第220話 昔話
夜のグラウンドに人が
校門からぐるっと学校の敷地を囲むように並んでいた人達を、俺達、文化祭実行委員が誘導して、グラウンドに入ってもらった。
そのほとんどが佐橋杏奈ちゃんのファンだ。
みんな、なにが始まるのかと、グラウンドに建てたステージの周りに集まっている。
俺達はそのステージ裏で今日子を囲んでいた。
あとは、この今日子がこのステージに立って、杏奈ちゃんのふりをしてファンの人達を説得するだけだ。
「やっぱり、できない」
その段になって今日子が首を振った。
今日子はウイッグを被って今日子ちゃんと同じ髪型にして、それっぽいメイクもしている。
服は、さっぱりとしたアイスブルーのワンピースを着て、その上にグレーのパーカーを被っていた。
髪型とメイクを似せると、もう、ホントに杏奈ちゃんがそこにいるみたいだ。
坂村さんに依頼したボイスチェンジャーも完成していて、今日子がその手に持ったマイクを通してしゃべると、ステージのスピーカーから出る声が杏奈ちゃんそっくりになるようにセッティングされている。
「やっぱりやめよう! 無理だよ」
今日子が、今度は
いつも勝ち気な今日子が目にうっすらと涙さえ浮かべている。
ただでさえ杏奈ちゃんそっくりな今日子が弱気なところを見せてると、なんだか、無性に助けてあげたくなった(いつもは俺が助けられる方だけど)。
控え目に言って、抱きしめたい。
「源、頼む。これしか手がないんだ」
花巻先輩が今日子の肩に優しく手を置いた。
「もうファンの彼等をグラウンドに入れてしまった。説得して帰ってもらうより他の解決策はない。このままでは暴動でも起きてしまうだろう。文化祭どころではなくなるのだ」
先輩が言うけど、今日子は駄々っ子みたいに首を振る。
「源先輩、大丈夫ですよ。ホントにそっくりですから。ファンの人だって分からないくらい似てます」
南牟礼さんが言った。
「南牟礼さんが言うとおりだよ。今日子ちゃん、自信持って」
伊織さんも今日子に寄り添う。
「なんかあったらすぐに駆け付けるから、心配はいらないよ。文化祭の司会のリハーサルをするくらいの、軽い気持ちでいこう」
六角屋が気安い感じで笑いかけた。
みんなから声をかけられても、今日子は戸惑っている。
ステージは目の前なのに、あと一歩が踏み出せないみたいだった。
「…………」
一瞬、その場に沈黙が訪れる。
ステージに集まったファンが、待たされてガヤガヤと騒ぎ出すのが聞こえた。
「…………」
今日子以外のみんなが俺を見ていた。
花巻先輩に、六角屋に南牟礼さんに、伊織さん。
みんな俺を見て、その目でなにか訴えている。
みんな、何を言おうとしてるんだろう?
俺は南牟礼さんの目を読んでみた。
(ファミチキください)
そうとしか読み取れない。
今度は伊織さんの目を読んでみた。
(小仙波君、大好き)
いや、まさかね。
花巻先輩の目を読んでみる。
(神は死んだ)
先輩…………
業を煮やしたのか、六角屋が俺の側にきて、
「小仙波、お前もなんか声をかけてやれ」
って言った。
ああ、みんなが目で訴えてたのは、そういうことだったのか。
でも、なんて声をかければいいんだろう?
ただでさえ口下手な俺が、今日子を勇気付ける言葉なんて、言えるだろうか。
短い間に俺は、ない頭をフル回転させる。
そして言った。
「きょ、今日子。俺、子供の頃から今日子と一緒にテレビでアイドル見たり、プ○キュア見てて、今日子が真似して一緒に踊るのホントに好きだった。俺、大きくなったら今日子がホントにアイドルになるって思ってたし、プ○キュアになるんだって思ってたし、今日子が俺にとってのアイドルだったし、プ○キュアだった。それは今も変わらないと思う。今日子は、俺の前で、いつもアイドルくらいキラキラしてたと思う」
なんか、上手いこと言おうとして、とっ散らかってしまった。
自分でも何を言ってるのか、分からなかった。
だけど、俺の言葉で、今日子のほっぺたにちょっとだけ、赤みがさした気がする。
馬鹿なこと言ってるんじゃないよ、ってその目が言ってる感じ。
「よし、分かった。もしやってくれたなら、小仙波を一日自由にできる権利を与えよう」
花巻先輩が今日子の目を見て言った。
は?
先輩、勝手になに言ってるんですか……
俺は先輩に目で抗議した。
「まあ、よいではないか。源がやってくれるなら、小仙波の一日くらい、安いものだろう」
先輩がそう言って笑い飛ばす。
まったく、人ごとだと思って。
さっきの坂村さんの件といい、最近俺の意思とはまったく関係なく、俺を自由にできる権利が譲渡されてる気がする。
「分かりました。行きます」
今日子が言う。
「もう、ぐだぐだしててもしょうがないし、こうなったら、佐橋杏奈ちゃんになりきってやる! その代わり、失敗しても知りませんからね!」
今日子が言ってパーカーを脱いだ。
今日子の目が勝ち気な目に戻っている。
いつも俺に説教するときの目だ。
それでこそ今日子だと思う。
そんな今日子が、ステージに向かって歩き始めた。
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