第88話 発掘

「これは、なんでしょう?」

 文香が庭の一点を指している。


 120ミリ滑腔砲かっこうほうの砲身に高圧洗浄機のノズルをくくりつけて、部室の外壁や庭を掃除していた文香。


 文香の投げかけに、部室の中で掃除をしていたみんなが庭に出る。

 そして、文香が指している中庭の一点を囲んだ。


 そこだけ地面がえぐれて水たまりになっている。

 直径1メートルくらいの水たまりが出来ていて、水面から土に埋まった重々しい鉄の塊が頭を出していた。


「お庭のバーベキューコンロを綺麗にしようとして、高圧洗浄機の水流を当ててたら、ターゲットが少し外れて、土が削れちゃったんです。そしたら、土の中からこんなのが出てきて…………」

 文香は、砲塔を左右に動かして戸惑ってるみたいだった。


 文香が事情を話してるあいだに水が地面に染み込んで、鉄の塊が露わになる。

 その塊は丸い形をしていて、かなり分厚い鉄板で作られていた。

 塊は、土の下までもっとずっと続いてるらしい。


「よく、校庭にタイムカプセルを埋めたりするけど、それじゃないかな?」

 今日子が言った。

 確かに、ここは学校の敷地内ではあるし、その可能性はある。


「うん、でも、学校で埋めるようなタイムカプセルを、こんな分厚い鉄板で作るかな?」

 六角屋が眉を寄せた。

 俺も、小学校のときクラスでタイムカプセルを埋めた経験があるけど、それはブリキ缶くらいのちゃちな物だった。


「ふはははは。面白くなってきた。よし、とりあえず周囲を掘ってみようぞ! お宝を掘り当てたかもしれん!」

 花巻先輩が腕まくりする。


 先輩、目がキラキラしていた。

 さすがはお祭り女…………


 先輩に言われて、部室の物置小屋や体育倉庫から五人分のスコップを集めてきた。


 みんなでその円形の土の周りを掘ってみる。


 円形の直径は50センチくらいだろうか。

 掘るとき間違って鉄にスコップの先端が当たると、じんと手がしびれた。

 ホントに分厚い鉄板で、見た目以上に頑丈に出来てるらしい。


「一体これはなんなんだろうな」

 少し掘ったところで、先輩がぺしぺしとそれを叩いた。



「もしかしてこれ、不発弾とかだったりして」

 今日子が言った。

 その声がちょっと震えている。


 んっ?


 そういえば、この街には昔から三石重工の工場があるから、戦時中は空襲があったって聞く。

 前にも、道路工事中に不発弾が発見されて、処理のために周辺が閉鎖されたことがあったし。



 花巻先輩が、ぺしぺし叩いていた手を止めた。



「あっ、そういば先生、ちょっと用事を思い出したかも。そうそう、教頭先生に呼び出されてたんだっけ」

 月島さんが言う。

 そして、静かにスコップを置いてきびすを返した。


「先生、逃げないでくださいね」

 俺は、月島さんの割烹着かっぽうぎの裾を引っ張る。

「意地悪」

 月島さんが涙目で言った。



 俺達は、ゆっくりと後ずさりしてそれから離れる。

 そして、文香の影に隠れた。

 文香の装甲の後ろにいれば、不発弾くらい大丈夫な安心感がある。


 文香、改装して、アクティブ防御システム搭載したって言っていたし。



「こんにちは」

 そんなタイミングで、誰かが部室を訪ねてきた。


 そのフルートの音色みたいな声は、伊織さんだ。

 制服のセーラー服姿で、上にグレーのコートを羽織ってる伊織さん。

 こんな切迫せっぱくした状態だけど、やっぱり伊織さんは美しい。


「生徒会室の大掃除が早く終わったので、こちらを手伝おうと思って来たんですけど……みなさん、なにしてるんですか?」

 文香の影に隠れている俺達に伊織さんが訊いた。


「伊織君、君もこっちに来たまえ」

 花巻先輩が声を潜めて言う。

 なぜ声を潜めるのかは分からなかったけど。


「えっ? どうしたんですか? あれ? これなんですか?」

 伊織さんが庭の鉄の塊に気づいた。


「もう! 地面にゴミを埋めて不法投棄とか、そんなことしたらダメですよ。生徒会の役員として、見過ごすわけにはいきません!」

 伊織さんはそう言うと、俺達が放り投げたスコップを手にとって鉄の塊をペしペし叩いた。


「い、伊織さん!」

 俺達は顔を引きつらせながら言う。



「あれ? これって…………」

 それをぺしぺし叩いてた伊織さんが、首を傾げた。

 そして、それに顔を近づけて覗き込む。


「これって、戦車のハッチじゃないですか?」

 伊織さんがそんなことを言った。


 えっ?


 伊織さんは、俺達が止めるのも聞かずにその円形の鉄の塊の周りを掘り始める。

 すると、その下からさらに大きな鉄板が現れた。


「ほら、やっぱりこれ、戦車の砲塔の上部ハッチですよ」

 伊織さんが言う。


 確かにそれは、俺が普段文香に乗るときに出入りする車長席のハッチそっくりだ。

 少なくとも、不発弾とかじゃないのが分かった。


 俺達は、隠れていた文香の影から出る。

 そして、恐る恐るそのハッチらしい部分の周りを掘ってみた。


 しばらく掘ると、ハッチの下には、かなり大きな鉄板が埋まってるのが分かった。

 ちょうど、文香のハッチの下に砲塔があるみたいに、その下も広い鉄の箱になっている。


 みんなで手分けしてさらに掘り進むと、それが六角形をしてるのが分かった。

 普通の乗用車くらいある、大きな六角形だ。


「これ、もしかして…………」

 伊織さんが声を震わせた。

 その大きな瞳を更に大きく見開く。


「これって、もしかして、四式中戦車チトじゃないですか!」

 伊織さんが珍しく取り乱して、悲鳴みたいな声を上げた。


 ん?

 四式中戦車?

 チト、ってなんですか?

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