第157話 消去

「それで、これはどういう状況?」

 今日子が訊いた。


 日直当番で、放課後、俺達よりも少し遅れて部室に顔を出した今日子。

 今日子が目にしたのは、部室の居間で、コンピューター研究会の部長、坂村さんが、俺の腕に自分の腕をからめて座ってる光景だ。

 坂村さんは文化祭実行委員会のメンバーに交じって、ちゃぶ台で一緒にお茶を飲んでいる。


「なんで、こんなことになってるの?」

 今日子が重ねて訊いた。


「坂村さんは、わざわざうちに提供したパソコンの様子を見に来てくれたらしいんだ」

 六角屋が答えて肩をすくめる。


「そうなの。これは、コンピューター研究会のアフターサービスです。パソコンがちゃんと使えるようになってるか見にきました。お茶も頂いてます」

 坂村さんがそう言って今日子に微笑みかけた。

 坂村さん、三年生の坂村量子りょうこさん。


「っていうか、パソコンを見に来てなんで冬麻の腕を取ってるんですか?」

 今日子は至極当然の質問をした。

 腕を取られてる俺も、その意味が全然解ってない。


「昨日ちょっと徹夜をしてしまって、ふらっとしたところに、小仙波君のたくましい腕があったものだから」

 坂村さんが言う。

 そして俺の腕を取る手に力を込めた。


 たくましいどころか、俺の腕はひょろひょろなんだけど。


「はぁ?」

 今日子が眉を寄せた。

 助けを求めるように花巻先輩を見る今日子。

 だけど、その花巻先輩も微妙な顔をしていた。

 さすがの先輩も、さっきから坂村さんの猛攻に手を焼いている。



 なぜか俺は、坂村さんに気に入られてしまったらしい。

 もしかしたら、昨日の対戦で俺がコンピューター研の「覇王号」を救ったことで、気に入ってくれたのかもしれない。


 坂村さんが俺を見る目がおかしいって言ってた今日子の勘が、当たったのだ。


 とにかく、冷たい瞳で終始人を見下すような視線だった坂村さんが、今は柔らかい笑顔を見せている。

 坂村さん、今日は銀縁の眼鏡を外して、コンタクトにしてるみたいだし。


 それは一夜にして大きな変化だった。

 ギャップが激しくて、柔らかい笑顔が余計に可愛く見える。



「ところで、小仙波君って、彼女いるの?」

 坂村さんが俺の顔をのぞき込んで訊いた。


 なんなんだ急に……


「いえ、いません」

 俺は即答した。

 即答出来るのが悲しいけど、彼女いない歴=年齢なのは、紛れもない事実だ。


「ふうん」

 坂村さんが言った。

 なんか、含みがある「ふうん」だ。


「それじゃあ、私が立候補しちゃおうかなぁ」

 坂村さんが言う。


「ぶっーーーー!」

 って、花巻先輩が漫画みたいにお茶を吹き出した。

 先輩の真正面にいた俺は、その飛沫しぶきを浴びる(先輩……お茶で目が渋いっす……)。

 同時に、中庭にいた文香の砲塔が動いて、120㎜滑腔砲かっこうほうの砲口が坂村さんを捉えた。

 文香の砲塔の中で、自動装填装置が弾を込める音がする。

 多分、空砲じゃなくて徹甲弾が装填されたと思う。


 文香、さすがにそれは物騒だから、止めようか。



「坂村さん、部活はいいんですか?」

 今日子がちょっといらつきながら訊いた。


「ああ、そうでしたね」

 坂村さんが名残惜しそうに立ち上がる。


「それじゃあ、またパソコンの様子を見に来ますね。小仙波君、今晩電話するから」

 坂村さんはそう言い残して部室を出ていった。

 なぜか俺に向かってウインクを残して。



「あんた、いつの間にあの人と連絡先交換したの?」

 ぶすっとした顔の今日子に訊かれる。


「いや、さっき、無理矢理聞き出されて…………」

 電話番号からメールからLINEから、全部交換してしまった。

 だって、教えないとコンピューター研が総掛かりでハッキングしますよ、とか言って半分脅されたし。


「消しなさい」

 今日子が俺をジト目で見ながら言う。


「えっ?」

 これは俺のスマホだし、なんで今日子にそんなこと言われないといけないんだろう?


「消しなさい」

 今日子だけじゃなくて、腕組みした花巻先輩からも圧を感じる。

 文香が排気口から黒煙を吹いて、居間に上がってこようとした。


「わ、分かりました」

 仕方なく俺はそれを消す。


 自分のスマホから女子の連絡先を消すなんて、俺にとっては初めての体験だ(大体、この文化祭実行委員会に入るまで、母と妹と今日子以外の女子の連絡先なんてスマホに入ってなかったし)。

 断腸の思いって、こういうことを言うんだと思う。



「さあ、多少の混乱はあったが、文化祭に向けて準備を始めようか」

 お茶の時間を終えて、花巻先輩が場を仕切り直した。

 ちゃぶ台を囲んで、俺達は座り直す。


「出展や出店の申込用紙の作成は済んでいるな?」

 先輩が六角屋に訊いた。


「はい、もう印刷して生徒会に渡してあります」

 六角屋が答える。


「うむ、結構」

 先輩が満足げに頷いた。


「では次に、毎年恒例ではあるが、講堂の舞台で演奏するバンドのオーディションを執り行うこととしよう。その告知を出すぞ」

 先輩が言う。


 実際にこういうのが始まると、いよいよ文化祭だって気がしてきた。

 っていうか、やっと文化祭実行委員会らしい仕事が始まった。


「というわけで、一同、速やかに耳栓みみせんを用意しておくように」

 花巻先輩が言う。


 ん?

 耳栓って、なんでだろう?

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