第161話 千年

「え? それって、千年に一人の美少女って言われてる、佐橋さはし杏奈あんなちゃんですか?」

 六角屋が思わず立ち上がって訊いた。


 お椀の上に乗っていた六角屋の箸が落ちて、ちゃぶ台の上をコロコロ転がる。


「あの、杏奈ちゃんなんですか⁉」

 六角屋が月島さんににじり寄って顔を近付けた。


「え、ええ。そうだけど…………」

 あまりの迫力に月島さんが引いている。

 背中を反らして六角屋の顔から逃げた。


「佐橋杏奈ちゃんに間違いないんですね」

 何度も確認する六角屋。

「え、ええ、その通り」

 困り顔の月島さん。


 まあ、六角屋が興奮するのは、分からないでもない。



 文化祭に呼ぶ有名人を誰にするか、鍋をつつきながら話し合ってたら、月島さんが自分に呼べるかもしれない有名人の心当たりがあるって言った。


 その心当たりが、アイドルの「佐橋杏奈」だっていうのだ。


 佐橋杏奈っていえば、ネットに上がった写真が奇跡の一枚って言われて、地方のアイドルグループの一員から一気に全国区のスーパーアイドルに駆け上がった人物だ。

 今はグループを卒業してソロ活動してて、映画やドラマ、バラエティー番組とかで大活躍している。

 しかも18歳で俺達と同年代だ。


 今、これ以上の有名人はいない。


 もしうちの文化祭に呼べるってなったら、この学校だけじゃなくて、この地域でも大騒ぎになるだろう。

 それどころか、全国からこの学校にファンが押し寄せるかもしれない。


「もし杏奈ちゃんを呼べるなら、みんな、それで異論はないよな」

 六角屋が訊いた。


 新進気鋭のバンドを挙げてた今日子も、俳優を呼びたいって言ってた南牟礼さんも、それには首を縦に振って納得するしかなかった。


「小仙波はどうだ?」

 六角屋が俺に振ってくる。


「いいけど…………」

 俺は答えた。


「なにか問題でも?」


「いや、あの佐橋杏奈ちゃんって、どことなく今日子に似てないか?」

 俺は言った。


「ほら、今日子が髪を伸ばしたら結構似てると思う」

 俺が言うと、そこにいるみんなが今日子の方を見る。


 顔付きは結構似てると思った。

 今日子は佐橋杏奈みたいに可愛げがないけど、口うるさいのを黙って静かにしてれば、かなり似てるって前から思ってた。


「俺は、子供の頃からずっと今日子を見てたから、今日子も可愛いし、佐橋杏奈が特別可愛いとは思えなくて……」

 俺が言ったら、

「ば、ば、馬鹿! なに変なこと言ってんのよ!」

 今日子が怒って口を尖らせる。

 顔を真っ赤にして下を向いてしまった。


 あれ?

 俺、なんか変なこと言っただろうか?


 今日子以外のみんなが、ヤレヤレって顔をしている。



「とにかく、佐橋杏奈を呼ぶことに、俺は反対しない」

 俺は言っておいた。


「よし! じゃあ決まりだ!」

 今まで見たことないくらい目をキラキラさせた六角屋が、ガッツポーズをする。


 ところが、

「先生、本当に彼女を呼べるのですか?」

 花巻先輩が冷静に訊いた。


「そんな有名人を簡単に呼べるとは思えないのですが」

 さすがは花巻先輩だ。


 確かに、いきなり今をときめくスーパーアイドルを呼べるって聞いて、素直に信じる俺達はちょっと浅はかだったのかもしれない。


 だけど月島さんは余裕の顔で、

「ええ、以前彼女と知り合うことがあって、たぶん、大丈夫だと思うよ」

 そう答えた。


「ほう、どのように知り合ったのですか?」

 花巻先輩がニヤリと口元だけで笑って月島さんを見る。

 先輩は月島さんの正体について感付いてる節があった。


「…………ええっと……まあ、その、色々と……」

 月島さんは苦笑いして答える。


「彼女が女性戦闘機パイロット役で主演した映画あったでしょ? あれのモデルが花園かえんなの。篠岡花園って覚えてるでしょ? この学校に戦闘機で乗り付けた非常識な奴。あの映画には自衛隊が全面協力して撮影したし、役作りのために花園と彼女はしばらく一緒に生活したりしてたの。それが縁で花園と杏奈ちゃんは今でも頻繁に会うような間柄だよ。杏奈ちゃんは花園のことを『お姉ちゃん』って呼んでるくらいだし。私は花園と同級で親しくしてるから、その縁で杏奈ちゃんとも一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったりしたことがあるの」

 月島さんが言う。


 篠岡さんと月島さんにこんな大きなバックがいたとは…………


 っていうか、俺は篠岡さんや月島さんと友達だから、実質、俺が杏奈ちゃんと友達ってことにはならないだろうか。

 そうだ、月島さんと俺は一緒にお風呂まで入った仲だし、実質、俺が杏奈ちゃんとお風呂に入ったってことで間違いないかもしれない。


「彼女、あんなに有名人なのに飾らない人で、本当に良い子だよ。小さい頃からアイドル活動してて、同年代の普通の学校生活に憧れてるって言ってたから、文化祭に呼んであげたら喜ぶんじゃないかな? スケジュールさえ空いてればたぶん大丈夫だと思うよ。彼女でよければ、それで先方に聞いてみるけど」

 月島さんが言う。

 月島さんの正体は自衛隊の将校なわけで、ただ知り合いだからというだけじゃなくて、彼女を呼ぶことにいろんな力を使えるんだろう。


「ぜひ、お願いします」

 六角屋が月島さんの両手を取って言った。

 おい、六角屋、それ以上は止めろ。


「それで進めてください」

 花巻先輩も許可を出した。


「うん、分かった」

 月島さんが頷く。


 もしかしたら佐橋杏奈を文化祭に呼べるんじゃないかって、文化祭実行委員会一同盛り上がった。


「では、ポスターの印刷は少し待ってもらうとしよう。正式に彼女の招聘しょうへいが決まったら、是非それをポスターに乗せたい。うむ、忙しくなりそうだ。もっと大きな駐車場の確保や、駅から学校までの順路の警備など、さらに練る必要があるだろう。忙しくなるぞ!」

 花巻先輩が言う。


 先輩、忙しくなるって言いながら、すごく嬉しそうだ。

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