第57話 ふーふー

 カヲリさんの家は、こぢんまりとした、地元の中華料理屋って感じの店だった。

 入り口に「ラーメン」って年季ねんきが入った赤いのれんがかかっている。

 店の換気扇の排気口からは、いかにもおいしそうなスープの香りが漂っていた。

 店の前にはちゃんと食品サンプルを飾ってあるガラスの棚もある。

 木造の二階建てで、一階が店舗、二階がカヲリさんの家族の住居になってるみたいだ。


 店の横に、普通車が五台くらい入る駐車場があった。

 文香はそのスペースに横向きで収まる。


「それじゃあ、私達は外で文香師匠を洗車してますから」

 カヲリさんと桐生さん以外の四人が言う。


 文香は、みんなからすっかり師匠呼ばわりされていた。


「よし、それならうちらは中で小仙波師匠のお相手をするぞ」

 桐生さんとカヲリさんが俺の両腕を取る。

 そのまま店ののれんをくぐった。


 俺のことも師匠って呼ぶのはやめてほしい。



「いらっしゃい!」


 のれんをぐったら、威勢いせいのいい声に迎えられた。

 厨房の奥から、五十絡みの男性が俺達を迎える。

 白衣を着たがたいのいい人だった。

 どことなく目元がカヲリさんに似ている。

 たぶん、カヲリさんのお父さんなんだと思う。


 店内は、五人も座ればいっぱいになるカウンターと、四人掛けのテーブルが三つ、そして奥に座敷ざしきがあった。


 俺は二人に腕を取られたまま、奥の座敷に連行される。


「琴子ちゃん、いらっしゃい。そっちの男の子は、お友達?」

 カウンターから、ふっくらとした優しそうな中年女性が出てきた。

 おそらくカヲリさんのお母さんだ。


「そう、彼に世話になったから、お腹一杯食べさせてあげて」

 カヲリさんが言った。


「はいはい」

 お母さんは笑顔で水とおしぼりを出してくれる。

 この様子だと、カヲリさんは時々こうして友達を連れて来ては食べさせてるんだろう。


 俺は座敷の座卓について、桐生さんとカヲリさんに挟まれて座った。

 二人の腕と俺の腕がくっつくくらいの距離で、俺は縮こまっている。

 そうしないと、二人の立派なモノが俺の腕に触っちゃうし。


 座敷の窓からは、外の駐車場で文香が四人にデッキブラシで洗ってもらってるのが見えた。

 文香の声は聞こえないけど、丁寧に磨かれて気持ちよさそうだ。



 少しして、座卓の上に次々と料理が並ぶ。


「さあ、食べてくれ」

 カヲリさんが言った。


 ラーメンに餃子ギョウザ炒飯チャーハンにエビチリ、チンジャオロース、春巻き、ニラ饅頭まんじゅう


 どれも、美味しそうに湯気を放っている。



「いただきます」

 まずはラーメンから箸をつけた。

 スタンダードな醤油ラーメンに、分厚い自家製チャーシューが載っている。


「熱いか? よし、うちがふーふーしてやる」

 桐生さんはそう言うと、麺を掴んだ俺の箸をぐいって自分の方に寄せて、ふーふーした。

 ラーメン越しのふーふーの息が俺の顔にかかる。


「どうだ?」


「はい、おいしいです」


 それはお世辞せじでもなんでもなく。

 元々おいしいラーメンに、桐生さんのふーふーっていう極上のスパイスがかかっているのだ。


「じゃあ、私は、炒飯をふーふーしてやるぞ」

 カヲリさんが言って、レンゲに一口分とった炒飯をふーふーしてくれた。


「ほら、あーん」

 ふーふーした上に、あーんまでしてくれるカヲリさん。

 嬉しいんだけど、そこまでされると頭がクラクラして味が分からなくなる。


「あの、ちょっと近い気が……」

 俺は、顔を近づけてる二人に言った。


 もちろん、俺はそれでいいんだけど。

 大歓迎だけど。

 でも、近くにカヲリさんのご両親がいるんだし。


「なんだ? こういうの嫌か?」

 カヲリさんが訊く。


「いえ、もちろん、嫌じゃありません」

 っていうか、女子にふーふー及びあーんをしてもらってご飯を食べるとか、男子高校生が選ぶ、彼女にしてもらいたいこと23位くらいにランクインすると思う。


「つーか、彼女は彼氏に対してこういうことするんだろ?」

 桐生さんが訊いた。


「えっ?」


「彼氏と彼女って、付き合うとこういう感じなんだろ?」

 桐生さんが重ねる。


「はい?」

 俺は頓狂とんきょうな声で返した。


「だって、うちら、男とつき合ったことないから……」

 桐生さんが恥ずかしそうに言った。


「いつも六人でつるんでて、男子と居てどういうことするかとか、知らないし」

 カヲリさんも言う。


 話を聞くと、桐生さんもカヲリさんも彼氏はいなくて、それどころか、今まで異性と付き合ったこともないらしい。

 男子とどういう距離で接したらいいか、分からないみたいだ。

 それで距離感が掴めなくて、俺に異常接近していたのだ。



 桐生さん達が援交してるとか、ああいう噂はなんだったんだよ…………



「いま桐生さんとカヲリさんがしてるのはベタベタのカップルがすることで、普通はもうちょっとあっさりしてると思いますよ」

 俺は言った。


 いや、俺だって年齢=彼女いない歴だから、その辺よくは知らないんだけど。


「そうなのか?」


「はい」


「そうなんだ」


「だけど、こういうことしてもらって、桐生さんとかカヲリさんの彼氏になる人は幸せだと思います」

 こんなふうにしてくれたら、二人のこと愛おしくてたまらなくなると思う。


「そ、そうか?」

 桐生さんとカヲリさんが急に照れてほっぺたを赤くした。

 上目遣いで、目をぱちぱちさせている。


 先輩だけど、素直にカワイイとか思ってしまった。



「よし、それじゃあ、もうちょっと小仙波で彼氏が出来たときの練習させてくれ」

 桐生さんが言って、俺に腕をからめてくる。

 カヲリさんは俺に体を預けて肩にあごを乗せた。


「いえ、これくらいにしておきましょう」

 俺はそう言って駐車場側の窓を指す。


 窓から、文香のカメラのレンズがこっちをフォーカスしてる。

 当然、120㎜砲の砲口がこっちを向いていた。


 これ以上こんなことしてたら、この食堂が木っ端みじんに吹っ飛ぶと思う。





「ごちそうさまでした」

 お腹いっぱい食べた俺は、お礼を言って店を出た。


「また、いつでも食べに来て」

 カヲリさんが言う。


「今日はありがとうな。また、ゲームのこと教えてくれ」

 桐生さんも言った。

 他の四人も口々にお礼を言う。


 みんなが手を振ってくれるなか、俺達は帰路についた。




「いい人達だったね」

 帰り道、俺を乗せた文香が言う。

 丁寧に洗車してもらった文香は綺麗になっていた。

 ワックスまでかけてもらって、ピカピカだ。


 戦車がピカピカでいいのかは疑問だけれども。


「うん、いい人達だった」

 みんなが俺達のこと師匠って呼ぶこと以外は。


「本当に、人は見かけによらないものだね」

 文香が言うから思わず笑ってしまった。


 それは文香が言うセリフじゃないと思う。

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