言った。
「おー!」
ってグラスを掲げる俺達は、みんなで部室の中庭でバーベキューコンロを囲んでいる。
商店街からの差し入れの肉を焼いて、ささやかな前夜祭パーティーをしていた。
台風の心配も完全に去って、大雨で濡れていた地面も、今はすっかり乾いている。
明日の文化祭に向けて準備は
伊織さんと今日子が肉を焼く係になって、俺と六角屋が先輩と月島さんにお酌した。
南牟礼さんが細々としたことに世話を焼いてくれて、文香は砲身に
なんか、前夜祭っていうか、二人を接待してる気がしないでもない。
「こうなったら、朝まで飲み明かそうではないか!」
そんなふうに言ってた二人が、早々に酔い潰れて眠ってしまった。
さすがの二人も、疲れが頂点に達してたからだろうか。
まだ、瓶ビールを一ケースと、日本酒の一升瓶を一本空けただけだ(それでも常人からしたらかなりのものだけど)。
縁側に寝っ転がった二人を、六角屋と一緒に居間に運んで布団に寝かせた。
二人共気持ちよさそうに寝てるから、翌日は元気になってケロッとしてるのかもしれない。
「私達も早めに寝ようか?」
伊織さんが言って、みんな頷いた。
居間に布団を敷いて電気を消す。
いつものようにみんなで雑魚寝した。
だけど、布団に入ったはいいけど、中々寝付けなかった。
目が冴えていて、まったく眠くならない。
そうなると居間の掛け時計の針の音さえ気になって、余計に眠れなくなった。
まるで、楽しみな遠足前夜の小学生状態だ。
「小仙波君、起きてる?」
隣で寝てる伊織さんが、囁くような声で訊いた。
「うん」
俺も小声で答える。
「眠れなくて……」
月明かりの中、そう言って微笑む伊織さんの顔が見えた。
伊織さんの笑顔は、暗闇でも周囲をぱっと明るくしてくれる。
「文化祭、成功するといいね」
伊織さんの目がキラキラ輝いていた。
「うん」
「明日、忙しくなるけど、私達自身も目一杯楽しもう。だってお祭りだし。私達が楽しまないと、みんなも楽しめないだろうし」
「うん」
伊織さんの言うことは花巻先輩の言うことに似てきている。
生徒会から出向してきて、伊織さんも花巻先輩に影響されてるのかもしれない。
それは、たぶん良いことなんだろう。
「それであの、休憩時間とかに、一緒に、どこか回らない……」
伊織さんがそう言ったところで、
「こらあんた達、周りに他の人がいるのを忘れていちゃいちゃするんじゃないの」
今日子の声がした。
「ホントですよ先輩」
南牟礼さんの声もする。
「いや、いちゃいちゃとかじゃないから」
俺は抗議する。
大体俺は、伊織さんの恋愛対象って言われるような身分じゃない。
「なんだ、結局みんな起きてるのか」
俺達の会話を聞いていたらしい六角屋が言った。
その言葉に俺が思わず吹き出して、みんなも笑う。
酔い潰れた二人に遠慮することなく、みんなで声をあげて笑った。
まあ、もとより寝られるわけはなかったのだ。
だけど、興奮してるのは俺達人間だけじゃなかったらしい。
さっきから、中庭で文香が砲塔をくるくる回している。
そうかと思えば、理由もなく砲身の上げ下げをしていた。
窓を開けて網戸にしてるから、文香がちょこちょこ動いてるのがよく分かる。
「文香も、眠れないの?」
俺は外の文香に投げかけた。
そもそも、AIの文香が夜寝るのかどうか分からないけど。
「うん。なんか、じっとしていられなくて」
今にも走り出しそうな勢いで文香が言った。
「冬麻君、我慢できないから、祝砲撃っちゃダメ?」
文香が訊いた。
「ダメ! 絶対にダメ!」
起きている全員で突っ込んだ。
そんなことしたら、この学校はおろか、周囲一帯が飛び起きてしまう。
結局、横になったまま文香も交えてみんなで色々と話した。
明日の文化祭のこととか、今までの準備の思い出のこととか。
それにしても、文香がちゃんと文化祭に参加できてよかった。
文化祭直前にどこかに出動、なんてことにならなくて、とにかくよかった。
そんなことを考えてるうちに段々と目蓋が重くなってきて、俺はそのまま眠ってしまった。
夢も見ずにぐっすりと眠った。
目が覚めたら、いよいよ待ちに待った文化祭が始まる。
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