第38話 衣装合わせ

「ハロウィンの魔女の衣装だが、これでどうだろう?」

 俺達の前で花巻先輩が訊いた。


 先輩は、頭に大きな赤いリボンを付けて、黒いワンピースを着ている。

 手にホウキを持って、肩に黒い猫の縫いぐるみを乗せていた。


 某、運送を生業なりわいにしてる魔女のコスプレをしている。


「いえ、どう見ても先輩はそっちでしょ」

 俺は、部室の居間の壁に掛けてある服を指した。


 つばが広いとんがり帽子とマント、クエスチョンマークの棒が伸びたみたいなつえの、おどろおどろしい雰囲気の魔女の衣装だ。


「なぜだ! 私には十三歳で親元を離れるピュアな少女の役は無理ということか!」

 先輩が切れ気味に言う。


「いや、十三歳で親元を離れるピュアな少女は、焼酎しょうちゅうで朝まで飲み明かしたりしないでしょう」

 飲み明かして、二日酔いで学校サボったりしないと思う。


「くっ、仕方がない、ならこっちにするか」

 先輩が嫌々とんがり帽子の方を手に取った。



「ちょっとこれ、恥ずかしいんですけど」

 先輩の横で、今日子がミニスカートを下に引っ張りながら言う。


 小悪魔のコスプレの今日子は、頭に小さな角を生やして、背中にコウモリっぽい羽根を付け、お尻からしっぽを垂らしていた。

 しっぽの先端はハート型になっている。

 黒い衣装はオフショルダーで、スカートもかなり短い。


 今日子のくせに、ちょっとセクシーだとか思ってしまった。


「可愛いし、小悪魔っぽくて源さんのキャラに合ってると思う。これで商店街のパレードに出たら、みんなきっと振り向くよ」

 六角屋が言った。


「ホント? そうかなぁ」

 今日子がちょっと照れながら言って、くるっと一回転する。

 短いスカートがパッとふくらんで、中が見えそうになった。

 さっきまで恥ずかしがってた今日子が、すっかりその気になっている。


 そういうことを臆面おくめんもなく言えて、女子を笑顔にする六角屋は、正直すごいと思う。



 その六角屋は、吸血鬼のコスプレでタキシードにマント、口の中に鋭いきばの入れ歯を入れていた。

 髪はオールバック、背中にマントをなびかせて、手には怪しげなステッキを持っている。


「六角屋君も、カッコいいよ」

 今日子が言った。


 六角屋はそれほどイケメンじゃないけど、確かに、ピシッとしたタキシードとか着てると、三割り増しでカッコよく見える。



「それに比べて、あんたはなによ」

 今日子が俺を見て眉間みけんしわを寄せた。


 俺は、全身に包帯を巻いていた。

 所々、染み出た血が固まったみたいに茶色く汚れてたり、破れてたりするみすぼらしい包帯だ。


「いや、用意されてたの着ただけだし!」


 六角屋のデザインで、花巻先輩は魔女、今日子は小悪魔、六角屋の吸血鬼、そして俺はミイラ男に指定されていた。


 なぜ俺は、ミイラなんだ……


「小仙波の衣装は、リアリティーを追求して、ほらここを見ろ、ちゃんとうじがわいてるみたいに見えるだろう?」

 花巻先輩が俺のわき腹の辺りを指す。

 そこから、作り物には見えないリアルな蛆のダミーが、包帯を食い破ってはみ出していた。


「先輩、変なところにこだわらないでください!」

 授業に出ないで、何作ってるんですか……


「いや、神は細部に宿やどるというだろう」

 先輩が得意げに言う。


「冬麻君も、カッコいい…………よ……」

 中庭で俺達を見ていた文香が言った。


 文香、なぐさめの言葉はいらない。

 余計にみじめになるから。



「それで、後から加わった私達は、なにかの衣装を着なくていいのかな?」

 月島さんが言う。


 あとから加わったのは、月島さんと生徒会から出向している伊織さんだ。


「私は教員だし、露出度が高い衣装はちょっとね…………まあ、ビキニアーマーくらいまでなら着る覚悟があるけれど」

 月島さんが言った。


 いや、ビキニアーマーまでならって、許容範囲広すぎだろ。

 東京ドーム5個分くらいの許容範囲の広さだろ。


 逆に、それ以上露出度が高いコスプレって何があるんだ。


「もちろん、先生のも用意してあります」

 花巻先輩が言った。


「ですが、残念ながら露出度は低いです」


 ちぇっ、って思わず舌打ちしそうになった。


「先生に用意したのは、キャ○トウーマンのボンテージ衣装です」


 先輩が出した衣装は、猫耳が付いたマスクと、体にぴったりとしたレザーのスーツだ。


 俺は、思わず花巻先輩と握手をした。

 もう一生先輩についていくッス!

 思わず三下さんしたムーブをしてしまう。


「ちょっと大胆だけど、マスクで顔隠れるし、まあ、いいか」

 月島さんが言った。


 いいのか……


「胸元のファスナーが閉まるかどうか分からないけど、頑張って着てみるね」

 そう言ってウインクする月島さん。


 月島さんは、本当に打てば響く答えを返してくれる。

 高校生男子に夢を持たせてくれる人だ。



「では、最後に伊織君の衣装だ」

 花巻先輩が言った。


「お手柔てやわらかにお願いします」

 伊織さんが眉尻まゆじりを下げて、ちょっと困った顔で言う。


 成績優秀で品行方正ひんこうほうせい、次期生徒会長最有力候補の伊織さん。

 さすがに、先輩もそんな伊織さんには派手な衣装は着せないかもしれない。

 だけど、ここまでの流れを見てれば少しは期待できると思う。


「伊織君は、イシュタルにふんしてもらう」

 先輩が言った。


「イシュタル? ですか?」

 伊織さんが訊く。


「メソポタミア神話に登場する愛と豊穣ほうじょうの女神、そして戦の女神もあるイシュタルだ。伊織君にぴったりだと思ってな」

 花巻先輩が自信たっぷりに言った。


「なんかずるい。伊織さんだけ女神様とか」

 今日子が口をとがらせる。


「伊織君、やってくれるな」

 先輩が確認した。

 

「はい。どんな衣装を着せられるのか不安でしたけど、女神様なら大丈夫です」

 伊織さんが安心して微笑む。


「本当に、やってくれるな」

「はい」


「よし、言質げんちはとった」

 花巻先輩がニヤリと笑った。


「さあ、これが伊織君が着る衣装だ。イシュタルはイシュタルでも、FG○のイシュタルの衣装だけどな!」


 先輩がそう言って衣装を取り出す。


 それはもう、ほとんどビキニっていっていいような衣装だった。

 大胆なビキニにちょっと金の装飾そうしょくが付いて、片足だけのストッキングと片手だけオペラグローブを付けてる感じ。

 そう、ゲームやアニメに出てくる、あの「イシュタル」の衣装そのものだ。


 花巻先輩、GJ!


「これはちょっと……」

 伊織さんが苦笑いする。


「言質は取った。生徒会に二言にごんはなかろう!」


「そんな……」


「ふはははははは」

 花巻先輩が高笑いした。


 ちょとだけ、伊織さんが可哀相な気もする。

 だけど、その千倍、その衣装を着た伊織さんが見たい。



 まあとにかく、俺達はこれで商店街のハロウィンパレードにのぞむことになった。


 絶対、温泉……いや、優勝を勝ち取ろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る