第162話 スケスケ

 千年に一人の美少女って言われるアイドルの佐橋杏奈ちゃんが我が校の文化祭に来てくれることが、正式に決まった。

 三日間行われる文化祭の中日なかび、7月11日に日程が組まれる。


 これには、裏で月島さんが色々と動いてくれたらしいけど、まあ、その辺はおおっぴらには出来ないだろう。



「ふはははは、これはまさしく史上最大の祭になるぞ!」

 花巻先輩の高笑いが部室に響いた。


 普段から高い先輩のテンションがますます高くなって、天井に張り付いたまま下りてこない。

 興奮した先輩が、ところ構わずハグしたり、突然俺の髪をくしゃくしゃってしてきたりするから、気が気ではなかった(いいぞ、もっとやれ!)。


 それと同じくらい興奮してるのが六角屋で、鼻息が荒いし、隙あらば腕立て伏せをしたり、腹筋したり、なぜか急に筋トレを始める。

 六角屋、スーパーアイドルの杏奈ちゃんとどうにかなるとでも思ってるんだろうか?


 そんな先輩や六角屋を、今日子や南牟礼さんは、ヤレヤレって感じで見ている。

 でも、二人ともこの盛り上がりはまんざらでもなさそうだった。


 それから文香だ。


 文香はいつにも増して回っている。

 文香よ、部室に活気が出てきて嬉しいのは分かるけど、中庭に穴が開くから、もうこれ以上超信地旋回するのは止めよう。



 そして、佐橋杏奈ちゃんを文化祭に迎えるに当たって生じる様々な問題に対処するために、文化祭実行委員会の人員が拡充かくじゅうされた。

 超有能な人物が委員会に入った。


 伊織ありすさん。

 そう、文化祭終了まで、伊織さんが生徒会から出向して委員会の常駐メンバーになったのだ。


 今までも連絡のためにちょくちょく部室に来てくれてた伊織さんだけど、それが放課後になるとずっと部室にいる。

 ちゃぶ台で、肩が触れ合う距離で一緒に仕事をする。

 伊織さんがまとった桃の良い香りが、ふわっと部室に広がった。

 部室に行く俺の足取りが軽くなったことは、言うまでもない。


 さらには、ネットでの情報発信要員として、コンピューター研の坂村さんが文化祭の運営を手伝うことになって、部室に入り浸るようになった。

「小仙波君、委員会のことは初めてで色々と分からないことばっかりだから、優しく教えてね」

 部室に来るなり、坂村さんが俺の腕を取って言う。

 今日子がキーキーうるさかった。

 殺気立った文香が120㎜滑腔砲の砲口を坂村さんに向ける。

 それを見た花巻先輩が高らかに笑った。


 ただでさえ女子メンバーが多くて俺達男子は押され気味だったのに、女子が二人増えて余計に肩身が狭くなった気が、しないでもない。



「こんちはー」

 商店街の布団屋さんが、部室に布団を届けてくれた。

 これから夜を徹した作業が増えるだろうと、商店街のお歴々が手配してくれたのだ。


「お嬢、届けに来たよ」

 商店街の八百屋さんや肉屋さん、魚屋さんからは、次々に食材が届けられる。

 部室に泊まる夕食や夜食の分だ。

 米やインスタント麺なんかも大量に届いて、台所に積まれた。

 ジュースを届けに来てくれた酒屋さんが、花巻先輩用のお酒も大量に届けてくれたのは内緒だ。


 「お嬢」っていうのは、花巻先輩の呼び名らしい。

 商店街青年部の会合に出ている先輩は、そこでもすっかり人心を掌握しょうあくしている。


 雑貨屋さんからは生活用品が届けられた。

 洗面所に俺の歯ブラシと女子達の歯ブラシが並ぶのが感慨深い(実質、俺は女子と同棲どうせいしてるっていっても過言ではないと思う)。


「はいこれ、部屋着と寝間着、選んでって」

 商店街の婦人服店の人が、女子達のためにワゴン車一杯の服を持ってきて、選ばせてくれた。

 今まで泊まる時は学校のジャージとかトレーナーだったから、女子達が喜ぶ。


 今日子とか南牟礼さんが無難にスエットを選ぶなか、


「私はこれだ!」

 花巻先輩がピンクのネグリジェを選んだ。

 それも、スケスケのヤツだ。


 先輩、マジっすか…………


「じゃあ私もこれ!」

 月島さんが対抗するように黒のスケスケを選んだ。


 月島さん、なぜ、対抗するんですか……


「だったら私もこれ」

 坂村さんが紫のスケスケを選ぶ。


「どう、小仙波君、似合う?」

 坂村さんがそれを自分の体に宛がって訊いてきた。


「は、はい……」

 ほぼ透けてて、下の制服が丸見えなんですが一体……


 そして、最後の一人、伊織さんが選ぶ順番になった。


 ここはノリ的に、伊織さんもスケスケを選ぶっていうのがセオリーだろう。

 そういうボケをかましといて、普通のスエットに替えるっていうのが、笑いの基本だ。

 堅い伊織さんだってそれくらいは分かっている。


「じゃあ、私はこれで」

 伊織さんはそう言ってアイスブルーのスケスケを選んだ。

 選びながら頬をちょっとピンク色に染める伊織さん。


 ああ、やっぱりね。

 さすが伊織さんもセオリーは分かってる。


 ところが、伊織さんはアイスブルーのスケスケネグリジェを手に取ったまま、それを替えなかった。


 ん?

 マジですか?

 それ、着るんですか?


「じゃあ、私もこれ!」

「私も!」

 対抗するように今日子も黄色いスケスケに替えて、南牟礼さんもミントグリーンのスケスケに替えた。


 うちの女子達、なんでこうも闘争心が強いんだ。


 まあ、嬉しいけど。

 心の中で「よっしゃーーーーーーーーー!」って叫んでたけど。



 部室は商店街からの支援物資で一杯になった。

 この辺は、俺達が普段から商店街の行事に出たり、花巻先輩が飲み会で顔を繋いでた結果だろう。

 地域の人達が喜んで俺達に協力してくれた。

 おかげで文化祭に向けて仕事をする環境が整った。

 もう後は、身を粉にして働くだけだ。



 ところで、早く夜にならないだろうか。

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