第119話 運転手

「乗って!」

 俺は手を引っ張られた。

 自転車ごとワンボックスカーの車内にひきずり込まれる。


 俺が乗ってすぐにスライドドアが閉められた。

 ワンボックスカーは路肩をまたぐように停まったから、角度的に文香からは見えなかったと思う。


 見ると目の前に今日子がいた。

 腕を引っ張られて、俺はその胸の中に飛び込む形になっている(今日子、ちっぱいに見えるけど、案外柔らかい)。


 やがて、向こうから走ってきた文香とすれ違った。

 ワンボックスカーは文香を避けて路肩に寄る。

 車窓に濃いスモークが張ってあって、外から中は見えない。

 見えないはずだけど、俺はみじろぎもせずに、固まったまま文香をやり過ごした。


 文香がキュラキュラと履帯りたいの音を響かせて去っていく。

 やがて、カーブを曲がって見えなくなった。


 なんとか、尾行がバレずに済んだ。



「まったく、危ないところだったじゃない」

 俺を車内に引きずり込んだ今日子が言った。


「もうちょっとで文香ちゃんにバレてたぞ」

 俺が乗ってきた自転車を車内に入れた六角屋が言う。


「小仙波君、一人で解決しようとしたらダメだよ。私達仲間じゃない。文香ちゃんの一大事は、私達の一大事なんだから。私達にも相談して」

 伊織さんがそう言って微笑んだ。


「みんな、どうして……」

 ありがとう以外の言葉がなかった。


「花巻先輩から聞いたんだよ。それで、あんたがなにかやらかさないかと思って、追いかけたってわけ」

 今日子が言う。


 花巻先輩、あのことみんなに話したのか。

 先輩は、俺が先輩の忠告を無視して文香を尾行すること、読んでいたんだろう。


「そう、その通りだ」

 運転席に座っていた人物が言った。


 運転席には、ニット帽を被ってサングラスをかけ、マスクとマフラーで完全に顔を隠した人物がいる。

 その変装のおかげで、運転席にいても文香に気付かれなかったのだ。


 その人物が変装を解く。


 サングラスとマスクを外した中から出て来た人物は、花巻先輩だった。

 先輩の不敵ふてきな笑顔がそこにある。


「小仙波、抜け駆けはいかんぞ」

 ハンドルを握ったままの先輩が言った。

 俺はてっきり、運転してるのは月島さんかと思ってた。


「っていうか先輩、車の運転できたんですね」

 先輩が運転席にいる姿が新鮮だった。

 先輩、ここまで普通に運転してきたみたいだし。


「当たり前だ。私が何年女子高生をやっていると思っているのだ。当然、運転免許証は取得済みなのである。おかみから認められて、天下の公道を車で走れるのである」

 先輩がその大きな胸を張って言った。


 何年女子高生をやってると思ってる、とか、そんなに胸を張って言えることじゃないと思うんだけど……


「まあ、久しぶりの運転で、何度もブレーキとアクセルを間違えたがな!」

 先輩がそう言ってガハハと笑う。


 今日子と六角屋、伊織さんが苦笑いした(たぶん、ここに来るまでに相当怖い想いをしたんだろう)。



「でも、どうしてここが分かったの?」

 みんな、俺と文香がいる場所をどうやって知ったんだろう。

 文香は誰にも行き先を告げてないはずだし、俺はそのどこへ行くか分からない文香を尾行していたのだ。


「あっ、それはね。私が生徒会の情報網を駆使して、街中の文香ちゃんの目撃情報から場所を特定したの」

 伊織さんが涼しい顔で言う。


「だって私、文香ちゃんが心配だったから」

 そう言って、笑顔を見せる伊織さん。


 その美しすぎる笑顔が逆に怖かった。

 もし、伊織さんと付き合うことになったら、絶対に浮気なんか出来ないと思う。

 まあ、万が一にも俺が伊織さんと付き合う可能性はないし、付き合えたとしたら、絶対に、絶対に絶対に浮気なんかしないけど。



「それで、文香君の行動はどうだったのだ?」

 運転席の花巻先輩が訊いた。


「ああ、そうでした。あのですね……」

 俺は、今まで見てきたことを説明する。


 文香は街中を巡って、空き家と、人が住んでる一軒家と、この郊外の家があった跡に来たこと。

 そこを、時間をかけてつぶさに観察してたこと。

 今のところ、それらに共通点は見つからないこと。



「なるほどな」

 先輩はそう言って目をつぶった。

 ワンボックスカーは路肩に停めたまま、ハザードを出してある。


「文香ちゃん、なんでそんな所を回ってるんだろうね」

 伊織さんも、今日子も六角屋もうなった。


 文香を尾行して、なにか闇を見てしまうかと思ってたのに、文香が立ち寄ったのは造作もない場所だった。

 それだったら、俺との下校を断ってまで見て回らずに、一緒に行ってもよかったし。

 それとも、この場所になんか意味があるんだろうか?



「文香ちゃんがゲームに重課金してるかもしれないって話だったよね」

 今日子が言った。

「ああ」

 俺は頷く。


「だったら、たとえば文香ちゃん、誰かからゲームのアイテムを買って、それでお金を払ってもアイテムをもらえなかったとか、そういうトラブルでもあったんじゃないの?」

 今日子が続けた。


「なるほど……」

 RMT、いわゆる、リアルマネートレードってやつか。

 ゲーム内のアイテムとか、キャラクター、アカウントなんかを現実の通貨で売買する行為だ。


「アイテムを買った相手が架空の住所を教えて、文香ちゃんがお金を取り返そうとそこを巡ってたってこと?」

 六角屋が訊いた。

「うん」

 今日子が頷く。


 だから文香、なんの共通点もない住所を点々としてたのか。


「誰かに騙されたとしたら、文香ちゃん、可哀想。人間不信にならないといいけど」

 伊織さんが悲しそうな顔をする。


 そうだとしたら、許せない。

 絶対に。



「いや、文香君は騙されてなどいないぞ」

 それまで黙って俺たちの話を聞いていた花巻先輩が目を開いた。


「えっ?」


「考えてもみたまえ、文香君はそんな詐欺さぎに引っかかるほどおろかではない。それに、RMTの相手がこの近所に住んでいるというのは、偶然がすぎるであろう」


 確かに、先輩の言う通りだ。


「それじゃあ先輩、文香ちゃんがあの家々を回ってた理由、分かったんですか?」

 六角屋が訊いた。


「ああ、無論である」

 先輩、自信たっぷりに頷く。


「簡単な話ではないか。小仙波、答えは君の話の中にあったぞ」

 先輩が言う。


「えっ?」


「小仙波の話を精査せいさすれば、おのずと答えが出てくるのである」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る