第114話 セレクトショップ

「お待たせ」

 待ち合わせの駅で待ってると、そんなふうに声をかけられた。


 振り向くと、そこに六角屋が立っている。

 俺に向けて爽やかに微笑みかけてきた。

 黒いチェスターコートに白のパーカー、ダークグレーのパンツ、っていう私服姿だ。


「じゃあ、行くか」

 六角屋が言った。

「ああうん、頼む」

 俺は頭を下げる。



 日曜日の今日、俺は六角屋と連れ立って服を買いに行くことになっていた。

 先日、部室でお年玉の使い道をみんなで話してたとき、今日子が俺に、彼女を作りたいなら服を買えとか言って、みんなの前でそうすることを約束させられた。

 俺のお年玉の使い道が、勝手に決められてしまった。


 さらには、

「あんたが一人で行くと、また同じようなシャツを買うだけだから、六角屋君についていってもらいなさい」

 って、今日子が勝手に決めた。

「あんたはほっとくといつまでも買いに行かないから、こっちで日程も決めさせてもらうね」

 とか言って、六角屋から予定を訊いて行く日付まで決めてしまったのだ。

 まったく、今日、俺に予定があったらどうするつもりだったんだろう(まあ、基本日曜日は空いてるけど)。


 そんなことするから、花巻先輩に世話焼き女房とか、からかわれるのに……


 とにかく、そんなわけで俺は六角屋と待ち合わせをしていた。

 寒いのに日曜の朝起きて、こうして外に出ている。



 そのまま、二人で電車に乗って、急行が止まる大きな街まで出掛けた。


「俺がよく行く店でいいよな?」

 六角屋が訊く。

「うん、任せる」

 元々、おしゃれな服屋なんて知らないし。


 六角屋が案内したのは、駅前の通りから少し外れたところにあるセレクトショップだった。

 黒を基調にしていて照明も抑えめな、大人っぽい店だ。


「ここ、普段俺が服を買う店だから」

 六角屋はそう言って、迷うことなくその店に入っていった。

「う、うん」

 俺は慌ててついていく。

 普段の俺なら気後れして絶対に入れないと思う。

 前に一度、こういうセレクトショップに勇気を出して入ろうとして、店員さんと目が合った途端、そのまま回れ右して帰ったことがある。


 六角屋は店員さんと無言で会釈して、目的の棚を目指した。

 自然で、常連って感じだ。


「小仙波には、こういうラインがいいんじゃないかな」

 六角屋はそう言って、ジャケットやシャツ、パンツを合わせてくれた。

「う、うん」

 俺は、従うしかなかった。


「変に流行を追ったりしないで、こういう定番の服なら外れはないし、ずっと着られるからさ。とにかく、さっぱりと清潔にしとけば間違いない」

 服を選びながら六角屋が言う。


 六角屋は話し掛けてくる店員さんとも気さくに会話をして、何パターンかのコーディネートを作った。

 なんか、すごく手慣れた感じだ。


 今日子から強引に頼まれて、六角屋のほうだって面倒臭いんだろうけど、それでも真剣にコーディネートしてくれる。

 決して、やっつけ仕事でいやいやしてるとかじゃなかった。


 六角屋は、女子に対してもこういうふうに真面目に、真剣に向き合ってるんだろうって思った。

 一人一人にまめに気を遣ってるに違いない。


 六角屋が女子から人気がある理由が、分かる気がした。



 俺は、六角屋に言われるままに服を選んで、それをレジに運ぶ。

 うわ、高。

 会計で、お年玉が半分消えた。


 これが、彼女を作るための、産みの苦しみなのか…………



 店を出て、ファミレスで六角屋に昼ご飯を奢った。

 付き合ってくれたことへのお礼だ。


「なあ、小仙波」

 食事をしながら話してたら、六角屋が急に真剣な顔になった。


「ん、なに?」


「お前と源って、幼なじみなんだよな」

 六角屋がそんなことを訊く。


「まあ、そうだけど」

 今日子とは、生まれたときから家が隣同士だったっていう、いわゆるくさえんだ。


「それが、どうかしたか?」

 俺は六角屋に訊く。


「なんか、二人の間で決めてることとか、あったりするのか?」


「決めてることって?」


「小さいときに、約束してることとか」


「小さいときに約束してること? 別に、ないけど。どうして?」

 急に、なんでそんなこと訊くんだろう?

 それにしても、小さいときの約束って?


「いや、別にいいんだ」

 六角屋はそう言って爽やかな笑顔を見せた。

 俺が女子だったら、キュンとしちゃっただろう。


 でも、その時の六角屋は、なんか変だった。



 昼ごはんを食べたあと、街をぶらぶらして、お互いに買い物をしたりして、暗くなる前に帰る。


「それじゃあ」

 相変わらず、爽やかな笑顔で言う六角屋。


「うん、今日は、わざわざありがとう」

 俺は丁寧に頭を下げた。




 六角屋と別れて家に帰る。


 寒いし、早く家に帰って文香の中に籠もってゲームでもしようと思った。

 あそこは暖かいし、座り心地がいい椅子があるし、おやつも飲み物もあって、絶対に切れることがない最強のネット回線が整っている。


 そして、一緒にゲームをしてくれる文香もいる。

 なんのゲームをするにしても、文香とは気心が知れていて、以心伝心いしんでんしんでサポートしてくれるから、最高のパートナーなのだ。



 俺は家路を急いだ。


 ところが、あと一つ角を曲がれば家が見えるってところで、後ろから来た車が俺の前を塞ぐように路肩に停まる。


 2シーターのスポーツカーだ。


 運転席にいるのは、月島さんだった。

 月島さん、シートに座ったまま窓を開ける。


「冬麻君、乗って」

 月島さんが急かせるように言った。


「えっ? どうしたんですか?」

「いいから、乗りなさい」

「は、はい……」

 俺は、戸惑いながらドアを開けて助手席に収まる。

 すると月島さんは、少し乱暴にアクセルを踏んで車を発進させた。

 家とは反対方向に車を走らせる。


「あの、どこに行くんですか?」

 俺は訊いた。


 もう夕方だし、これから出掛けるには遅いと思う。


「うん、ちょっとね」

 運転しながら、チラッとこっちを見た月島さん。

 月島さん、なんか、思い詰めたような顔をしている。


「二人で落ち着ける所へ行きましょう」

 月島さんがそんなことを言った。


「二人っきりになれる所へ行きましょう」

 月島さんが続ける。


 えっ?


 あの、いや、そんな。


 まだ俺、なんの準備もしてないし…………

 心の準備が、全然出来てないし。

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