第152話 気付き

 コンピューター研究会にパソコンを借りに行った筈だったのに、なぜか俺は、文香と南牟礼さんと組んでコンピューター研究会の手練てだれとゲームで対戦することになってしまった。


「うむ。なぜこんなことになったのだろうか? 私にはまるで分からん」

 花巻先輩があごに手をやって首を傾げる。


 いえこれ、全面的に先輩のせいなんですが…………



 俺達は「部室」に帰っている。

 委員のみんなで、いつものようにちゃぶ台を囲んでいた。


「まあ、決まってしまったものは仕方がない。あとは、三人に頑張ってもらって、無事、パソコンを手に入れるまでだ。それでなんの問題もなかろう」

 先輩が自分で言って自分で頷く。


「それで、コンピューター研の人達はそんなにゲーム強いの?」

 今日子が俺に訊いた。


「うん、対戦するゲームのA○EXには、プレイヤーに7段階のランクがあるんだけど、コンピューター研の中には一番上の『プレデター帯』の人もいるって聞くから、相当強い」

 ランクは、ブロンズから、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、マスター、プレデターって続く。

 ランクがプレデター帯にいる人っていうのは、つまり、バケモノみたいにゲームが上手い人ってことだ。


「それで、南牟礼さんはどのランクなの?」

 六角屋が訊いた。


「えっと、私、プラチナです」

 南牟礼さんが答える。

 おお、南牟礼さん、ゲームするってことだったけど、結構やりおる。


「文香ちゃんは?」

 続けて中庭の文香に六角屋が訊いた。


「私はマスターだよ」

 文香が答える。

 文香にとっては、シューティングゲームはある意味本業みたいなものだ。

 防衛的にも文香が弱かったら困るし。


「で、あんたは?」

 今日子が俺に訊いた。


「お、俺は、ゴールド……です」

 俺は消えそうな声で答えた。


「え?」

 今日子が訊き返す。


「ゴ、ゴールドだけど」


「はあ?」


「だって俺、A○EXはガチでやってなくて、エンジョイ勢だし!」

 俺は元々FPSがあまり得意じゃない。

 それに、ゲームは本来は楽しんでやるものじゃないか。


「小仙波よ。そういうことは、もっと早く言いたまえ」

 花巻先輩が哀れむような顔をして俺の肩を叩いた。


 いや、先輩が勝手に話を進めたんじゃないですか!



「よし、今日は徹夜で特訓だな」

 花巻先輩が言った。


「南牟礼君と文香君は、徹夜で小仙波を特訓して鍛え上げてくれ。そして、チームとして三人の連携を深めたまえ」


 あの先輩、僕達は一応学生ですし、明日もちゃんと朝から授業はあるんですけど。



「よし、精力をつけるために、今日の夕飯は私が腕を振るうとしよう」

 花巻先輩が腕まくりする。

 やっぱり、ここに泊まることになるらしい。


「風呂も沸かしてやるぞ。なんなら、背中くらい流してもいい」

 先輩が続けた。


 えっ?


「ばーか、本気にするんじゃないの!」

 今日子が俺の腕を肘で突っつく。


「いや、私は至って本気なのだが。背中を流した上に、指の腹を使って、優しくシャンプーしてやってもよいのだが」

 先輩が至って真面目な顔で言った。


「なんなら、歯磨きをしてやってもいいぞ。耳かきもつけよう」

 ニッコニコの笑顔で言う花巻先輩。


 先輩、ややこしくなるので、それくらいにしといてください……



「みんな何してるの? 楽しそうだねぇ」

 俺達が話してるところへ、職員会議に出ていた月島さんが帰ってくる。

 月島さんに、事の成り行きを説明した。


 コンピューター研究会に文化祭で使うためのパソコンを借りにいって、そこでパソコンを借りるためにゲームで対戦する羽目になったこと。

 それで今からここで特訓を始めること。


 俺の話をうんうんと頷きながら訊いていた月島さん。


「なるほどね。それなら、絶対に勝たないとね。負けたら文化祭実行委員会の沽券こけんに関わるよ」

 月島さんの目がキリッとする。


 うちの女子達って、なんでこんなに好戦的なんだろう…………


「よし! コンピューター室のパソコン持ってっていいから、ここにパソコン持ち込んで練習しなさい」

 月島さんが言った。


「私、取りに行きます」

「俺も」

 今日子と六角屋が立ち上がる。


「さあ小仙波、押し入れから長机を出して、パソコンを置く台にするぞ、手伝え」

 花巻先輩が言った。


「はい、それはいいんですけど…………」


 でもあれ?

 なんか、おかしい気がする。

 なんか、一番肝心なところで間違ってるような気がした。

 大本のところが違う気がする。



「あのう、それなら、最初からコンピューター室のパソコンを借りれば良かっただけの話ではないんですか?」

 俺は言った。


 そうだよ。

 そうすれば、こんな面倒なことにはならなかった。

 すんなりと文化祭の準備にかかれた筈だ。


 俺が言ったら、みんなの動きがピタッと止まる。



「小仙波よ。たとえ気付いたとしても、こうして盛り上がってるときに、そんなことは言うもんじゃないぞ」

 先輩が俺の首に手を回して、俺の頭を小脇に抱えた。

 先輩がもう一方の手の握り拳で俺の米噛みをぐりぐりする。


 痛いけど、先輩の脇に抱えられて、胸が当たって柔らかいし。


「もはや、パソコンなどどうでもいい。これは我が委員会のメンツの問題なのだ! 絶対に勝つのだ!」

 先輩が言った。


 あ、言っちゃった。

 パソコンどうでもいいとか、言っちゃったよ先輩。



 その晩俺は「部室」に持ち込んだパソコンで、朝方までゲームをした。


 結局、先輩にシャンプーしてもらえることはなかったけど。

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