第50話 育成予算
旅館が、迷彩服の男達と軍用トラックに囲まれている。
飛んできた輸送ヘリコプターが巻き起こす風で、紅葉した木々の葉が空に舞って、
静かだった山里が、戦場のようになる。
もちろん、俺はホントの戦場なんか知らないから、FPSとかで見た戦場みたいだってことなんだけど。
俺は、いつの間にか文香の横に立って、その車体に触れて寄り添っていた。
文香の
これからなにが始まろうとも、文香がいれば全然怖くない感じだ。
文香も、俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、さりげなく俺を
そう言えば、俺達が出会ったゲーム、「クラリス・ワールドオンライン」の中でも、文香は俺が安心してタンクを任せられるパートナーだった。
文香が絶対的な耐久力で敵の攻撃を受け止めてくれるから、俺は安心して攻撃に専念できたのだ。
河原に着陸したヘリコプターは、人員と物資を下ろすと、再び秋の青い空に飛び立った。
ヘリコプターの騒音が止んで、代わりに谷間に迷彩服の男達が発する号令が響く。
迷彩服の男達は規律正しかった。
訓練が行き届いてるみたいで、みんながきびきび動いて旅館の前の空き地に整列する。
全部で五十人くらいだろうか?
誰もが屈強で、相手をすることになったら、俺なんて秒で組み伏せられてしまうに違いなかった。
一体、なにしに来たんだろう?
そして、どこから来たのか?
そんな男達の前に、お婆さんが一人で立ち塞がった。
旅館を背に、堂々と胸を張って腕組みするお婆さん。
小豆色の
体格では勝負にならなくても、気迫では決して負けてなかった。
すると、その横に花巻先輩と月島さんも並び立つ。
今日子も伊織さんも並んだ。
やっぱり、うちの女子達は強い(それは文香も含めて)。
見知らぬ男達に囲まれてタジタジになってる俺とは大違いだ。
迷彩服の男達の中から、代表者らしい一人が出てきてお婆さんの前に立った。
「
男がお婆さんに問う。
身長180㎝くらい。
迷彩服でヘルメットを被っていて、四十絡みのよく日に焼けた人だった。
目だけで人を動かす眼力の持ち主で、その太い眉毛が印象的だ。
「この
男が確認した。
「ああ、女将なんて、そんな立派な者じゃないけどね」
お婆さんは男に負けじと堂々と答える。
「我々は陸上自衛隊、第16旅団施設隊の者です。民生協力により、この旅館とその周辺の復旧作業、建物の修繕のために参りました」
その人はそう言って姿勢を正した。
「ここを直してくれるんかい?」
お婆さんが訊く。
「はい、そうするよう命令を受けております」
「なんで急に? ここは道路が埋まっても、ろくに直しにも来ないのに」
「さあ、小官にはその辺の事情は分かりかねますが…………」
男がそこで初めて言い
「お金は取られるんかい?」
「もちろん一円たりとも費用を頂くことはありません。資材や、隊員の食事などもすべて持参しておりますし、こちらにご迷惑を掛けることもありません」
「そうかい。まあ、ただで直してくれるって言うものを、
お婆さんが
「それでは、よろしいですか?」
「ああ、やってくれ」
お婆さんが許可すると、その隊長らしき人が背後の部下に目で合図をした。
それだけで人が小気味よく動く。
トラックに積まれていたショベルカーやクレーンなんかの重機が下ろされた。
ヘリコプターが運んで来たのは、木材や鉄骨なんかの資材らしい。
作業はまず旅館の周囲から始まって、また、山から大岩が転がってくることがないように土木工事が始まった。
俺と文香がのんびりやってた作業とは違って、岩や倒木がどんどん片付けられていく。
俺達が、なかば
なるほど、急に自衛隊の人が来たけど、それを手配したのが誰か分かった。
俺は、さりげなく月島さんの隣に立つ。
「これは、月島さんの
小声で訊いた。
「まあ、これくらいはね。ほら、私もそこそこ偉いから」
月島さんがそう言ってウインクする。
「ここに来て文香も色々体験させてもらって成長してるし、これは文香の育成予算から出すってことでさ」
月島さんは涼しい顔で言った。
月島さん、たぶん各方面に頭を下げて、相当無理してるんだと思う。
俺達のために動いてくれたのだ。
こんなことまでしてくれて、後で月島さんの肩を揉んだり、いろんなところをマッサージしたり、色々ねぎらってあげようと思う。
「さてと、それじゃあ私は、
お婆さんが言って、旅館の
「よし、工事の方は専門家に任せて、我らはご老体を手伝うぞ!」
花巻先輩が言う。
「はい!」
全員がいい返事をした。
温泉旅館にくつろぎに来たはずだけど、やっぱり、我が文化祭実行委員会は、こうやってなにかやってる方が合ってると思う。
それに、炊き出しとか、なんかキャンプに来たみたいで楽しいし。
お婆さんが倉から大鍋を出してきて、かまどに据えた。
俺達は野菜を切ったり、かまどにくべる
汁物だけとか言っておきながら、お婆さんは二品、三品とおかずを用意するから、俺達もそれに付き合った。
夕方になる前に、河原や旅館前の空き地にテントが張られた。
修復作業にはまだ何日かかかるだろうし、隊員の人達はそこで寝泊まりするらしい。
「部屋はボロだけど、温泉は上等でいくらでも湧いてるから、順番に入りな」
お婆さんが隊員に呼びかける。
「ありがとうございます!」
隊員の人達が口々に言った。
「ところで、あんた達は当然、飲めるんだよね」
ついでにお婆さんが訊く。
今晩は隊員の人達も一緒になって、大宴会になりそうだ。
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