第147話 新入生
玄関に立っていたのはまっさらな制服を着た新入生の女子だった。
身長は145㎝くらいだろうか、細身で、大人しそうな雰囲気の彼女。
セミロングの髪が、春風にさらさらと揺れていた。
まつげが長いぱっちりとした瞳で、キュッと口を結んで口角を上げてるから、小動物というか、圧倒的妹感がある。
控えめに言って、頭をなでなでしたい。
「あの、私、文化祭実行委員になりたいんですけど」
その新入生の女子が言う。
すると、応対した俺を押し退けるようにして、花巻先輩が玄関に出てきた。
「おお、新学期が始まって初日に委員になりたいと申し出てくるなど、見上げた心がけでははいか!」
先輩は玄関の土間に靴下のまま下りて、その女子の肩に手を置く。
新入生は先輩にちょっとびっくりしながら、
「あの、私、この学校の文化祭に憧れてたんです。小さい頃から父や母に連れられてここの文化祭にお邪魔してて、そこでお兄さんお姉さんが楽しそうにしてるのを見て、いつか私もこんなお祭りに参加したいって思ってました。お祭りをする方になりたいって思ったんです。だから、進路にこの学校を選んだのも文化祭実行委員になりたいからです。そのためにこの学校に入りました」
そんなふうに早口になって言った。
我が校の文化祭がこの地域全体の祭みたいになってるのは確かだけど、彼女みたいにそれで進路まで決めちゃうような子もいるのか。
「おお、なんという…………私は今、感動で打ち震えている。我らのやってきたことが間違いでなかったと、今ここで証明された。長年、文化祭に
花巻先輩が新入生の肩をがっちりと掴んだ。
いや先輩、普通の生徒は長年文化祭には携われませんが……
「委員にして頂けますか?」
新入生が訊く。
「無論である。我らは祭りを愛する者すべてに
先輩が言って、新入生が「ありがとうございます」って受けた。
「良かったですね先輩。文化祭に熱心な後継者が出来て」
今日子が何気なく言う。
「後継者?」
ところが、先輩はその言葉に引っかかったみたいだ。
「私は一生女子高生、生涯文化祭実行委員長であって、ここから去るつもりはない。後継など必要ないのである!」
髪の毛が逆立つ勢いで力説する花巻先輩。
「あ、そ、そうでしたね……」
今日子がたじろぐ。
今日子にしては珍しい失言だ。
「まあまあ」
俺が割って入った。
興奮した先輩をなだめるのに、小一時間かかる。
「とにかく、君のことは大歓迎だ。一緒に文化祭を盛り上げていこう」
六角屋が新入生に優しく言った。
「それで、君の連絡先なんだけど」
早速、メールから電話番号から、彼女の連絡先を訊いてるのは六角屋らしい。
「それであのう…………」
新入生が横を気にしながら言った。
新入生の顔の横に、文香の120㎜砲の先端が見えている。
玄関脇の中庭にいる文香が、新入生にセンサーのカメラを向けていたのだ。
各種センサーを全部彼女に向けて、彼女を透視する勢いで熱心に見てる文香。
そんなふうにいきなり砲口を向けられたら、誰だってびっくりするだろう。
「彼女はこの学校の生徒で、二年生の三石文香君だ。彼女のこと、知らないかな?」
先輩が訊いた。
「いえ、知ってます。時々、街中でお見かけしますし」
新入生が答える。
登下校時に街中を通るし、休みに商店街に出かけたりしてて、文香はもうすっかりこの街に溶け込んだ存在となっていた。
「彼女も文化祭実行委員の一員で、我らと共に文化祭を盛り立てるのだ」
「そうなんですね! 文香先輩、よろしくお願いします!」
新入生の女子が文香に向かって深々と頭を下げた。
それを訊いた文香が、
「せ、せ、せ、せ、先輩!」
って、うわずった声を出す。
「せ、せ、せ、先輩って!」
超信地旋回でぐるぐる回る文香。
中庭に土埃が立って、落ち葉が舞った。
振動で古い部室の建物が揺れる。
「先輩」って呼ばれて嬉しいのは分かるけど、大袈裟すぎる……
だけど、文香はそれでも興奮が収まらなかったらしい。
「どうしよう。嬉しいから、二、三発、撃っていいかな?」
文香の砲塔の中で、自動装填装置が動いた音がする。
「ダメだから!」
月島さんが慌てて止めた。
こんな所で二、三発ぶっ放されたら、月島さん、辞書のように分厚い始末書を書かされることになるだろう。
興奮した文香を落ち着かせるのに、また、小一時間かかる。
「さあ、それでは新入生の歓迎会だ。盛大に祝おうぞ!」
花巻先輩がエプロンを着けて腕まくりした。
「私、買い出しに行ってきます!」
「俺も行きます」
今日子と六角屋が外へ走る。
幸か不幸か、新入生には我が委員会の洗礼が待っている。
きっと今日は深夜まで焼き肉パーティーだ。
彼女は、花巻先輩と月島さんの酒癖の悪さを知ることになるに違いない。
「さあ、小仙波君、なにしてるの? 彼女に上がってもらって」
月島さんが言った。
「あ、はい」
俺はエスコート役を言い渡される。
「それで、えっと……」
そうだ、重要なことを訊いてなかった。
「あっ、まだ名乗ってませんでしたね。私、
彼女はそう言って微笑む。
文香じゃないけど、「先輩」って呼ばれるのは、確かにくすぐったい。
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