第58話 芋
「冬麻君、ごめんね」
文香が言ってサスペンションを沈めた。
砲塔が下がると、文香はちょこんとお
「今日の放課後はみんなとテスト勉強するから、部室には先に行ってて」
文香が続けた。
帰りのホームルームが終わって、いつもどおり部室に行こうとするところだった。
二学期の期末テストが近いから、教室の中は浮き足立っている。
「そうなんだ」
俺は鞄に教科書を詰めながら答えた。
文香の周りには、教室で文香がいつも一緒にいる女子三人がいる。
文香がお弁当を食べたり、トイレに行ったりする仲良しの三人だ(文香がトイレに行く必要があるのかは、永遠の謎だけど)。
「ごめんね。勉強会終わったら行くから」
文香がもう一回頭を下げた。
いや、なんで謝るんだ。
別に、文香と俺はいつも一緒に行動しないといけないってことでもないし、付き合ってるわけでもないんだし。
「ほら、冬麻、行くよ」
教室のドアのところにいる今日子が俺を呼んだ。
「それじゃあ」
「うん、あとでね」
俺が席を立つと、仲良し三人組が文香の横に机をくっつけて、教科書やノートを開いた。
女子同士、楽しそうにテスト勉強を始める。
「ほら、冬麻ってば」
今日子がうるさいから俺は急いだ。
みんなと一緒にいる文香は、なんだかすごく楽しそうに見える。
部室までの道、今日子と並んで歩いた。
ん?
なんか、今日子の横顔とか、斜め上から覗けてしまうセーラー服の胸元とかにドキッとしてしまった。
「なによ」
今日子が訊く。
「ああ、うん、なんか、久しぶりに二人きりだなって思って」
最近は、部室に行くのずっと文香と三人(二人と一両)だったし。
「ななな、なに変なこと言ってんのよ!」
今日子はそう言って、歩くペースを速くする。
「部室」に行くと、中庭のほうから煙が立ち上っていた。
ほんのりと香ばしい匂いもする。
玄関を通らずに直接中庭に回ったら、そこに花巻先輩がいた。
「先輩、なにしてるんですか?」
俺が訊く。
先輩の前には
すぐ横に竹ぼうきがあるから、先輩が集めた落ち葉や枯れ枝を燃やしてるんだろう。
「見てのとおり、
先輩が言った。
落葉や枯れ枝の中に、新聞紙に包んだサツマイモが幾つもくべてある。
「今日一日かけて、上手い芋の焼き方を研究しているのだ」
先輩は言いながらも焚き火から目を離さない。
授業に出ないで、なにしてるんですか……
部室の居間では、先に来た六角屋がちゃぶ台の上でノートを開いていた。
六角屋はここでテスト勉強するつもりらしい。
「先輩は、テスト勉強とかしなくていいんですか?」
「ああ、何度も高校三年を繰り返している私くらいになると、もう、定期テストで出てくる設問など予想できてしまってな。勉強しなくてもそれなりの点数は取れるのだ」
火掻き棒で芋を突っつきながら先輩が言った。
なんだその、ループものの主人公みたいなセリフ。
「ほら、あんたもテスト勉強でしょ」
俺は今日子に腕を引っ張られて縁側から部室に上がった。
ちゃぶ台にノートを広げる。
ホントは昼寝でもして一休みしたかったんだけど……
開けっぱなしの窓から庭で先輩が芋を焼くのを見ながら、テスト勉強する。
「ちょっと、近いよ」
今日子、なんだか今日は俺に寄り添うような距離で座っていた。
顔を動かすたびに、今日子のショートカットの髪が俺の鼻に触れてふわっとする。
「私の完璧なノート見せてあげてるんだから、
今日子は母親みたいに言った。
しばらく三人で勉強してると、
「おじゃまします。生徒会の報告書持ってまいりました」
玄関から声がして伊織さんが上がってきた。
セーラー服をビシッと着て、今日も凜々しい伊織さんだ。
伊織さん、胸にファイルを抱えている(この瞬間ファイルに転生したい)。
「あれ? 文香ちゃん、いないんですか?」
部室の中から中庭を見渡して伊織さんが言った。
「うん、彼女は教室で友達とテスト勉強中」
今日子が答える。
「ふうん、そうなんだ」
あからさまに伊織さんの顔が曇った。
「伊織君、もうすぐ芋が焼けるから君も食べていきたまえ」
焚き火を突っつきながら花巻先輩が言う。
「はい、それではごちそうになります」
伊織さんが答えて俺の隣に座った。
花巻先輩、GJ!
「みなさん、テスト勉強ですか。感心感心」
俺のノートを覗き込む伊織さん。
その仕草で、伊織さんから柔軟剤の香りが漂ってくる。
花の香りとフルーツの香りが混ざった、複雑な匂いだ。
「あ、小仙波君。そこ、違いますよ」
伊織さんはそう言うと、俺のシャープペンを取って、ノートを書き直してくれた。
次期生徒会長から勉強教えてもらえるとか、心強い。
このシャープペンは、今後うちの家宝にしようと思う。
伊織さんの肩と俺の肩がぶつかるから反対側に体を倒そうとすると、今度は今日子の肩に触れて、俺は二人の間で縮こまるしかなかった。
二人とも、なんでこんな近くに座るんだろう?
「いやあ、職員会議って、長ったらしくて無意味だよね」
そうしてるうちに部室にまた一人やってきた。
「適当な理由付けて逃げてきちゃった」
月島さんがそう言って舌を出す。
大人の女性のそういう仕草、すごくチャーミングだ。
いつものようにスーツ姿で、シャツの胸元に隙を作って来ている月島さん。
「お、テスト勉強がんばってるね」
月島さんも俺達のちゃぶ台を覗き込んだ。
「私、プログラミングのことだったら教えてあげられるよ。どう? 小仙波君、プライベートレッスンしてあげようか?」
月島さんはそう言って俺にウインクした。
やっぱり月島さんは、俺達男子高校生に夢を見させてくれる人だ。
「みんな、いい具合に芋が焼けたぞ」
中庭から花巻先輩の声が聞こえた。
女子達が、「わぁ」って言いながら席を立つ。
関係ないけど、女子って芋好きだよね。
女子達が席を立ったちゃぶ台で、六角屋がなにか言いたげに
「なんだよ」
俺は訊く。
「まったくお前って奴は……」
六角屋はため息を吐いた。
なんだろう? 自分が女子に人気があるからって、俺のこと見下してるんだろうか?
「こっちは一生懸命努力してるのに、天然のお前がうらやましいよ」
六角屋はそんなことを言った。
うらやましいって、なにが?
「ほら、六角屋も小仙波も、美味しいぞ」
先輩が呼ぶ。
「はーい!」
俺達も席を立って、花巻先輩から熱々のサツマイモを受け取る。
焚き火を前に、みんなで縁側に座って芋にかぶりついた。
「うん、あまーい」
女子達が口々に言った。
先輩が種子島からわざわざ取り寄せたという
先輩が一日研究しただけあって、焼き加減は完璧だった。
「これ食べたら、みっちり勉強だからね」
せっかく美味しく食べてるのに、今日子が嫌なことを思い出させる。
「それなら、お芋のお礼に私もお付き合いします」
伊織さんが言った。
そう、学生の本分は勉強ですもんね。
そのあとのテスト勉強は随分
花巻先輩に月島さん、伊織さんに今日子っていう四人の教師に囲まれて、手取り足取り教えてもらったんだから当たり前だろう。
これなら期末テスト、少しは期待できるかもしれない。
でもあれ? なんか足りない気がする。
こんなふうに幸せな時間を過ごして、それなのに、なにか足りないって感じるのはなぜだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます