第61話 トナカイ

「いらっしゃいませー。年末恒例、大クリスマスセール開催中でーす! どうぞ、お気軽にお立ち寄りくださいませー!」

 花巻先輩が満面の笑顔で言って、四方八方しほうはっぽう愛想あいそを振りまいた。

 先輩、ウインクも投げキッスも乱れ打ちである。

 ちょっと前屈まえかがみになって、その深い深いマリアナ海溝並の谷間を見せつけるのも忘れない。

 花巻先輩、ミニスカサンタの衣装で、ちょっと動くとパンツが見えそうになるミニスカートだし、肩も胸元も丸見えだった。


 十二月になって最初の週末。


 商店街はすっかりクリスマスのよそおいで、赤や緑、金色で飾られている。

 あちこちの店からクリスマスソングが聞こえた。

 商店街のアーケードの真ん中には、天井に届くくらい大きなクリスマスツリーも飾ってあって、その前でカップルが写真を撮っている(とりあえず爆発しろ)。


「どうぞー! どこもお安いですよー!」

 十二月の寒空にも元気一杯な先輩の姿に、男女問わず頬が緩んでいる。

 商店街は年末で人出が多いこともあるんだろうけど、去年までと比べても明らかににぎわっていた。


 賑わう理由も分かる気がする。


「いらっしゃーい。そこのお兄さん、どう? 寄ってかなーい?」

 花巻先輩に負けじと、月島さんも通りがかりの二十代くらいの男性に声をかけていた。

 甘い甘い声で言って、悩ましげに小指とかんでいる。


 当然、月島さんもばっちりミニスカサンタの衣装だ。


 先輩のミニスカサンタ衣装に、あみタイツも追加している。

 ミニスカ網タイツサンタだ。


 ひかえめに言って、タイツやぶきたい。


「ほら、そこのお兄さんも寄ってってぇ」

 だけど、月島さんは商店街の仏具ぶつぐ店の前で呼び込みをしていた。

 そこは客層的にも信仰的にも、ミニスカサンタは合致がっちしてないと思う。



「いらっしゃいませ! ちょっとそこの君、参考書を買っていきなさい」

 そんな凜々しい声は、伊織さんだ。

 信じられないことに、伊織さんもミニスカサンタ衣装に身を包んでいた。

 スエード生地からこぼれ落ちそうな胸元と、真っ白な太股がまぶしい。

 りんとしていて、どことなく勇ましいミニスカサンタだ。


 伊織さん、花巻先輩から誘われて最初は断ってたんだけど、文香が参加するって知った途端、参加してくれることになった。


 伊織さんのミニスカサンタ姿をおがめるチャンスなんて金輪際こんりんざいないだろうから、俺は瞬き一つしないで、その勇士を目に焼き付けておこうと思う。


「さあ、そこの僕はこの算数のドリルを買っていこう」

 本屋の前で小学生らしい男の子に勧める伊織さん。

 その呼び込みはちょっと堅かった。

 小学生はマンガを買いに来てたみたいだし。


 だけど、伊織さんの接客はその子のお父さんには直撃したらしく、お父さんが無事、ドリルをお買い上げ。


 そんな感じで、伊織さんは次々に本を売った。

 売り上げがよくて本屋のおじさんがホクホク顔でレジ打ちしている。


 これは文化祭への寄付も期待できそうだ。



「い、い、いらっしゃいませー」

 そして、このか細い声は今日子だ。


 今日子もミニスカサンタ衣装を着て、商店街のチラシを配っている。

 終始スカートを押さえて恥ずかしそうな今日子。

 認めたくはないけど、スカートとブーツの間の絶対領域は、ここにいるミニスカサンタ達の中で最高だと思う。

 太さとか、筋肉の付き方とかが完璧なのだ。


「ほら、もっと大きな声出して」

 俺は今日子を注意した。


「うるさいわね! 出してるから!」

 今日子が言ってほっぺたを膨らませる。


「胸も張って、姿勢を正して」

 俺は続けた。


「わわわ、分かってるわよ!」

「ほら、笑顔笑顔」


 いつも今日子には言われてばっかりだから、こうやってやりこめるのが心地良い。



「いらっしゃいませー。いらっしゃいませー」

 ミニスカサンタ達の横で、砲身を左右に動かして旗を振ってる文香。


 文香は、クリスマスツリーに付けるオーナメントとか、クリスマスリースとか、雪に見立てた綿で飾られていた。

 LEDライトの電飾も仕込んであって、キラキラに光っている。

 装甲も冬季迷彩だし、すごくクリスマスっぽい。



 さて、それはそうと、なんで俺はトナカイの着ぐるみ着せられてるんだ…………


 六角屋は普通のサンタクロースの衣装に白いひげなのに、俺は、顔だけ出したトナカイの着ぐるみで、頭に角を付けている。

 そして、鼻はもちろん真っ赤に塗られていた。


 さらにせないのは、トナカイの俺の首に首輪がかけられて、鎖で繋がれ、その鎖を花巻先輩が持ってることだ。

 つんいになった俺は、花巻先輩に連れ回されている。


「トナカイが首輪付けられて連れ回されるとか、サンタクロースにそういう設定ありましたっけ?」

 俺は訊いた。


「まあ、諸説しょせつある」

 花巻先輩が答える。


 いや、そんな説はない。


 なんか、鎖で繋がれて連れ回されて、開いちゃいけない扉が開きそうだから、ほどほどにしてほしい…………っていうか、してください。お願いします。



「ところで、例の件は進んでるのかな?」

 俺を連れて商店街をり歩きながら花巻先輩が訊く。


 例の件とは、俺達が文香のサンタクロースになる件だ。


 その第一段階として、俺は文香からクリスマスプレゼントとして欲しい物はなにか探るよう、花巻先輩に命じられていた。


「いえ、まだです」

 俺は答える。

 なるべく自然に聞き出すにはどうしたらいいのか、まだ考えてるところだった。


「出来るだけ早く頼むぞ。用意がいる物だったら困るからな」

「はい」


 俺は、先輩に引っ張られて、街ゆく家族を見ながら想う。

 クリスマス前のお父さんとかお母さんって、今の俺みたいに苦労してるんだろうか?

 そういえば、俺の両親は、俺や妹の百萌ももえから、どうやって欲しいもの聞き出してただろう?

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