第60話 信義

「それで、文香ちゃんのところに来たサンタさんは、どんな感じだったのかな?」

 今日子が訊く。

 今日子は、文香に対してれ物にさわるように猫なで声だった。


「うん、あのね。クリスマスイブの夜、誰もいない車庫にいたら、シャンシャンシャンって鈴の音が聞こえてきて、星空からトナカイのそりに乗ったサンタさんが下りてきたの。私、動かないで寝たふりしてた。サンタさんは、大きな体で、白いおひげがもふもふした優しそうな顔してたよ。そしたらサンタさん、大きな袋の中に入れてたプレゼントを、私が砲身にかけておいた靴下に入れてくれたの。そして、そのまま来たときと同じように無言でトナカイのそりに乗って空に消えていった」

 文香が車体を揺らしながら話す。

 そのときのことを思い出して興奮したらしい。


 それは別に、俺達をかついでるとか、笑わせようとしてるふうではなかった。

 文香は至って真面目に話している。


「ちゃんとこのカメラに映ってたから間違いないよ。サンタさんはいたもん」


 ト○ロいたもん、みたいに言う文香。


 文香の砲塔には幾つものカメラがあって、360度全方位を監視している。

 各種センサーも搭載してるから、なにかと見間違うわけはない。



「サンタさんには、なにをもらったのかな?」

 花巻先輩が訊いた。


「はい、最初の年はプ○キュアのステッキで、去年は、MGマスターグレード Sガン○ムのディープストライカーをもらいました」

 文香が答える。


 いや、なんだよその好みの変化…………


 プ○キュアからディープストライカーって、一年のあいだに文香になにがあったんだ(確か、ディープストライカーって二万円超えの嘘みたいに大きなガ○プラだ)。


「私、良い子にしてたから、きっと今年もサンタさん来てくれると思います」

 文香のカメラがあおぐように空を向く。


「そ、そうだね」

 俺は、震え声で言った。


 それにしても、文香が見たサンタクロースってなんなんだろう?

 もしかして、月島さんが、文香のAIを教育する段階で幻を見せたとか?

 にせの記憶を植え付けたとか?


 まさか、本当に本物のサンタってことはないだろう。



 ともかく俺は、それを確かめる必要があった。


「あっ、教室にスマホ忘れてきたかも。取ってくる」

 俺は嘘を言って部室を出た。


 急いで月島さんのところへ向かう。

 あの人なら全容ぜんようを知ってるだろう。




 月島さんは、自分が受け持つコンピューター室でテストの採点をしていいた。

 五十台のパソコンがずらっと並ぶ教室で一人、赤ペンを動かしている。


「あら、小仙波君。どうしたの?」

 俺に気付いた月島さんが手を止めた。

 月島さん、最近ではすっかり教師が板に付いている。


 俺は、さっきの文香との会話のことを話した。



「ごめんなさい!」

 俺から事情を聞いた月島さんがいきなり謝る。


「それ、私のせいなの……」

 月島さんが言って、銀縁の眼鏡がずり下がった。


「どういうことですか?」


「うん、まだ文香のAIが動き出して間もない頃のことね。文香、私が与えていた絵本の中から、サンタクロースの話に夢中になったの。それで、サンタクロースのこと私にしつこく訊いたり、絵本を何度も何度も読み返したりしてた。それで私達研究者は、文香の夢を壊しちゃいけないって思って、それを再現したの。試作段階のステルスドローンを使って無音で飛んでくるトナカイのそりを作って、サンタ役にはうちの第一空挺団くうていだん精鋭せいえい抜擢ばってきした。彼にサンタクロースのコスプレをしてもらって、文香にプレゼントを運んでもらったの。それは、仕組んだ私も本物だって思うくらいのサンタクロースだった。文香のセンサーに感づかれないように、電子戦部隊にも来てもらったからね」


 プロが全力でサンタやってるじゃないか…………


 これじゃあ、文香がサンタクロースを現実のものと信じるのも無理はなかった。



「もうすぐクリスマスですけど、どうするんですか?」

 俺は訊いた。

 文香、自分でいろんな情報にアクセス出来るようになった今でも、すっかり信じ込んでいる。


「そうね。もう、文香も四歳だし、いつまでもサンタクロースじゃないよね。今年は文香をここに入学させたり、色々と無理したから、サンタクロースを再現するために予算は割けない。分かった。私から話すね。サンタクロースはいないって、文香に言って聞かせるよ」

 月島さんが言ってため息を吐いた。


「そうですね……」


 だけど、そうとなるとなんか文香が可哀想な気もする。

 文香にはそのままでいてほしいような。

 サンタクロースがいるって、夢見る少女のままでいてほしい気もした。




 月島さんのコンピューター室から部室に戻ると、中庭にいた文香がいない。


「あれ? 文香どうしたんですか?」

 俺は訊いた。


 居間のちゃぶ台には、花巻先輩と今日子、六角屋と、文香以外の文化祭実行委員が揃っている。

 みんな、真剣な顔をして座っていた。


「文香、どこかへ行きました?」


「ああ、文香君には適当な用事を言いつけて、一時的に席を外してもらった」

 花巻先輩が言う。


「えっ?」


「そして、我々で話し合っていたのだ。いたいけな少女の夢をみ取るのは、我が文化祭実行委員会の信義しんぎにもとると。サンタクロースを信じるというピュアな心は、そのまま残しておきたいと」

 そこまで言って、先輩が立ち上がった。


「よって、今年は、文香君のために、我が文化祭実行委員会がサンタを召喚しょうかんする!」

 固く握ったこぶしを振り上げる先輩。


 ああ…………


 やっぱり大事になった。

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