第39話 圧倒的

「圧倒的じゃないか、我が軍は」

 花巻先輩が、周囲を見渡しながらどっかで聞いたようなセリフを言う。

 先輩、腕組みしてニタッと笑ってご機嫌のようだ。


 だけど、実際、俺達は他のグループを圧倒していた。


 休日の商店街で行われているハロウィンパレード。

 俺達の他に仮装してる人達を見ると、みんな、とりあえず仮装しましたって感じで、ライトに楽しんでいた。

 それと、商店街の従業員で、やらされて嫌々仮装してるって人もいる。

 衣装もパーティーグッズでそろえたようなクオリティーだった。

 特殊メイクをしたり、本格的な仮装をしてる人も二、三人はいたけど、文香をフロートに改造した俺達みたいな大がかりなものはない。


 確かに我が軍は圧倒的だった。


 っていうか、戦車の文香がいるから、「我が軍」とか言うと、現実味がありすぎるんだけど。



 圧倒的といえば、うちの女子達もかなり圧倒的だ。


 魔女の仮装をした花巻先輩は、その推定90センチ超えのものが衣装からはみ出しそうだし、体のラインがはっきり出ているボンデージのキャットウーマンスーツの月島さんは、大人の魅力たっぷりで、センシティブすぎて目のやり場に困る。

 小悪魔の仮装の今日子は、今日子のくせにスカートが短くて太股がまぶしかった。

 俺は、今日子お尻から出ているしっぽをつかんでみたい衝動しょうどうを我慢するのにちょっと苦労する。


 そして、なんといっても花巻先輩に半分だまされてFG○のイシュタルの仮装をした伊織さんだ。


 大胆なビキニに、金の装飾そうしょくが付いて、片足だけのストッキングと片手だけオペラグローブを付けてる衣装は、頭の天辺から爪先まで見所だらけだった。

 伊織さんは、イシュタルと同じように髪もちゃんとツインテールにしてるし、イシュタルのりんとした感じが、伊織さんのキャラにも合っている。


 伊織さん、出るところは出てて、引っ込んでるところは引っ込んでる奇跡的なプロポーションを、制服の下に隠してたのだ。


 あらわになってる肌は、どこも真っ白で神々しい。


「もう! 小仙波君! そんなに見ないで!」

 伊織さんに言われた。


「ゴメン!」

 思わずガン見していた。

 口をぽかんと開けて、馬鹿みたいに見とれてたかもしれない。


 だけど、今の伊織さんを見ない高校生男子なんていないと思う。


「さっき、スマホのカメラで撮ってたの没収ぼっしゅうだからね!」

 伊織さんが言う。


 チッ、バレてたのか。


 まあ、写真と動画で30ギガ分くらい撮ったから、バレてもしょうがないけど。



「この衣装気に入っちゃった。終わったら、持って帰っていい?」

 キャットスーツの月島さんが言った。

 ボンデージのキャットスーツ、持って帰って何に使うのか、その辺を月島さんに小一時間問い詰めたい…………



 女子だけじゃなくて、六角屋の吸血鬼も、一部の女子からは好印象みたいだった。

 パレードしてると、見ている商店街のお客さんから、キャーとか、黄色い悲鳴が上がる。


 それに比べて、俺にはマジな方の悲鳴が浴びせられた。


「あのミイラ、グロい」

「臭そう」

「あのうじって本物?」


 観客がそんなふうに口にしている。


 だからなんで俺はミイラ男なんだ……


 一方で、カボチャの馬車を装ったフロートの文香は人気者だった。

 砲塔が一つの大きなオレンジ色のカボチャで隠れて、履帯りたいの四隅に車輪を付けた文香。

 文香には、他にも大小たくさんのカボチャが載ってるし、コウモリとか、ガイコツとか、ハロウィンっぽい小物がたくさん付いていた。

 そんな文香が、モーター駆動で静かにゆっくりと進む。


 同じパレードの参加者が、文香の前で記念写真を撮っていった。

 沿道の子供達が、文香に向けて手を振る。

 文香も嬉しそうに砲塔を上げ下げして応えた。


 文香、体育祭のリレーに出られなかったリベンジも出来て、パレードを楽しんでるみたいだ。



 商店街をぐるっと一周パレードしたあと、いよいよ、審査に移った。

 参加者は、もう一度商店街をパレードしながら審査を受ける。

 商店街の一角に、十人の審査員が座る審査員席が作ってあって、その前を通るときに、一人十点の百点満点で点数が付けられることになっていた。

 審査前に列から離れたり、審査員席の前を通らなかったら失格になる。



「さあ、みんな、気合いをいれていくぞ」

 花巻先輩が言った。

 先輩は文香に足を掛けて、その車体の上に立つ。

 気持ち胸を突き出して、その立派なモノを強調する花巻先輩。


「よし、温泉旅行取ろうね」

 月島さんも車体に上がった。


「精々、愛想あいそ振りまいてやるか」

 今日子も文香の車体に上がったから、短いスカートから中が見えそうになる(残念なことに、中にちゃんとスパッツみたいなのを穿いていた)。


「やっぱり、恥ずかしいよお」

 照れながら文香に乗る伊織さんに、俺の中で何かが目覚めそうになった。


「ほら、手を貸すよ」

 六角屋が伊織さんの手を取って、文香に乗るのを手伝う。


 おい、六角屋、そこを代われ!


「小仙波、遅れるな」

 置いて行かれそうになって、俺もなんとか文香にしがみつく。



 文香は、歩行者天国になっている商店街をゆっくり前進した。

 俺達は道行く人に手を振る。


 やっぱり、どう見ても俺達が圧倒的だった。

 俺達に対する拍手や歓声が、客観視しても絶対多い。

 みんなのスマホのカメラは、全部俺達に向いてるし。


 なんか、草野球の大会にメジャーリーグのチームが来たみたいだ。

 完全に温泉旅行取りに来てて、大人げなくて申し訳ない。



 優勝賞品の温泉旅行(混浴有り)が、もう、俺の目の前まで来てたときだった。


「キャーーーーーーー!」

 すぐ側で女性の声が響いた。


「引ったくりよ!」

 別の女性の声が続く。


 すると、その声から逃げるように一台のスクーターが走り去った。

 スクーターには、黒いフルフェイスのヘルメットを被った人物が乗っている。

 歩行者天国で通行禁止の商店街を、スクーターは堂々と突っ切った。


「文香君!」

 花巻先輩が叫ぶ。


「はい!」

 モーター駆動で静かに走っていた文香が、V8エンジンに火を入れた。

 文香の後部の排気口からもうもうと黒煙が広がって、力強い加速をする。


 俺達は、文香に振り落とされないよう、力一杯車体にしがみついた。


 俺達を乗せたままのカボチャの馬車が、猛然もうぜんと引ったくりのスクーターを追う。

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