第113話 鏡開き

 正月も十五日になって、俺達は部室で鏡開きをした。

 文化祭実行委員のメンバーに加えて、顧問の月島さんと、もう実質メンバーじゃないかって思われる伊織さんもいる。

 部室の床の間に供えていた鏡餅を、みんなで割った。


 割った餅は、さっそくお雑煮とお汁粉になる。

 そして最後に花巻先輩が油で揚げてくれて、欠餅かきもちにもなった。

 みんなでちゃぶ台について、それを味わう。


 文香はそんな俺達のこと、中庭から見ていた。


「こうやって、ちゃんと季節の行事をやるのはいいものですね。冬休みが終わってもお正月気分を味わえるし」

 伊織さんが言う。


「そうだろう、そうだろう」

 伊織さんに褒められて、花巻先輩は深く頷いてご満悦だ。


「そうですよね。成人式に出るみたいな晴れ着の人が外を歩いてたり、まだ、正月なんですよね」

 六角屋が言った。


「あれ? そういえば、先輩って成人式には出たんですか?」

 俺は何気なく訊く。

 先輩は二回留年して文化祭実行委員長をしているわけだから、当然その年齢には達しているはずだ。

 お祭り好きな先輩のことだから、成人式を見逃すわけないだろう。

 もしかしたら、会場で大暴れしたのかもしれない。


「成人式などと、何を言っているんだ小仙波、私は十七歳だ」

 先輩が言った。

 真顔で言った。

 表情に1㎜の迷いもなかった。


「私は十七歳だ」


「…………」


「私は十七歳だ」


「…………」


 すごく大切なことだから三回言ったらしい。


「私は十七歳だ」


「…………」


「私は十七歳だ」


「…………」


「先輩は、十七歳です」

 俺は答えた。


「うむ、よろしい」

 花巻先輩が頷く。


 なんか俺、洗脳されたみたいになってきた。

 たぶん、先輩も「永遠の十七歳」っていう属性を得た一人なんだろう。



「こうやって温かいものばかり食べてると、冷たいものも欲しくなるね。暖かい部屋で冷たいもの食べるのって醍醐味だいごみじゃない」

 月島さんが話題を変えてくれた。


「あっ、私、そんなこともあろうってアイス買ってきました。冷蔵庫に入れてあります。どうぞ、食べてください」

 今日子が言う。


 今日子のくせに、気が利いていた。


「食べちゃっていいの?」

 月島さんが訊く。


「いいんです。お年玉もあるし、今、ちょっとリッチだから」

 今日子が言った。


 確かに、正月休みを越した俺達は、親戚周りから回収したお年玉でちょっとリッチになっている。

 特に俺は今年、月島さんからもお年玉をもらっていた(月島さん、仕事が忙しくて使う暇がないから、とか言って、かなりの額を包んでくれた)。


「それじゃあ、遠慮なく」

 月島さんが台所へアイスを取りに行く。


お年玉はしこたまもらっているが、皆は、何に使うんだ?」

 花巻先輩が訊いた。


「私はお洋服買ったり、美味しいもの食べたり……」

 今日子が言う。


 そうだった。

 小さい頃から、今日子はお小遣いを大胆に使う派だった。

 いつまでも使い道に迷ってる俺は、今日子に上手いこと丸め込まれて、使われたりした。


「僕は、友達との会食費用に」

 六角屋が言う。

 六角屋の言葉を翻訳すると、女子とのデート費用ってことだ。


「私は、今年こそ、CNC旋盤せんばんを買おうと思っています」

 伊織さんが言った。

 CNC旋盤とはもちろん、「Computerlized Numerical Control 旋盤」のことだろう。

「ちゃんと、アルミも切削できる機種を買いたいです」

 伊織さん、どこへ向かっているんだ……



「小仙波は?」

 先輩が訊く。


「俺は、えっと……」


「あんたこそ服にお金をかけなさいよ」

 今日子が言った。


「今年こそ彼女作るんでしょ? だったら、いつも着てる一張羅いっちょうらのシャツとジーパンだけじゃなくて、ちゃんとおしゃれな服装をしなさい。女の子といて恥ずかしくないカッコをなさい」

 今日子にうるさく言われる。


「はははは、源は、小仙波の世話焼き女房みたいだな」

 花巻先輩が言った。


「ち、違います!」

「ち、違います!」

 俺と今日子が同時に抗議する。


 まったく、今日子が俺の女房とか…………


「そういう先輩は、何に使うんですか?」

 六角屋が訊いた。


「うむ、私はだな……」

 先輩が一呼吸おく。


「私は、お年玉で化粧まわしを作ろうかと思っている」

 みんなの注目を集めたところで先輩が言った。


「化粧まわしって、あの、お相撲さんがするやつですか?」

 俺が訊く。


「その通り! 今年の文化祭の開会の挨拶は、その化粧まわしを着けて出ようと思うのだ。今まで誰もやったことがない派手な登場となるだろう。皆、驚いて祭も盛り上がること間違いなし。開会直後から最高潮だ」

 花巻先輩、腕組みしてその情景を想像し、えつに入っている。


 やっぱり、この人は規格外だ。


 確かに、先輩が化粧まわしで舞台に上がったら盛り上がるだろう。

 だけど、教師陣に止められて文化祭が一発で中止になると思うから、せめて上には何か着てほしい。



「そういえば、文香ちゃんはお年玉もらったの?」

 今日子が中庭の文香に訊いた。


「うん! もらったよ」

 文香が砲身を上下させて頷く。


「いくらもらったの? たくさんもらった?」

「えーとねぇ…………秘密」


 文香は中々明かさない。


 俺が知る限り、文香は月島さんとうちの父親からは確実にもらっている。

 他にも、点検で三石の工場に戻ったとき、そこで技術者の人からもらってるかもしれないし、隣接する自衛隊の基地で幹部の人からもらってるかもしれない。


「なによぅ、教えなさいよ」

「駄目」

「それじゃあ、最初の桁だけ」

「今日子ちゃんが教えてくれたら、教えてあげる」


 今日子と文香が言い合った。

 なんか、頬が緩む。

 二人がこんなふうにじゃれ合う仲になれたのかと思うと、感慨かんがい深い。


「それで、文香君はそれを何に使うんだ?」

 花巻先輩が訊いた。


「それも、秘密です」

「ぐぬぬ」

 文香、先輩にもすげない。


「いいじゃない。秘密が多い女子は、ミステリアスで魅力的だもの」

 月島さんがそんなことを言って笑った。



 このときはこんなふうに笑い話になったけど、後日、文香のお年玉の使い道が、大問題になることを、俺達はまだ知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る