第118話 尾行
文香が校門を抜けた。
門を出てすぐに90度回頭して、キュラキュラと
近所の人達も慣れたもので、文香が公道を走ってても特に驚いたりはしなかった。
みんな文香がすぐ近くを走ることを、当然のこととして受け止めている。
時々、他県ナンバーの車に乗ってる人が、物珍しそうに見るくらいだ。
配送のトラックとか大きな車は、文香を前に路肩に寄せて道を譲ってくれた。
小学生くらいの子供は、文香を見かけて手を振って笑顔になる。
文香はそれに対して砲塔を振って答えた。
横断歩道の前では、文香が砲身を横に出して対向車の道を
これが我が街の日常の光景だ。
今日はその文香の中に、俺が乗ってないんだけど。
文香に続いて、俺もこっそり校門を出た。
文香に気付かれるといけないから、下校する他の生徒に紛れて十分な距離をとる。
制服の上にコートを着て、それについてるフードを深く被った。
さらには、文香の敏感なセンサーに感づかれないように、普段はつけないコロンをふったりする(文香は俺の匂いを記憶してるだろうし)。
そして俺は、自転車通学の同級生から借りた自転車にまたがった。
距離を縮めないように注意しながら後を追う。
俺と下校するのを断った文香が、これからどこへいくのか、確かめるのだ。
文香が秘密を抱えてるとしたら、それは月島さんから頼まれた文香の消えたお年玉の謎に通じてるんだと思う。
花巻先輩に言われたみたいに、これで文香の秘密を暴いて、その闇を知ることになっても仕方がないと思っている。
とにかく、文香が一人で何をしようとしてるのか知りたかった。
気になって仕方なかった。
言っておくけど、俺はストーカーじゃないし、今まで女子に対して一度もこんなことはしていない。
それは、誓ってもいい。
自転車に乗る俺の視線の中で、文香は制限速度を守りながらゆっくっりと進んだ。
学校の周りの文教地区から、商店街を通り過ぎて郊外へ走った。
郊外へ出ると、段々人通りも少なくなって、隠れるのに苦労するようになる。
俺は文香を見失わないよう、かなりの距離をとって追いかけた。
幸い文香は大きいから、遠くからでも視認することができる。
郊外に向けて走った文香は、宅地が並ぶ住宅街に入った。
確か、五年くらい前に山を半分切り崩して宅地分譲された場所で、100戸くらいの家が並んでいる。
中学時代の友達の家があって、俺もここへは何度か来たことがあった。
多分、ここのほとんどの住人も、三石重工と関係があると思う。
住宅街に入ると、文香はエンジンからモーターに切り替えた。
文香、こんな所で何をするんだろう?
この住宅地の中のどこかの家を目指してるんだろうか?
そこで、誰かと会うのか?
そう考えながら自転車で走ってると、突然、文香が停まった。
俺は慌てて電柱の陰に隠れる。
文香が停まったのは、一軒の家の前だ。
そこで停まって、砲塔の上のカメラを動かした。
家を注意深く観察してるみたいだ。
その家が、文香の目的地らしい。
その家は二階建てのごく一般的な建物で、四人家族くらいに丁度良さそうな大きさだった。
建ててからまだ新しいみたいで、外装や屋根も綺麗だ。
文香は、一回通り過ぎて別の角度から家を見たり、もう一度戻って玄関の辺りを凝視したりした。
だけど、チャイムを押したり、家の中の人に呼びかける様子はない。
家の中から誰かが出てくる様子もなかった。
そんなふうに、10分ほどその家の近くにいただろうか。
その家の隣の人が、門扉を開けて敷地から出て来た。
そして文香に話し掛ける。
俺の母親と同じくらいの中年女性だ。
文香はお辞儀をして、その人と話してるみたいだった。
遠すぎて、なにを話してるのか、それは聞こえない。
しばらくその人と話したあと、文香はもう一度お辞儀をして、そこから立ち去る。
女性も文香に頭を下げて、家に戻った。
文香が去って十分距離をとったところで、俺はその家の前に行ってみた。
誰の家なんだろう?
文香に何の用があったのか。
けれど、その家には表札が掛かってなかった。
窓は雨戸が閉まったままで、家の周りになにも置いてない。
生活感がまるでなかった。
文香が停まれるくらい広い駐車スペースがあったけど、そこも空っぽだ。
その後ろに見える狭い庭は、雑草が生え放題だった。
たぶんここ、空き屋だと思う。
もっと調べたかったけど、文香が遠くへ行って見えなくなりそうだったから、俺は自転車を漕いで後を追った。
その後で文香が寄ったのは、また、同じような住宅街だ。
そこでも、さっきと同じように一軒の家の前に停まって、周囲を観察するような素振りを見せた。
そして、同じように10分くらいで、そこを立ち去る。
急いでそこを確認すると、今度の家にはちゃんと人が住んでいた。
今度の家も二階建てで、「田島」って表札が出ている。
玄関の横に補助輪が付いた小さな自転車があったり、ダンボールの束があったり、雑誌や新聞の束が積んであったり、洗濯機が置いてあったりと、生活感がある。
だけど文香、こんな家になんの用があったんだろう?
窓から家の中を覗こうとしたら、中にいた中年女性と目があって、俺は逃げるようにそこを去る。
続く三件目は、郊外も郊外、隣町との境にある別荘地みたいなところだった。
山腹に、点々と家が建ってる場所だ。
文香はそこでも一軒の前に停まって、辺りを眺めた。
でも、今度の家には建物がない。
「売地」って看板が立っていて、家を取り壊したような土台だけがあった。
土台から察するのに、かなり大きな家が建っていたと思われる。
郊外だけあって、庭もかなり広かった。
空き屋に、人が住んでる一軒家に、この空き地。
ここまで文香が回った場所には共通点がなかった。
そもそも、文香はこの家々を巡ってるのか、そこに住んでいた人を探してるのか、それすらも分からない。
謎が謎を呼んで考え込む俺。
すると、文香がそこで超信地旋回して向きを変え、俺の方へ走って来る。
排気口から黒煙を吐いて、エンジンをかけた。
マズい。
考え込んでるうちに、警戒を
郊外のなにもない一本道で、文香から隠れる場所がなかった。
このまま反対方向に逃げても文香に追いつかれるし、道の右側は山の斜面で、左側は崖だ。
どうしようか、俺がまごまごしてテンパってると、後ろから猛スピードで走って来る車があった。
白いワンボーックスカーだ。
猛スピードで走って来た車は俺を追い越した所で停まって、脇のスライドドアが開く。
「乗って!」
俺は中に乗っていた人物に手を引っ張られた。
自転車ごと、車内に引きずり込まれる。
俺を乗せると、車はそのまま急発進した。
そのまま俺は、ハイエースされてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます