第146話 新年度

 春休みがあっという間に終わって、新年度初日の朝、俺はいつものように文香に乗って登校する。


 高校二年になってもクラスメートは変わらないし、担任も変わらなかった。

 俺達のクラスだけ、サブグラウンドに建つ格納庫のような教室っていう状況も変わらない。

 始業式を終えて教室に戻ると、そこにはいつもの面々が揃った。



 そんな代わり映えのなさに刺激でも与えたかったのか、担任の真田がホームルームで突然、

「よし、席替えをするぞ」

 そんなことを言い出す。


「えーーー!」

 だとか、

「やったーーー!」

 とか、

「めんどくせー!」

 とか、教室のあちこちから声が上がった。


 俺もできれば席替えなんてしたくない。

 だけど、席替えって言葉になんだかわくわくする響きがあるのは確かだ。

 意中の女子の隣になるかもしれない、とか、窓側の一番後ろっていう特等席を得られるかもしれない、とか、ちょっと心躍らせる。

 まあ、俺自身、席替えで幸せになったことはあんまりないんだけど。


「はい、静かに。それじゃあ、くじ引きで決めるぞ」

 真田は有無を言わさず、席替えは強行された。

 座席の番号を書いたくじを箱に入れて、それを引く方式で席が決められる。


 くじ引きの結果、俺は教室右端の列の、前から5番目の席になった。

 良いとも悪いともいえない、中途半端な位置だ。


 そしてもう一点、が隣の席になった。


「なによ、私の隣だと不満?」

 仏頂面ぶっちょうづらの今日子が言う。


 そう、今日子が俺の隣の席になったのだ。

 今日子は幼なじみだし、小学校から今まで何度か同じクラスになったことはあったけど、こうして隣の席になるのは初めてかもしれない。


「私が隣で残念でした」

 今日子がそう言って舌を出す。


「別に残念とかはない。今日子は子供の頃からずっと隣りにいて、それが当たり前だと思ってたから」

 俺がそう答えたら、

「えっ?」

 って、今日子は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。


「なんか、今日子の隣だと落ち着くとこあるし」

 今日子のことだから、隣の席になったら色々と口やかましく言うんだろうけど、基本、俺に世話を焼いてくれるわけだし、助かることの方が多い。


「へ、へ、変なこと言わないでよね」

 ところが、今日子は顔を真っ赤にして黙ってしまった。


 ん?

 俺、なんか変なこと言っただろうか?




 席替えしたことで、文香とは席が離れた。


 文香が学校に通うようになって以来、ずっと俺の隣の席にいたわけで、ちょっと心配になる。

 別に俺が文香の面倒を見てきたとか、俺がいないとやっていけないとか、そんなふうに言うつもりはない。

 逆に、授業中教師から指されたとき文香から答えを教えてもらったり、教科書を忘れたとき見せてもらったり、世話になってるくらいだし。


 でも、「クラリス・ワールドオンライン」のゲーム中で、いつも俺の後ろにくっついてくる文香のことを考えると、俺と離れた文香が少し心配になった。


 文香自身は、その体の大きさの関係で、席は替わらないことになっている(文香が最前列の席になったら、みんな黒板が見えなくなって困るだろう)。


 その文香の隣の席になったのは、文香がいつもお昼に弁当を食べる女子の一人だった。


 良かった。

 気心が知れた女子が隣になったみたいで安心する。


「なによ。文香ちゃんと離れて寂しいの?」

 俺がそっちの方を見てたら、今日子がそんなことを訊いた。


「別に、そういうわけじゃないけど……」


 文香は隣の女子と楽しそうに話している。

 隣りに俺がいなくても、大丈夫らしい。


 俺の知らないところで、文香もどんどん成長しているのだ。





「さあ諸君、新年度となった。いよいよ、我らの文化祭が目前に迫ってきたのである!」

 ホームルームを終えて部室に行くと、部室の居間には仁王立ちした花巻先輩がいた。

 先輩、今日は珍しく制服を着ている(まあ、始業式くらいは制服着てて当たり前か)。


 部室には、今日子と六角屋、文香、そして顧問の月島さんと、委員会のメンバーが全員集まっている。


「さあ、我ら文化祭実行委員会の一年の成果を見せてやろうぞ!」

 いつにも増して気合いが入ってる花巻先輩。


「一年の成果っていうか、寄付集め以外では一年間ほぼなんにもしないで部室でのんびりしてただけの気が……」

 俺が言い掛けところで、横にいた今日子が肘で俺の腕を突いた。

 今日子、こっちを睨んで余計なこと言うな、って言いたげな顔をしている。


「なんだ小仙波?」

 先輩が訊いた。


「いえ、なんでもありません」

 俺はぶんぶん首を振る。


 確かに藪蛇やぶへびだった。


「これから忙しくなるぞ。文化祭まで一秒たりとも無駄にせず、働いてもらうことになろう。諸君等の命、私が預かる。我と共に燃え尽きてくれ!」

 花巻先輩がそう言って拳を突き上げた。


「おー!」

 先輩に習って俺達も拳を突き上げる。


 ちょっと大袈裟な気がしないでもない。


 でもまあ、俺の中にもみなぎってくるものはあった。

 なんとしても文化祭を成功させたい。

 それは、今日子とか六角屋、文香も同じみたいだ。

 特に文香なんて、興奮して、超信地旋回でいつもより多く回ってるし。


 コンコン。


 先輩の演説で盛り上がってるところで、水を差すように玄関の引き戸を叩く音がした。

 一体誰だろう。

 伊織さんなら、今日は生徒会の仕事でこられないはずだけど。


「はい」

 俺が玄関を下りて引き戸を開けると、玄関の前に一人の女子が立っている。


「あのう、ここ、文化祭実行委員会の事務室ですか?」

 彼女が訊いた。

 リボンの色からして、一年生だ。


「ああ、そのとおりである。こここそ、我が『文化祭実行委員会』の事務室である。我らはここを、部室と読んでいるがな」

 先輩が居間から玄関に出て来て答えた。



「あの、私、文化祭実行委員になりたいんですけど」

 その一年生の女子が言う。

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