第215話 世界規模
恐る恐る車長席のハッチを開けると、まだ雨は降り続いていた。
バケツをひっくり返したようなっていう言葉がぴったりくる大雨で、俺はあっという間にずぶ濡れになる。
すぐに車長席のハッチを閉めて、文香の中に引っ込んだ。
「文香、なんにも変わってないけど……」
俺はタオルで頭を拭きながら抗議する。
文香が、もう大丈夫で、台風の心配はしなくていいって言うから、俺はハッチを開けたのだ。
言葉的に、ハッチを開けたら青空だった、っていうのを想像していた。
そういう響きだった。
「うん、まだ変わってないんだけど、これから変わるの」
文香が言う。
「これから?」
「うん。あと数時間で台風の進路が変わり始めて、段々その変化が大きくなって、最終的には太平洋上に逸れていくよ」
文香が自信たっぷりに言った。
予言っていうか、未来を見てきたみたいに言い切る。
「なにをしたの?」
俺は訊いた。
昨日の夜から、文香はエンジン回しっぱなしで発電して、その頭脳をぶん回していた。
それで一体、なにをしてたのか。
「うん、あのね。冬麻君が、バタフライエフェクトの話をしてくれたでしょ?」
「ああ、うん」
昨日、文香の中でそんな話をした。
「ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こすって話。蝶の羽ばたき程の小さな力が、竜巻みたいな大きな力の引き金になるって話。その話みたいに、小さな力で、大きな力、つまり、台風の進路を変えられるんじゃないかって考えたの」
「はぁ」
「だけど、一匹の蝶の羽ばたきくらいだと、その力はすぐに
「全……世界?」
「うん」
なんか、悪い予感がする。
それも、とてつもなく悪い予感が。
「俺、ちょっとトイレ行ってくる」
俺はそう言って文香から降りた。
実際、トイレに行きたかったし、月島さんにこのことを伝えておくべきだと思った。
文香がなにかして責任を取らされるのは、月島さんなのだ。
部室に戻ると、居間では相変わらずテレビのニュース番組を流しっぱなしにしていた。
文化祭実行委員会のみんなと伊織さん、月島さんがテレビに見入っている。
俺が入っていっても、みんな気付かないくらいテレビに夢中になっていた。
だけど、みんなが見てるのは心配な台風のニュースじゃなかった。
「おお、小仙波、おはよう」
そんな中、台所で朝食の用意をしてた花巻先輩だけが、俺に気付いてくれる。
「おはようございます。みんな、どうしたんですか?」
俺は先輩に訊いた。
「うむ。昨日から世界中で不思議なことが起きてるらしい。ニュースではその話題で持ち切りだ」
エプロン姿の先輩が言う。
「不思議なこと、ですか?」
俺の悪い予感が、現実のものになりつつあった。
「うむ。見てみるといい」
先輩がそう言ってテレビを指す。
俺もみんなと並んでテレビの画面に注目してみた。
すると、ある国でなぜか街中のエアコンや暖房器具が一斉に動き出したというニュースをやっている。
真夏に暖房がかかって、人々は屋内にいられないらしい。
何者かのハッキングによるものとして、当局が捜査を始めたとか。
また、ある都市では信号や自動運転車が不規則に動いて大渋滞が発生し、道路を車が埋め尽くしていた。
クラクションを鳴らしてイライラしてるドライバー達の映像が流れる。
道路上に止められた車のボンネットからは熱が発せられて、陽炎のように空気が歪んで見えていた。
またある都市では、反対に街中から車が消えていた。
その都市を含む広範囲に渡って車がストライキを起こしたみたいに動かなくなって、自動車メーカーが調査に乗り出したらしい。
他にも、世界中あちこちで不可解な事象が起きていた。
起こる事象や規模に規則性はなく、それらに関連があるのかも分かっていないってニュースは結んでいる。
「世界中で、一体なにが起こってるの?」
テレビを見ていた伊織さんが言った。
「悪質なハッカーが暴れてるのかなぁ」
今日子が言う。
「だけど、全世界的にこんなことするなんて、ウイザード級のハッカーが束になってかからないとできないよ」
六角屋が言った。
あっ。
俺はその、ウイザード級のハッカー技術を持った人物(?)を知っている。
それは俺の、ごく身近にいる。
ごくごく身近にいて、昨日の晩から今朝にかけてなにかしていた。
大量の電力を使ってそれをしていた。
いやまさか。
だけど、そんなことあるわけがない。
「さあみんな、朝ごはんにしようではないか」
先輩が呼びかけて、みんながテレビの前から離れた。
「あれ? なんか、風、弱くなってません?」
窓の外を見た南牟礼さんが言う。
まさか、ね。
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