第83話 ホワイトクリスマス
クリスマスで
正確に言うと、文香のアバターになってくれた伊織さんと三人で、ってことなんだけど。
クリスマスだし、年末だし、街は大勢の人で賑わっていた。
家族連れや、忙しそうに働く人もいたけど、やっぱりカップルの姿が目立つ。
イルミネーションで飾られた街を、みんな楽しそうに歩いていた。
そんな人込みの中を行くと、みんなが俺と伊織さんを
気がするだけじゃなくて、通り過ぎたあと振り返ってあからさまに二度見する人もいた。
俺みたいなのと伊織さんが歩いてるのに、みんなびっくりしてるんじゃないかって思う。
白いふわふわのニットにライトグレーのコートで、赤いチェックのスカートを穿いた大人っぽい伊織さん。
それに比べて俺は、いつも着てる紺のダッフルコートで、代わり映えがしなかった。
ただでさえ俺と伊織さんでは釣り合ってないのに、もう、なんで一緒にいるの? って感じだ。
「ほら小仙波、もっと自信を持って胸を張れ」
耳につけている超小型のイヤフォンから、花巻先輩の声が聞こえる。
俺と文香のこのデートは、アバターになってくれてる伊織さんだけじゃなくて、花巻先輩や今日子、六角屋と月島さんも見ていた。
なにかあったときのために、月島さんの車に乗った四人がすぐ近くにいるはずだ。
イヤフォンで、俺は四人からの助言を受けられるようになっていた。
「そうだぞ、小仙波。
六角屋の声も聞こえる。
そうは言っても、俺の隣にいるのは伊織さんなのだ。
堂々となんて、出来るはずもない。
それに、文香も人間の体でデートするのは初めてかもしれないけど、俺だって人間の体をした女子とデートするのは初めてなのだ。
「わぁ、カワイイ」
並んで歩いてたら、伊織さんが雑貨屋のショーウインドーに駆け寄った。
つまり、文香が駆け寄った。
そこに並ぶサンタクロースの置物に目を輝かせる伊織さん(文香)。
ショーウインドウに気をとられる姿は、子供みたいだった。
文香は、そうやってクリスマス仕様のショーウインドーを何軒もはしごする。
伊織さんは、そんな文香の身代わりとなって、見事にそのアバターを演じてくれていた。
そんな仕草を見てると、伊織さんが段々とララフィールのアバターの文香に見えてくる。
ララフィールの文香が、ゲームの世界から現実の世界に飛び出したみたいだ。
女子がショーウインドーを見て回る後を付いていくだけなのに、それがこんなに楽しいとは思わなかった。
一緒にいる女子が笑ってるだけで自分が楽しい。
こんなの、彼女いない歴=年齢の俺には分からなかった発見だ。
歩いてたら、前から来るカップルが、手を握り合ってるのが見えた。
それも、恋人繋ぎでだ。
「あのね。冬麻君……」
それを見た文香がなにか言いたそうにしていた。
「あのね…………」
文香の動きに従ってモジモジする伊織さん。
文香、なにを言いたいんだろうって考えてたら、
「馬鹿ね。文香ちゃんはあんたと手を
イヤフォンから今日子の声が聞こえた。
ああ、そういうことか…………
「ホント、超がつく鈍感なんだから。超超超超超超超超鈍感なんだから」
悔しいけど、今日子に言い返せない。
「手、繋ごうか?」
俺はそう言ってみた。
声が完全に裏返っている。
「いいの?」
「うん」
そうは言ってみたものの、いざ、伊織さんの手を取ろうとしたところで、尻込みしてしまった。
目の前にいるのが文香とか、伊織さんとか、どっちにしても、女子の手を自分から握るなんてハードルが高すぎる。
それだから、俺が中々手を繋げないでいると、いきなり、伊織さんのほうから俺の手を握ってきた。
つまり、文香が握ってきた。
文香、案外積極的な子だったらしい。
俺達は恋人繋ぎで手を繋いだ。
成り行き、俺と伊織さんの距離が縮まる。
お互いの肩が触れ合った。
「冬麻君の手、温かいね」
文香が言う。
伊織さんは手に温度や触感のセンサーをつけてるわけじゃないけど、視覚からの情報で、文香には疑似の感覚が送られてるらしい(月島さんが説明してくれた)。
「冬麻君の手、温かくて、ぽかぽかする」
そう言って、握る手の力が強くなった。
一方で、伊織さんの手は冷たい。
両手で握って温めてあげたいくらいに冷たかった。
だから俺も、その手をギュッと握り返す。
二人で手を繋いで歩いてたら、今にも降り出しそうだった空から雪が降ってきた。
ひらひらと、花びらみたいに軽い雪が舞い降りてくる。
「ホワイトクリスマスなんて、ロマンチックだね」
文香が言った。
「うん」
これは本当のサンタクロースからのプレゼントだと思う。
雪の中をしばらく歩いて、俺達はアーケードに入った。
「ほら、ハンカチで雪を払ってあげなさい」
今度は月島さんから指示が出る。
俺は言われた通り、伊織さんの肩に乗った雪をハンカチで払った。
「ありがとう」
文香が言って、伊織さんが微笑んでくれる。
アーケードをしばらく歩くと円形の広場があって、真ん中にクリスマスツリーが立っていた。
アーケードの天井まで届くような、大きなクリスマスツリーだ。
無数のLEDライトとオーナメントで飾られたツリーはまばゆいばかりだった。
みんながその前で写真を撮っている。
広場には外周に沿ってベンチが置いてあって、カップルが座ってツリーを眺めながら語り合っていた。
「一つベンチが空いてるでしょ? さっきまで私と六角屋君が座って確保しておいたんだから、そこに座りなさい」
イヤフォンから今日子の声が聞こえる。
俺達のために、至れり尽くせりだ。
「座ろうか?」
俺が言うと、文香が頷いた。
「綺麗だね」
「うん、綺麗」
並んで座って、文香とツリーを見上げる。
しばらく黙ったまま二人でツリーを眺めた。
眺めながら、文香になにか話を振らなきゃとかも思った。
このままだと、また、今日子や六角屋からうるさく言われそうだ。
すると、対面に座ってるカップルが、いきなりキスをするのが目に入った。
恥ずかしげもなく、自然にキスをする。
伊織さんがそれをガン見していた。
伊織さんがガン見してるってことは、文香がガン見してるってことだ。
あれ?
これって、文香がキスをしたいって思ってるってことだろうか。
俺は、イヤフォンから今日子に怒鳴られる前に、伊織さんにキスをするべきなんだろうか?
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