第153話 特訓
「部室」にパソコンが運び込まれた。
居間に置いた長机にその三台を並べる。
ディスプレイにキーボードとマウス、マウスパッドを設置して、俺達が座る場所には座布団を敷いた。
中庭からケーブルを引っ張ってきてパソコンと文香を接続する。
あとは月島さんが学校のLANにパソコンを繋げば、居間が即席のゲーム特訓場になった。
「さあ、思う存分特訓してくれ」
花巻先輩が俺と南牟礼さんを座布団に座らせる。
先輩、なぜかニッコニコだった。
お祭り好きの先輩のことだから、この、コンピューター研究会との決闘に楽しみを見出してるのかもしれない。
「よし! 残る我らは夕食と夜食の準備だ」
先輩はそう言うと、今日子と月島さんを連れて台所に向かった。
「俺は風呂掃除してきますね」
六角屋は風呂場へ向かう。
こんなふうに、委員会のみんながコンピューター研究会と戦う俺達三人に全面協力してくれる構えだ。
何か始まると一気にまとまるのが、実に文化祭実行委員会らしい。
今回、俺達が勝負をするゲーム、A○ex Legendsは、バトルロワイヤルのFPS(ファーストパーソンシューティング)だ。
3人1組、20チーム、計60人で対戦する。
ゲームが始まると、各チームはゲームマップの任意の場所に降り立ち、そこからマップのそこここに落ちている武器や銃弾、防具を拾って装備を揃えていく。
そんなふうにして揃えた武器を使って、マップ上で
また、マップにはセーフゾーンが設定されていて、その外に出るとダメージを受ける。
安全な場所に隠れていたとしても、セーフゾーンから外れたら移動をせざるをえない。
セーフゾーンは時間経過と共に狭まるから、それに合わせて常にゾーン内に移動していく必要がある。
ゲーム終盤は狭いゾーンにたくさんのチームが集まってきて、激しい撃ち合いになるのが常だ。
その激戦を制して最後まで生き残ったチームが、チャンピオンを勝ち取る。
「先輩はどのレジェンド使いますか?」
南牟礼さんが訊いた。
南牟礼さんが言うレジェンドっていうのは、A○exでプレイヤーが操作するキャラクターのことだ。
それぞれに特徴があって、アビリティーやアルティメットっていう特殊能力を持っている。
銃撃の他に、そのアビリティーを上手く生かして攻撃していくことがこのゲームの
「じゃあ、俺は『ライフライン』で」
俺が選んだライフラインっていうのは、ダメージが入った味方を治療するのが得意なキャラクターだ。
初心者が一番使いやすいって言われている。
「三石先輩はどうしますか?」
続けて南牟礼さんが文香に訊いた。
「うん、私は『ブラッドハウンド』で」
文香が答える。
文香が選んだブラッドハウンドは、建物などに隠れた敵の位置が見える、
「それなら、私は『レイス』にしますね」
南牟礼さんが言った。
南牟礼さんが選んだレイスは、高速移動やワープみたいな瞬間移動が出来るすばしっこいキャラクターだ。
前線に突っ込んでいくことが多いから、よくゲームの上級者が選ぶ。
「まず、三人それぞれの実力を見る意味でも、一回戦ってみましょう」
南牟礼さんが言った。
「うん、そうだね」
「そうしましょう」
俺と文香が答える。
いつのまにか南牟礼さんが仕切っていた。
ホントならこの役目、先輩の俺達がしないといけない気が、しないでもない。
俺達は、それぞれが選んだキャラクターで、とりあえず一戦してみた。
南牟礼さんは確かにこのゲームが上手かった。
銃撃も上手いし、状況を見て俺達に指示を出したり、ゲーム内での立ち回りにも慣れている。
お兄ちゃんの影響でゲームを始めたって言ってたけど、南牟礼さんがこのゲームを相当やり込んでるのが分かった。
この一戦しただけで、このチームで誰がリーダーになったらいいのか、自然と解ってしまう。
「先輩はエイムがあんまり安定しませんね」
何戦かしてみたあとで南牟礼さんに言われた。
エイムっていうのは、シューティングゲームなどで狙った場所に正確に弾を当てる能力のことだ。
それを言われると、なにも言い返せない。
元々俺は、FPSよりMMORPGとかが好きなゲーマーだし。
「特訓しましょうか」
横に座る南牟礼さんが俺の顔を覗き込んで言った。
「特訓?」
「はい、先輩にエイムのコツを教えてあげます」
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺は素直に頭を下げる。
「では先輩、まず、マウスの使い方を教えますから私を抱っこしてください」
突然、南牟礼さんが言った。
「抱っこ?」
俺は裏返った声で訊き返す。
「はい、私を抱きかかえるようにしてください。私が先輩の手を取って、マウスを動かすときの感覚を教えます。それでエイムのコツを掴んでください」
南牟礼さんが言った。
至って真面目な感じで、ふざけてるふうではない。
「だけど、抱っこって、いいの?」
「どうぞ。手っ取り早く教えるのに、抱っこしてもらったほうがいいですし」
「それじゃあ」
俺は南牟礼さんを抱っこしてディスプレイの前に座った。
南牟礼さんの後ろから覆い被さって、二人羽織したみたいになる。
南牟礼さんの背中と俺の胸がぴったりとくっついた。
小さな南牟礼さんは、俺の
南牟礼さんの手が冷たくて一瞬震えた。
南牟礼さんのうなじの辺りからは、キャラメルみたいな良い香りがする。
こんなふうに、女子を抱っこしながらゲームをするって、彼女が出来たらやってみたいこと、ベスト3に入ると思う。
俺自身、何度そんな妄想したか分からない。
まあ、俺はいつも妹の百萌を抱っこしてるから、こんなの全然気にならないんだけども。
そう、顔とかも全然赤くなってないし。
「私が動かしますから、感覚を覚えてくださいね」
抱っこされたまま南牟礼さんが言った。
「ああ、うん」
俺は裏返った声で答える。
必要以上に南牟礼さんと体がくっつなかいように気を使った。
だけど、抱っこしてる以上、どうしてもくっついてしまう。
マウスを持つ右手なんて、二人で手を握り合ってるようなものだし。
「冬麻君、変な気を起こしたらダメだよ」
文香に言われた。
忘れてた。
一緒にゲームしてる文香がすぐ側にいて、その120㎜砲の砲口が、中庭から俺の頭の辺りに向けられているのだ。
とにかく、こんなふうに文字通り手取り足取りで特訓をした。
途中、花巻先輩達が作ってくれた晩ご飯を食べたり、風呂に入ったり、花巻先輩や月島さんからマッサージを受けたりと、ゲームだけをやってれば周りが世話を焼いてくれる幸せな時間が続いた。
ゲームをしながら南牟礼さんの癖も分かったし、文香と合わせて三人の連携もとれてきた。
三回に一回くらいの割合でチャンピオンを取れるようにもなる。
俺のエイムもかなりましになったと思う。
僅か数時間で、信じられないくらいの進歩だ。
「どうだ、勝てそうか?」
ずっとゲームを続けて、夜が明ける頃、花巻先輩が訊く。
「そうですね。小仙波先輩の腕も上がりましたし、私達の連携もかなりとれてきました。だけど、多分、向こうに勝つのは難しいと思います」
南牟礼さんが言った。
はっきりと言った。
確かに、上手くなったとはいえ、最高ランクであるプレデター帯の人達を相手にするにはまだまだっていうのは否めない。
練習するにしても、一晩だけなんだし。
「そうか……」
珍しく先輩が表情を曇らせた。
大抵のことには動じないで、自分についてこいってぐいぐい引っ張ってってくれる先輩の顔が曇ると、こっちも不安になる。
「でも、大丈夫です」
一転して南牟礼さんが笑顔を見せる。
「確かにこのままではコンピューター研究会の方々には勝てないかもしれません。だけど、私に考えがあります」
南牟礼さんが言った。
「ほう」
「絶対に勝ってみせますから、見ててください」
南牟礼さんが不敵に笑う。
南牟礼さんの「考え」ってなんだろう?
コンピューター研の人達に勝つ方法なんてあるんだろうか?
とにかく、南牟礼さんも負けず嫌いな我が文化祭実行委員会の女子ってことは間違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます