第27話 長袖

 十月一日が来た。

 来てしまった。


 夏服のセーラー服、さようなら。


 今日から衣替ころもがえで、女子達は長袖のセーラー服になる。

 高一の俺が夏服の女子を間近で見られるのは、あと2シーズンしかないという絶望。

 それを突きつけられる。


「どうしたの? お兄ちゃん?」

 中学校の長袖のセーラー服に着替えた妹の百萌が訊いた。

 ひとまず、百萌の長袖セーラー姿を愛でて落ち着く。


 まあ、長袖は長袖で可愛いんだけど。



 十月一日になって、文香も衣替えした。

 装甲の迷彩めいさいが冬季迷彩の白を主体にしたものになって、履帯りたいと転輪を覆うゴムのスカートを穿いている。

 白をまとった文香は、清楚感が増したっていうか、どこか、ロシア戦車っぽさを感じた。


「冬麻君、どうかな?」

 朝、いつものように登校しようとすると、衣替えした文香が玄関の前で訊く。

 その場で超信地旋回ちょうしんちせんかいして、俺に全身を見せる文香。


「う、うん、可愛い」

 俺は、そう言っておいた。

 女子の服はとりあえずめろって、六角屋も言ってたし。




 登校すると、教室の女子達もみんな長袖のセーラー服になっていた。

 もちろん、今日子も長袖になっている。

 手を、セーラーのそでに少し隠して着てる今日子。

 その着こなしはちょっとずるい。

 今日子のくせに、可愛く見えてしまう。


「薄着じゃなくなって、残念でした」

 今日子が俺の心の中を見透かしたように言って舌を出した。


「冬麻君って、夏服が好きなの?」

 俺と今日子の会話を聞いてた文香が訊く。


「そうだよ。男子はみんな、薄着が好きなの、夏服が好きなの」

 今日子が教える。

 文香に変なこと教えるんじゃない。

 男子がみんな好きとか、一概いちがいにそうとは言い切れないし。


「じゃあ、私、元の迷彩に戻そうかな」

 文香が言う。


 いや、それはどっちでもいいような…………



 以来、今日子と文香は急速に仲良くなった。

 こうして教室でも話すようになったし、ノートの貸し借りもしている。

 今日子が、俺の子供の頃のこととか、あることないこと文香に吹き込んでるみたいだし。


 そして、放課後「部室」に行くときも、今日子が文香を誘うようになった。


「文香ちゃん、乗せてって」

「うん、いいよ」

 今日子が文香のハッチを開けて、車長席に乗り込む。


「パンツァー・フォー!」

 ハッチから頭を出したままの今日子が言った。


 なんか、どこかで聞いたような掛け声だ。


 文香の車長席に今日子が座ってるって、これ、恐ろしい組み合わせだって気がしないでもない。




 「部室」では、相変わらず、花巻先輩が手作りおやつを用意して待っていた。

 先輩と、俺、今日子、六角屋でちゃぶ台を囲んでお茶にする。

 それを文香が中庭から物欲しそうに見ていた。


 今日のおやつは、ラム酒とブランデーがほんのりと香るマロングラッセだ。

 シロップが芯まで染みこんだ栗の甘さに、渋い緑茶がよくあう。


 っていうか、花巻先輩だけまだ夏服のままだった(授業に出てなくて、衣替えに気付いてないらしい)。

 二十代女性の夏服セーラーは、それはそれでくるものがある。



「おじゃまします」

 俺達がおやつを食べてると、玄関から、透き通ったフルートみたいな声が聞こえた。


 この声は、生徒会書記の伊織いおりさんだ。

 伊織ありすさん。


 伊織さんが、開けっぱなしの玄関から部室の居間に入って来る。


 今日も伊織さんのさらさら髪がふわりと揺れていた。

 長袖のセーラー服も、伊織さんが着ると、古式ゆかしくておもむきがあるように見える。


雅野みやびの女子学院高校から、文化祭実行委員会に文化祭の招待状が来ていたので、お届けに参りまいた」

 伊織さんが言った。


「おお、来たか来たか」

 栗を頬張ったまま先輩が立ち上がって、招待状の封筒を受け取る。


「ご苦労様。さあ、伊織君もお茶にしていきたまえ」

 先輩が伊織さんを誘った。


 先輩、GJ!


「それでは、お言葉に甘えて」

 伊織さんが言う。


 俺が伊織さんに座布団を出すと、

「ありがとう」

 伊織さんは俺なんかにも笑顔を向けてくれた。

 伊織さんが座るその動作で、ふわっと俺の鼻先に甘い香りが運ばれてくる。


 思わずニヤけそうになったけど、今日子のジト目と、文香の砲口がこっちを向いてるから、俺は顔を引き締めた。



「招待状ってことは、雅野の文化祭に私達も行っていいんですか?」

 今日子が先輩に訊く。


「うむ。我らの文化祭は六月で、雅野は秋に文化祭を行うから時期がずれているが、両校の実行委員同士は交流があって、毎年招待されるのだ」

 花巻先輩が教えてくれた。

 さすが、文化祭を何度も仕切ってるだけのことはある。


 雅野女子学院っていえば、近くにあるお嬢様学校だ。

 良家の子女が通っていて、登下校時には、学校の周りに高級車が列を作る。

 そこの文化祭は、父兄の他に、招待状をもらった一部の人しか入れないっていう、こんなことでもなければ俺には無関係のイベントだ。

 その鉄壁てっぺきのガードで、文化祭の風評は外にまったく伝わってこない。


「ふふふふふ、これを待っていた。これを待っていたぞ」

 六角屋がいらしい笑い方をした。

 ガッツポーズで喜びを噛みしめる。


 六角屋、ちょっと分かりやすすぎる…………



「私達全員、招待されてるんですか?」

 今日子が訊いた。


「ああ、我が校からは、文化祭実行委員会と生徒会が招待されている」


「はい、私達もうかがいます」

 伊織さんが言う。


 俺達が話してるのを、中庭で聞いている文香。

 文香はこっちにセンサーを向けて、そわそわしたようにサスペンションを動かしている。


「もちろん、文香君も行くぞ。文香君も立派な我ら文化祭実行委員会の委員である」

 先輩が言った。


「はい!」

 文香が弾けた声を出す。


「文香君は文化祭初体験だろう。文化祭実行委員として、文化祭がどんなものかを見聞きするチャンスだ。大いに学びを得るがよい」

 先輩が言って、親指を立てた。


「はい! いっぱい勉強します!」

 興奮した文香の車高が上がる。


「よし、我ら文化祭実行委員会で、雅野女子にカチコミ行くぞ!」

 花巻先輩がこぶしを突き上げた。


 先輩、文香がいる状態だとしゃれにならないので、「カチコミ」とか言うのやめてくださいね。

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