第89話 幻

「これ、もしかして…………」

 部室の中庭に埋まっていたそれを見て、伊織さんが声を震わせた。


「これって、四式中戦車チトですよ!」

 伊織さん、珍しく取り乱していて、悲鳴みたいな声を出す。


 四式中戦車?

 チト?


 一体何のことか、まるで分からない。



 俺達が地中から掘り出した金属の箱は、長細い六角形をしていた。

 突っつくとスコップの先端が折れ曲がってしまいそうな、分厚い鉄板で囲まれた箱だ。

 その箱の上面に丸いハッチが付いている。

 箱はまだまだ下に続いていて、地面には相当大きな物が埋まってるのが分かった。


「あの、四式中戦車って、なんですか?」

 俺は伊織さんに聞く。


「なにを言っているの小仙波君!」

 伊織さんが俺の両肩をがっちりとつかんで言った。

 怒られてる感じだけど、伊織さんに見詰められて悪い気はしない。


「四式中戦車といえば、先の大戦中、当時のこの国の技術のすいを集めて作った最強の戦車じゃない。それまで歩兵戦車ばかりだった我が国が、列強の戦車と対戦車戦をするために開発した初めての戦車。それは常識でしょう?」

 伊織さんが俺に顔を近付けてきた。

 その圧が強い。


 っていうか、それ、全然常識じゃないと思うんだけど。

 大抵の人は初めて聞く話だと思うんですが……


「四式中戦車は、この国の技術を語る上で欠かせない存在なの。それが地下から出てきたってことは、大変なことなの」

 伊織さん、鼻息が荒い。

 関係ないけど、伊織さんって、鼻息まで桃の良い香りがした。


 そういえば、伊織さんが無類の機械フェチってこと、すっかり忘れてた。



「それじゃあ、この戦車は私のご先祖様なんですね!」

 文香が言った。

 確かに、文香はその戦車からの系統にいるのかもしれない。


「わあ、私のご先祖様だ!」

 興奮した文香がその場で超信地旋回ちょうしんちせんかいしてくるくる回った。


 文香、土埃つちぼこりが立つからやめよう……



「これが伊織さんが言う四式中戦車だとして、どうしてこんなところに埋まってたのかな?」

 六角屋が言った。

 六角屋も、これに関してはまったく要領を得ないみたいだ。


「四式中戦車は陸軍の最高機密の試作戦車で、実際に軍に引き渡されたのは二輌だけなの。そのうちの一輌は戦後に米軍に接収されて、アメリカに運ばれたあと行方不明になった。もう一輌は、静岡県の浜松市、猪鼻湖いのはなこっていう湖に沈められたって言われてる。終戦直前、この秘密兵器をアメリカ軍に渡さないように隠そうとしたんだね。最近になって湖底に沈んでるそれを引き上げようって、色々な調査が行われたんだけど、残念ながらいまだに見つかってないの」

 伊織さんが詳しく説明してくれる。


「それじゃあ、その、湖に沈んでるはずの戦車がこれってこと?」

 今日子が訊いた。


「うん、その可能性もあるけど、四式中戦車は軍に引き渡された二輌の他に、工場内で十二輌が完成していたとか、六輌が完成してたとか諸説しょせつあって、実際に何輌が存在していたのかは分かってないの。この街には戦前から工場があるから、もしかしたら、軍に引き渡されずに工場に残ってた個体がこれってことなのかもしれない」


 湖に沈められた一輌のように、これも秘密兵器を隠すために、ここに埋められたってことなんだろうか。

 ここは戦前からずっと学校の敷地で、今まで誰にも掘り返されなかったから、そのまま残ってたってことか。


「これって大発見ですよね。文香ちゃん、お手柄だよ」

 六角屋が言った。

 これは、高圧洗浄機で庭掃除をしていた文香が偶然見つけたのだ。


「そ、そんなことないです」

 喜んだ文香がその場で超信地旋回してくるくる回る。


 だから文香、土埃が立つからやめよう……



「これがホントにその戦車だったら、幻の戦車発見って大騒ぎになるんじゃない? 取材とか来ちゃうかもよ」

 今日子が言った。


「そうだね。もう少し掘って、全体が分かるようにしようか?」

 六角屋が言う。




「いや、諸君、ちょっと待ちたまえ」

 それまで黙っていた花巻先輩が、静かに言った。


 先輩のこの沈黙。

 なんか、嫌な予感がする。


「この発見は、しばらく伏せておこう」

 腕組みした先輩は含みがある顔をしていた。


「えっ? どうしてですか?」

 俺はびっくりして訊く。

 先輩のことだから、お祭り騒ぎになるって大喜びだと思ったのに。


「うむ、しばらく伏せておいて、我々だけでこの戦車を発掘し、そして、レストアしようではないか」


「私たちだけで? ですか?」

 今日子も六角屋も不思議がっている。


「この発見が伊織君の言うような大発見であるなら、相当大きなニュースになるだろう。マスコミが集まり、見物人もここに押し寄せるであろう。文字通り、お祭り騒ぎとなるはずだ。そこで、我々だけでこれを発掘して、発表は来年の我が校の文化祭にて行うのだ」


 ああ…………


「文化祭直前に発見の報を流し、文化祭で展示するとすれば、大きな話題となって、これを見るために人が押し寄せるであろう。我が学園史上、最大の祭になることは間違いない。我が校の文化祭はこの街をあげての祭だが、これで、全国から人が押し寄せる、全国区の祭典となるに違いないのだ!」

 先輩がしたり顔で言った。

 先輩、割烹着かっぽうぎの下でも分かる大きな胸を、もっと張る。


「この花巻そよぎが仕切る、一世一代の大祭となるであろう」

 先輩はそう言って、ふははは、と大声で笑う。



 まったく、この花巻先輩って人は…………



「ということで、山崎先生、その方向でよろしくお願いします」

 花巻先輩がいきなり月島さんの方を振り向く。


「山崎先生は、各方面にお顔が利くらしいので、きっと、上手く事を運んでくださるでのしょう?」

 先輩が意味ありげな目で月島さんを見た。


「え、ええ、まあ…………」

 月島さん、口の端が引きつっている。


 教師であり、自衛隊の将校である月島さん。


 これからまた、月島さんも気苦労も増えそうだ。



「ご先祖様! ご先祖様!」

 文香が無邪気に超信地旋回している。


 だから文香、土埃が立つからやめよう……

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