第142話 1/35

「さあ、小仙波君は、私に何を用意してくれたのかな?」

 月島さんが俺の前に立つ。

 普段通りのスーツ姿で、後れ毛の一本もないくらい髪をきっちりとまとめてる月島さん。

 その月島さんが、小首を傾げて子供みたいに目をキラキラさせている。


 その姿がカワイイとか思ってしまった。

 大人の女性は、こんなふうに時々可愛いところを見せてそのギャップで殺しにくるからズルい。


「これをどうぞ」

 俺は、月島さんのために用意してきた包みを渡した。


「ありがとう、開けていい?」

「はい、もちろん」


 俺が言うやいなや、月島さんがリボンを外して包装紙を剥いた。

 月島さんがリボンや包装紙をその場に散らかすから、俺はそれを片付ける。


 包みの中から出てきたのは、長四角の箱だ。

 厚紙で出来てるお菓子の化粧箱。


 月島さんがその箱の蓋を開けると、中にはクッキーが詰まっている。

 いろんな種類のクッキーが入った詰め合わせだった。


「あ、ありがとう……」

 月島さん、言いながら眉を寄せる。

 明らかに、意外だ、って顔をしていた。


「なによあんた。なんのひねりもなくて、普通のホワイトデーのお返しじゃない」

 今日子が言う。

 花巻先輩や伊織さんも頷いた。


 確かにこれは、ただのお菓子の詰め合わせで、この時期どこにでも売ってそうなホワイトデーのお返しだ。

 特別、月島さんを想って選んだようなプレゼントには見えない。


 だけど、これには仕掛けがあった。


 俺は、みんなに気付かれないように月島さんに顔を近付けてそっと耳打ちする。

「底をよく見てください」

 俺に言われて、月島さんが箱の底を調べた。


 お菓子の箱の底をめくると出てくるのは、俺が用意した各種チケットだ。


 肩叩き券。

 マッサージ券。

 部屋掃除券。

 風呂掃除券。

 トイレ掃除券。

 洗濯券。

 夕食手作り券。

 モーニングコール券。

 等々……


 それぞれ、Excelでデザインしたチケットを、プリンターで印刷して三十枚ずつ用意した。

 箱の底にはそのチケットの束が忍ばせてある。


 自衛隊での文香の開発の仕事に加えて、俺達の学校の講師もしていて忙しい月島さんのために、何をプレゼントしたらいいかって考えた結果、これらのチケットのアイディアに行き着いた。

 月島さんはお金も持ってるし、欲しい物は大抵手に入れてると思うから、物じゃなくてこんなものにしてみた。

 これなら、家の片付けが苦手な月島さんの手伝いも出来るし。


 でも、これらのチケットだけを直接渡すとみんなにバレちゃうから(一応、月島さんが自衛隊の技術将校で文香の開発責任者だっていうのは秘密になっている)、このお菓子の箱の底に隠して渡すことにした。


 なんか、賄賂わいろを送る悪人にみたいになっちゃったけど。



「ありがとう!」

 チケットの束を確認して、月島さんが言う。


「これ、なによりも嬉しい!」

 月島さんがそう言いながらお菓子の箱を抱きしめた。

 事情が分からない他のみんなは、なんで月島さんがそんなに喜ぶのか、不思議に思ったかもしれない。


「さっそく、今夜から使わせてもらうね」

 月島さんが耳打ちする。


「まずは、たっぷりマッサージしてもらおうかなぁ」

 悪戯っぽく言う月島さん。


 ちょっと、大盤振る舞いすぎただろうか。




「じゃあ次は、私かな?」

 月島さんの番が終わって、次に伊織さんが俺の前に立った。

 何回経験しても、伊織さんに視線を向けられると、たまらず目を伏せてしまう。

 眩しすぎて正面から目を合わせられない。


 そんな伊織さんへのお返しに関しても、色々考えた。

 機械好きで、将来エンジニア志望の伊織さんには、工具がいいんじゃないかとか、技術書がいいんじゃないかとか、色々ない知恵を絞った。


 その結果、俺が選んだのがこれだ。


「これ、どうぞ」

 俺は包みを渡す。

「うん、ありがとう。開けていい?」

「はい、どうぞ」


 伊織さんが包装紙を解いて包みから出てきたのは、「小さな文香」だ。

 1/35の文香の模型だった。

 それは俺が一週間かけて組み立てた。

 タミヤから出てるプラモデルの1/35二三式戦車を改造して、文香とそっくりに仕上げた。

 文香にあって二三式にないパーツは、プラ板から切り出したり、パテを盛って作った。

 実物の文香から寸法を採って作ったんだから、極めて正確な模型だ。


「冬麻君に体中の寸法を採られて、すごく恥ずかしかったんだよ」

 文香が言う。

「冬麻君、寸法を採りながらいろんなとこ触るし」

 文香、そんなふうに言うとなんか俺が卑猥ひわいなことしたみたいだからやめよう。


 塗装も実物を見てしたし、文香の前面装甲に付いてるリボンも再現してある。

 ほとんど見えないけど、車長用のハッチの内部まで作り込んであった。


 機械フェチで普段から文香に熱い視線を送る伊織さんには、この模型のプレゼントがぴったりだって考えた。


「すごい! 嬉しい!」

 伊織さんは、両手で大事そうに模型を持って、舐めるように眺める。

 まるで、高価なアクセサリーでも見るような目で、俺が作った模型を見てくれた。


 相当気に入ったみたいだ。


「ありがとう、これ、ベッドの上の棚に飾るね。これで寝るときも文香ちゃんと一緒だね」

 伊織さんが言って実物の文香を見る。

 ちょっとヤンデレ入ってる感じの視線で。


 その視線を受けた文香が、転輪一個分くらい後ずさりする。


 なんか文香、すまん。



 さて、最後はその文香へのプレゼントだ。

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