第82話 サンタのプレゼント

「冬麻君、分かる? 文香だよ」

 文香が言う。

 正確に言うと、文香のアバターとして伊織さんが頭に装着しているヘッドセットのスピーカーから声が聞こえた。


 文香の声は震えている。

 目の前にいるのは伊織さんだけど、ララフィールのアバターのはかなげな文香がそこにいるみたいだった。

 今まで、頑丈な装甲に包まれて、120㎜滑腔砲かっこうほうっていう圧倒的な力を持ってたのが、人間っていう壊れやすい体になって、丸腰で世界に放り出されたんだから無理もない。



「とにかく上がって。俺の部屋に行こう」

 俺は言った。

 伊織さんみたいな女の子がクリスマスに俺を訪ねて来たのを見たら、うちの母がショックで倒れちゃうかもしれない。


「う、うん」

 文香の声が返事をして、玄関の土間から伊織さんが靴を履いたまま家に上がる。


「ほら、靴を脱がないと」

 俺は注意した。


「あっ、ごめんなさい!」

 文香が慌てて靴を脱ぐ。

 っていうか、伊織さんが脱ぐ。


 教室では履帯りたいのままだし、靴を脱ぐっていう習慣がない文香には無理もなかった。

 文香の命令とはいえ、靴のまま家に上がった伊織さんが、俺に対してすまなそうな顔をしている。



「おじゃまします」

 そう言って俺の部屋に入る文香。

 文香がそうしたらしく、ヘッドセットをつけた伊織さんが部屋を見回す。


「男子の部屋に入るの初めてだから、ちょっと緊張して…………」

 文香が言った。


 男子の部屋に入るの初めてだから、って、男子高校生が意中の女子を部屋に招いたとき言ってほしいセリフ、5位くらいに入ると思う。

 意中の女子が自分の部屋に来てくれた嬉しさと、その女子が初めて入る男の部屋が自分の部屋っていう優越感と。


「冬麻君の部屋ってこんな感じなんだね」

 文香の声は、戸惑いと好奇心が入り交じった感じだった。


 この部屋に、文香と伊織さん、二人の女子がいると思うと緊張する。


「いつも、ドローンとか音響センサーとかで部屋をスキャンしてるけど、実際入ると、細かい所までよく分かるね」

 部屋を注意深く観察しながら言う文香。


 文香、ドローンとか音響センサーで、俺の部屋の中を見てたのか…………


「とりあえず、座って」

 俺は、部屋の真ん中にあるテーブルの前にクッションを置いて勧めた。


「う、うん」

 ヘッドセットをつけた伊織さんが、クッションの上に女の子座りで座る。

 文香の反応も気になるけど、俺の部屋を見た伊織さんがどう思ってるのかも気になった。


 ちなみに、この部屋には複数の隠しカメラが設置してあって、中の様子は部室のみんなが見守ってくれている。



「それで、どうしてこんなことになったの?」

 俺は訊いた。

 一応俺は、文香がサンタクロースに人間の体にしてもらったのは知らないていだ。


「うん、あのね。私、サンタさんにお願いしたの。今日一日だけ、人間の体にしてくださいって。そしたら、こうなったの」

 自分で言いながらまだその事実に戸惑っている文香。


「サンタさんが、ホントに私を人間の体にしてくれたの」

 文香は戸惑いながらも言葉を絞り出す。


「文香が良い子にしてたから、サンタさんもお願いを聞いてくれたんじゃないかな?」

 俺は、文香を落ち着かせるように言った。


「うん、そうだったら、嬉しい」

 文香が言って、伊織さんが頬を緩める。



 俺達が話してると、トントンと、部屋のドアがノックされた。


「お兄ちゃん、ちょっといい」

 ドアが開いて、ピンクのパーカーを羽織った妹の百萌が顔を出す。


「あれ、お客さん?」

 百萌が伊織さんを見て首を傾げた。


「ああ、文香だよ」

 俺は答える。


「えええ、文香ちゃんなのぉ?」

 百萌がちょっと大袈裟おおげさに言った。


「うん。ももちゃん。私のサンタさんへのお願いが通じたみたい」

 文香が百萌に言った。

 元々、文香のサンタクロースへの願いを聞き出したのは百萌だから、百萌はそのことを知っている。

 そして、俺達の計画の仲間になってもらっていた。


「ああ、そうなんだ。サンタさんが願いを叶えてくれたんだね。よかったね。ああ、よかったね。ああ、よかった」

 百萌は、花巻先輩が作った台本通りのセリフを言う。

 ほとんど抑揚よくようがない、平板な声で。


 百萌……いくらなんでも、演技下手すぎだろ…………


 ともかく、二人は、お互いに喜んで、仲がいい姉妹みたいに抱き合った。


 学園のヒロインである伊織さんと、最愛の妹である百萌が抱き合ってる姿は、美しい以外のなにものでもない。


 美しいを通り越して、ふつくしい。



 ところが、抱き合いながら、文香のアバターになってる伊織さんが、お腹の辺りをさすって首を傾げた。


「どうしたの?」

 百萌が訊く。


「うん、なんだか、冷却水漏れ警告が出たときみたいな感じがする」

 文香が言った。


「それって、もしかしたらおしっこってことじゃない?」

 百萌が言う。


「そうなのかな? 私はしたことないから、分からないけど」


「じゃあ、百萌が一緒に行ってあげる」


「うん」

 文香が返事をして伊織さんが立ち上がると、百萌が手を引いてトイレに向かった。


 これも、事前に話し合って台本に書いてあったことだ。


 俺とのデートの最中、アバターをしている伊織さん本人がトイレに行きたくなった場合のことを考えて、文香にそのチュートリアルをさせることにした(打ち合わせのとき、トイレをどうしようかってなって、花巻先輩はオムツを穿かせる案を出したけど、伊織さんがそれを断固拒否した)。

 伊織さん本人がトイレに行きたくなった場合、伊織さんに渡しておいた小さな無線式のボタンを押すと、それが冷却水漏れ警告となって文香に伝わる仕組みだ。

 文香にはその信号が出たらトイレに行くって学ばせる。

 それでなんとか、トイレ問題もしのげるはずだ。



「トイレに入るのも初めてで、なんだか新鮮」

 トイレから帰って来るなり文香が言った。


「それじゃあ、私はお邪魔でしょうから、またね」

 役目を終えた百萌が言って、部屋から立ち去る。



 俺達は、部屋に二人きりになった。

 いや、三人というべきか。


 伊織さんが俺をジッと見詰めている。

 伊織さんがこうしてるってことは、文香がこうしたいと思ってるんだろう。


「これからどうする?」

 俺は訊いた。


「うん、私は、こうしてるだけでいいよ」

 文香が言う。


 一緒に部屋にいて、こうしてるだけでいいって言われるって、男子高校生が意中の女子と部屋で二人きりになったとき言ってほしいセリフ、3位にランキングすると思う。


「せっかくだから、デートしようか?」

 俺は言った。


「えっ、いいの」

 文香の声が弾んだ。


「うん、これからクリスマスデートをしよう」

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